技術力を持つ日本のスタートアップにとって、その技術を海外市場でどう事業化するかは大きな課題だ。とりわけEU市場への進出には、規制への対応や現地ネットワークの構築が欠かせない。欧州の中心に位置し、国際金融ハブとして知られるルクセンブルクは、近年、スタートアップの育成や先端産業の誘致にも力を入れている。政府による手厚い支援体制や欧州市場へのアクセスを背景に、日本のスタートアップにとっても欧州展開の足場の一つとなっている。
そのルクセンブルクで開催された最大規模の国際テックイベント「Nexus 2026」(2026年6月)において、日本のスタートアップが確かな足跡を残した。IT大手の楽天が欧州本社を構えるこの国に、政府招待枠として日本から過去最多となる14社のディープテック企業が出展し、ピッチコンテストでの部門優勝や上位入賞を果たすなど大きな存在感を示した。自立した技術と社会課題へのソリューションを持つ日本企業にとって、海外展開はもはや必然のステップとなりつつある。同イベントにおける日本スタートアップの実力と、彼らが欧州市場へと至る道筋を支えてきた支援の軌跡を追う。
247社が参加したピッチでの実績と、要人からの関心
AIや先端テクノロジーをテーマにした「Nexus 2026」には、前年を14%上回る9,600人が参加し、80以上の国から765人の登壇者、247社のスタートアップが一堂に会した。
イベントを締めくくる1000人規模の着席ディナーパーティーで行われた表彰式で、日本企業は高く評価された。「AI Platforms & Data」部門では量子コンピューティングソフトウェアを手がけるQunaSys(キュナシス)が優勝し、「Green & Climate Tech」部門でも、光学制御技術を応用した放射冷却素材のSPACECOOLが第2位に入った。


QunaSysの楊天任CEOは「AIをやるか、量子コンピュータをやるかという話になりがちですが、私たちが主張してきたように『AIの中に量子コンピュータが重要な位置づけである』と認められたことを光栄に思います」と語った。同社はルクセンブルクのスーパーコンピューティングセンター「LuxProvide」と連携し、欧州での技術展開を進めている。現地企業を交えた技術実証イベントも開催し、スーパーコンピュータ上で量子シミュレータを動作させ、将来の量子コンピュータでのアプリケーション活用を先行検討するなど、パートナーや顧客の開拓を進めた。また9月末には現地へリサーチャーを派遣し、「量子CAE(Computer Aided Engineering)」領域での技術検証と欧州市場での事業開拓を推し進めている。

また、農業残渣などの未利用資源から高機能な炭素素材を生み出す環境素材スタートアップ、ジカンテクノ(木下貴博代表取締役)も現地で具体的な動きを見せた。同社は世界最大のラグジュアリーブランド・LVMHのイノベーションアワードに選出された実績を持つ。今回の会場では世界的タイヤメーカーであるグッドイヤーの担当者が事前にブースを訪れ、直接商談に至った。
現地のエンジニアリング企業Paul Wurth(ポールワース)で、新規事業育成やスタートアップ支援の責任者を務めるセバスチャン・ヴィエルツ氏は、日本スタートアップの実力をこう評した。「現在ヨーロッパを訪れる日本のスタートアップは、すでにプロトタイプを持ち、日本の市場で実績を上げている状態であり、非常にレベルが高い。単なる技術の売り込みではなく、社会の実際の課題に対する明確なソリューションを持っている」と評価する。
事業立ち上げを加速させる支援体制と、多様な領域での展開
今回の出展企業は、自動運転のティアフォー、農業技術のクオンクロップ、AIのDefinerやGigalogy、抽出技術のエマルションフローテクノロジーズ、バイオのミーバイオ、クリーンテックのMK PLUS、医療機器のフィジオロガス・テクノロジーズ、インダストリー4.0のアーカイラス、アルム、メタセンシングなど多岐にわたるディープテック企業だった。在東京のルクセンブルク貿易投資事務所副所長の中丸直哉氏は、この14社を選抜した理由を「欧州市場での成長可能性に加え、ルクセンブルクのエコシステムや重点経済分野との親和性も考慮して政府が選定した」と説明した。
つまりルクセンブルクの眼鏡にかなったスタートアップというわけだ。日本企業のブースには、ベッテル副首相やデレス経済大臣といったルクセンブルクの閣僚らが訪れ、各企業の説明に熱心に耳を傾けた。Nexusの主催者の一人である、同国のビジネスメディア「PAPERJAM」のオーナーであるMike Koedinger氏も日本のスタートアップにも大きな期待を寄せる。「革新的な技術を持つ日本のスタートアップや大企業と、ルクセンブルクの間に強力な橋渡しができることを楽しみにしている」と話す。

ルクセンブルクが欧州の玄関口として機能する理由は、進出企業の事業立ち上げを実務面から迅速に後押しする体制にもある。日本の野村大使も「ルクセンブルク政府をあげて、支援が手厚い」と評価する。
月面探査プログラムを主導するispaceが欧州進出を図った初期、「ヨーロッパで開発するためのスペースが必要だ」という声を受け、前出のヴィエルツ氏らが即座にオフィスを用意したという。この迅速な支援を足がかりに、同社の欧州拠点は現在20カ国以上から40〜50名が集う組織へ拡大し、欧州宇宙機関(ESA)と連携したミッションを主導するまでに至った。
フィンテック・暗号資産スタートアップもルクセンブルクを目指す
Nexus 2026から2週間ほどたった6月23日、都内で開催されたルクセンブルクのナショナルデーを祝うパーティーには、日本円連動ステーブルコインを日本で初めて展開するJPYCの岡部典孝代表取締役の姿があった。Xへの投稿で「ルクセンブルクを通して世界の金融とつながってカツ!」と意欲を見せていた。国内暗号資産取引所大手のbitFlyerはすでに、ルクセンブルクに欧州拠点を構え、事業を展開している。フィンテックや暗号資産、ブロックチェーン領域においても、ルクセンブルクは、日本のスタートアップの欧州進出の橋頭堡となっている。透明性の高い規制環境と国際金融ハブとしての機能が、事業拡大の推進力となっている。
2012年に遡るルクセンブルクへの道
ルクセンブルクによる日本のスタートアップへの出展支援は2012年に遡る。当時はまだ、欧州を代表するフランス・パリの「VIivaTech」は始まっておらず、フィンランド・ヘルシンキの「SLUSH」も現在ほどの規模には達していなかった。日本政府によるJ-Startupなどの海外進出支援策もなく、日本のスタートアップ企業にとって欧州進出への道筋は不透明だった。
この時期に、ルクセンブルク貿易投資事務所の所長(エグゼクティブ・ディレクター)である松野百合子氏は、ルクセンブルクのイベント主催者と交渉し、「アジア色」を付加価値として日本のスタートアップ企業の出展の道筋をつけた。以来、継続的にルクセンブルクのテックイベントへの出展をサポートしている。
こうした日本企業への働きかけは現在も続いている。ルクセンブルク貿易投資事務所は10月上旬、大阪で開催されたスタートアップイベント「Global Startup EXPO 2026」において、宇宙関連分野に焦点を当てたセミナーや交流会を開催。日本のスタートアップや大企業との関係構築を図り、ルクセンブルクへの進出を促した。

「Nexus 2026」に参加した日本のスタートアップ企業からは、同国の充実した支援体制や欧州市場開拓に向けた確かな手応えを評価する声が相次いでいる。
自動運転用オープンソースソフトウエアを開発するティアフォーの海外プロジェクト事業推進部の中山裕介部長は、「コミュニティーがコンパクトであるため、政府のハイレベルな関係者に極めて簡単にアプローチできる点を他国にはない強み」として挙げた。さらに、自動運転分野において法整備が追いついていない中、EUのルールメイキングに強い影響力を持つルクセンブルクを足がかりにすることは、将来の欧州展開において大きなアドバンテージになると確信を深めている。
AI応用化プラットフォームを提供するGigalogy(ギガロジ)のモスレ・ウッディンCEOも、インキュベーターなどの無料サポートが充実しており、「優秀な人材がアイデアを実行できる環境」が整っていると高く評価した。また、独自の金ナノ粒子凝集制御を基盤に技術開発するアーカイラスの福岡隆夫代表取締役は、現地の支援機関の熱意に触れ、ルクセンブルクを「リスクを取って新しい未来の産業をつくる、挑戦する国」と称賛。具体的な事業モデルの変更につながる助言を得て、自ら現地のインキュベーション施設へ入居を申し込んだことを明かした。
Nexus 2026自体の展示手法も参加企業の成果を後押しした。国別ではなく、AIやグリーンテックといった産業分野別に展示エリアが設けられたことで、農業残渣から工業用シリカを製造するジカンテクノの木下貴博代表取締役は「業界での自社の立ち位置や独自性がよくわかった」と評価した。ティアフォーの中山氏も、隣接する競合他社と「欧州市場へどう入り込むべきか」について深い情報交換ができたことが最大の収穫だったと振り返る。アーカイラスの福岡氏からは、360度開かれたピッチステージでの登壇が非常にエキサイティングだったとの声も上がった。
短期間の滞在でありながら、具体的なビジネス成果も生まれている。サステナブル分野で現地のニーズと合致したジカンテクノは、世界的タイヤメーカーである米グッドイヤーから秘密保持契約(NDA)の雛形を受け取り具体的な協議を開始したほか、欧州の半導体メーカーからも素材検討の打診を受けた。Gigalogyは営業パートナー候補2社と出会い前向きな交渉を進めており、ティアフォーも具体的な案件につながるパイプライン候補を獲得するなど、各社が欧州市場への本格展開に向けた足がかりを確実に築いている。
手探りでの開拓から14年。今年出展した14社は、イベント前日にサイエンス都市エッシュやインキュベーション施設「House of Startups」を視察するプログラムに参加し、交流会を通じて欧州エコシステムへの学びを深めた。一連のプログラムを終え、松野氏は次のように総括する。「日本から欧州展開を目指す技術スタートアップの皆さまをルクセンブルクにお迎えし、Nexus 2026ならびにその前後にご用意したプログラムにご参加頂いたことは当事務所にとって嬉しく、また各企業様の展望や課題を理解する上で非常に貴重な機会でした」。ルクセンブルクを経由した欧州展開の期待が膨らむ。









