日本の大学からは有望な研究成果が数多く生まれているが、特に東京以外の地域では、それを事業化するための経営人材が不足している。
この人材不足は、ディープテック分野では特に大きな課題となる。ディープテックは研究開発に長い時間と多額の資金を必要とするうえ、その技術や価値を専門外の人にわかりやすく伝えることも容易ではない。素材、エネルギー、医療、ロボティクスなどの先端研究をもとにしたスタートアップが成長するには、優れた研究成果だけでは不十分だ。長期的な視点で支援する投資家や、信頼できる顧客を獲得するために、技術の価値を的確に伝え、事業を動かしていける人材が必要となる。

そこで重要になるのが、CEOやCFO、CTOなどを総称する「CxO」と呼ばれる経営人材だ。創業間もない企業では、CxOは単なる肩書きではなく、事業を動かす中心的な役割を担う。資金をどう調達するか、どのような人材を採用するか、顧客をどう獲得するか、知的財産をどう守るか。そして、複雑な技術をどのように事業へとつなげていくか。こうした重要な判断を担うのがCxOである。
東京には資金や投資家、大企業が集中し、スタートアップでの経験を持つ人材も豊富だ。地方の大学を卒業した人材の中にも、将来スタートアップの経営を担う可能性を持ちながら、キャリアを築くために東京へ移る人は少なくない。
一方、家族を支える中堅人材にとって、大学発スタートアップの経営職に移ることは容易な決断ではない。こうしたポジションは任期付きなど雇用が安定しないケースも多く、家族の生活を考えると転職に踏み切りにくいのが現実だ。

こうした状況には、日本の企業文化も影響している。日本では今なお、知名度の高い企業で働くことがキャリア上の評価につながりやすく、転職には慎重にならざるを得ない面がある。スタートアップに関心があっても、そのことを現在の勤務先には知られたくないという人もいる。そのため、転職希望者の情報を慎重に扱う人材ネットワークも存在する。こうした状況は、日本の労働市場が人材の流動性という点で、まだ変化の余地を残していることを示している。
経営を担える人材が不足するなか、大学教授が自ら研究成果の事業化を担わざるを得ないケースも少なくない。経営者として手腕を発揮する教授もいるが、多くの場合、その専門はあくまで研究であり、経営ではない。その結果、海外市場にも展開できる可能性を持つ技術が、研究室や助成事業の枠内、あるいは国内の限られた市場にとどまってしまうことがある。
こうした状況にも、変化の兆しが見え始めている。日本では人手不足を背景に、人材の流動化が進み、転職も以前より活発になっている。一方で、資金力に乏しいスタートアップにとって、経験を積んだ中堅人材を獲得することは依然として容易ではない。

こうした課題への取り組みとして注目されるのが、京都市の「Kyoto Next CxO Community」だ。2025年に設立され、将来の経営人材となる候補者を発掘・育成し、大学の研究者やスタートアップとの交流を促している。2026年8月時点で、通常会員131人、ユース会員73人の計204人が参加。研究者とのマッチングをはじめ、起業家育成プログラム、学生起業家の交流、オンライン勉強会など、さまざまな活動を展開している。
この仕組みが現実的なのは、ディープテック分野の経営人材は、単に求人を出せば見つかるものではないからだ。CxOを目指す人には、研究者が何を実現したいのかを理解し、その技術について深く学びながら、時間をかけて起業に向けた準備を進める姿勢が求められる。また、日本語を話さない経営人材も力になり得る。言葉の壁によって連携できる研究者は限られるものの、活躍できる可能性は十分にある。
では、こうした取り組みに関心を持った人は、どこから始めればよいのだろうか。地方大学の研究成果を生かした起業に関心がある人にとって、京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)の「EIR-iCAP」は、その入り口の一つだ。このプログラムでは、起業家候補をEIR(客員起業家)として採用し、大学に眠る有望な研究成果を探しながら、研究者との関係を築き、大学発スタートアップの設立に向けた準備を進めている。
もう一つの選択肢が、東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)が運営する「DeepTech Dive」だ。大学発の技術系スタートアップと人材をつなぐ無料のマッチングプラットフォームで、正社員や副業、インターンシップ、経営人材など、さまざまな形でスタートアップに参画する機会を提供している。

日本が国際競争力のあるスタートアップ・エコシステムを築くには、大学の研究成果を事業化し、世界へと成長させていく経営人材が、大学発スタートアップに参画しやすい環境を整えることが欠かせない。「Kyoto Next CxO Community」の取り組みは、こうした経営人材の不足という課題に対し、大学や組織の垣根を越えて取り組むための一つのモデルとなり得る。
※本稿はオピニオン記事です。内容は筆者個人の見解であり、JStoriesの立場を示すものではありません。









