農業から宇宙まで、名古屋大学発ディープテック企業が変える産業の未来

宇宙、農業、電子機器… 名古屋大学発ディープテックが変革する世界

3月 7, 2025
by Masaru Ikeda
農業から宇宙まで、名古屋大学発ディープテック企業が変える産業の未来
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名古屋大学東山キャンパスにある産学融合拠点「TOIC NAGOYA」    撮影: J-STORIES (池田将)(以下同様)
名古屋大学東山キャンパスにある産学融合拠点「TOIC NAGOYA」    撮影: J-STORIES (池田将)(以下同様)
JSTORIES ー 現在すでにある技術が、時と共に改良・進化していくプロセスを取るのとは対照的に、新たな科学的発見をもとに、今までは不可能だったことを可能にする技術のことをディープテックと呼ぶ。ディープテックは、その基礎技術の発見から、人々が日常的に使えるように商品化し、社会実装するまでに長い年月を要する。ディープテックのもとになる技術(シーズ)が生まれるのは、主に大学の研究室や研究施設などだ。
シーズが生まれ、それが見出されて事業化され、最終的に黒字になるまで最低でも10年、長いものでは数十年かかるとされ、投資から資金を回収までに時間がかかることから、一部の投資家は「ディープテックは足が長い」と表現し敬遠する傾向さえある。一方で、ディープテックスタートアップは、ひとたび社会実装に成功すれば金銭的リターンが莫大になるだけでなく、人類社会全体にもたらすインパクトも非常に大きい。
東海地域のディープテックスタートアップ輩出には、名古屋大学の存在が大きく貢献している。以前から東海地域には製造業が集積していることに加え、名古屋大学は理工系分野での研究力に定評があり、基礎研究を実用化へと橋渡しする環境が整っているからだ。2月初めに名古屋で開催されたスタートアップカンファレンス「TechGALA」にあわせ、名古屋大学発のディープテックスタートアップ3社を訪問する機会を得たので紹介したい。

GRA&GREEN - 伝統作物と最先端バイオ技術を融合するGRA&GREEN

GTA&GREEN本社      
GTA&GREEN本社      
2017年4月、名古屋大学発ベンチャーとして創業したGRA&GREENは、植物のゲノム編集技術を活用した農作物の品種改良を手がけるスタートアップだ。高効率な育種技術を開発し、持続可能な農業実現を目指す。特に病害抵抗性や収量向上を目的とした技術開発に注力しているという。最初に訪れたGRA&GREENの本社は、名古屋駅から地下鉄で20分ほど、動物園や植物園の併設された東山公園駅の目の前にあった。
GRA&GREEN本社内にあるエゴマ
GRA&GREEN本社内にあるエゴマ
本社の中には、伝統的な農作物であるエゴマの搾油工場が設置されていた。エゴマは、日本人にとっては韓国料理のサムギョプサルで豚肉を包んで食べる葉として有名だが、実を搾って得られるエゴマ油は、オメガ3系脂肪酸「αリノレン酸」を豊富に含んでいることから、健康や美容に良い油として知られるようになった。同社の搾油工場では、オメガ3脂肪酸を最大限保持するため、低温圧搾法を採用しているそうだ。
エゴマ油の搾油過程で一般的な、溶剤を使ったり加熱したりする方法では収率は50%まで上がるが、GRA&GREENでは、栄養価の維持を重視し、溶剤の添加や加熱をせず、あえて低収率での生産を選択しているそうだ。原料となるエゴマは、収穫後に丁寧な選別工程を経て、異物や不純物を徹底的に除去。製品は一般消費者向けの小売りだけでなく、レストランなどの業務用としても展開している。品質管理を徹底し、新鮮な製品を提供するため、在庫を最小限に抑える生産体制を取っているそうだ。
GRA&GREENのエゴマ搾油機
GRA&GREENのエゴマ搾油機
一方、同社が名古屋大学内に持つ研究開発拠点では、最先端の遺伝子編集技術を駆使し、作物の品質向上に取り組んでいた。クリーンベンチを備えた研究室では、CRISPR-Cas9などの技術を用いて、トマト・大豆・花卉類などのさまざまな植物の遺伝子編集サービスを展開。種苗会社や食品会社からの受託研究も行っている。研究施設内には最新の遺伝子解析装置や培養設備が整えられ、高度な研究開発が可能な環境が整っていた。
創業から約8年、同社の強みは農業生産から先端研究までを一気通貫で行える体制だ。国内展開のみならず、EU圏では遺伝子編集分野の規制が厳しいため、アジアやアメリカ市場での市場展開を視野に入れているという。また、遺伝子編集技術を用いた品種改良では、従来の手法では実現できなかった特性を持つ作物の開発も進めている。食の安全性と科学技術の両立を図る同社のアプローチは、アグリテックのイノベーションの方向性を示唆していると言えるだろう。

新素材で電子機器の放熱革命に挑むU-MAP

U-MAPが開発した新素材「サーマルナイト(Thermalnite)」
U-MAPが開発した新素材「サーマルナイト(Thermalnite)」
電子機器の放熱問題に革新的なソリューションを提供するU-MAPは、アルミニウム窒化物を繊維状に加工する独自技術を持つ。現在、U-MAP取締役CTOも務める名古屋大学の宇治原徹教授らによる、10年にわたる研究開発の成果をもとに2016年に創業した。同社の開発した新素材「サーマルナイト(Thermalnite)」は、優れた熱伝導性と電気絶縁性を兼ね備え、従来の放熱材料ではできなかった特性を実現した。
サーマルナイトは、プラスチックやセラミックスに混ぜ込むことで、材料内部に熱伝導のネットワークを形成する。従来の粉末状の材料では達成できなかった効率的な熱伝導を可能にし、少量の添加で従来以上の放熱効果を発揮する。
サーマルライトを使った実験では、従来素材より4℃以上低下させることに成功した
サーマルライトを使った実験では、従来素材より4℃以上低下させることに成功した
特筆すべきは、添加した樹脂の特性を維持したまま熱伝導性を向上させられる点だ。従来の高熱伝導樹脂・ゴム部材では添加物により、軽さや柔軟性といった特性は失われていたが、サーマルナイトでは軽量性や柔軟性を保ちながら、優れた放熱性能を実現できるという。
特に注目されるのは、データセンターでの活用だ。光トランシーバーやレーザーダイオードなどの発熱部品の温度を、従来品と比べて4℃以上低下させることに成功している。スマートフォンやCPU、GPU、バッテリー、モーターなど、幅広い電子機器への応用が期待されていて、現在は台湾、韓国、中国など海外からも注目を集めている。
サーマルライトを使った放熱シート
サーマルライトを使った放熱シート
2,000℃の高温での製造プロセスを要する同社の難しい技術は、シリコンカーバイドやガリウムナイトライドなど次世代半導体材料の研究過程で偶然発見されたという。当初は半導体材料として研究されていたが、その過程で高品質なアルミニウム窒化物繊維が形成されることが判明し、放熱材料としての可能性に着目したことが開発の契機となったそうだ。

空気より軽い素材を開発するソラマテリアル

ソラマテリアルが開発した超軽量材料は、窒素で冷やした空気上で宙に浮いた
ソラマテリアルが開発した超軽量材料は、窒素で冷やした空気上で宙に浮いた
ソラマテリアルは、空気の半分程度の密度を持つ超軽量材料の開発に成功した。2024年4月に設立されたばかりの同社だが、その革新的な技術は既に航空宇宙産業からの注目を集めている。同社が直面する課題として、宇宙産業の民間利用拡大、空飛ぶ移動体の時代到来、持続可能な開発の必要性という3つの時代の要請に応えることを掲げている。同社が開発した材料は、電磁波の遮蔽・吸収性能と断熱性能を併せ持つ。
デモでは、わずかな温度差で材料が空中に浮遊する様子が確認でき、その驚くべき軽さを実証した。航空機の断熱材として使用した場合、従来材料の半分の重量で同等の性能を発揮し、中型機で約500kgの軽量化が可能という。さらに、従来の断熱材で問題となっていた経年による形状変化や保守の必要性も大幅に軽減できる特徴を持つ。
ソラマテリアルが開発した超軽量材料
ソラマテリアルが開発した超軽量材料
この材料は高い復元力も持ち、2〜3トンの圧力をかけても97%の形状回復率を示す。耐火性も優れており、カーボン系材料であることから、航空機や自動車で使用されるカーボンファイバー以上の耐熱性を持つそうだ。現在は宇宙・航空分野での実用化を目指し、2031年までの量産化を計画している。同社のロードマップでは、2024〜2025年に基盤構築、2026年に製品展開、2028〜2029年に小ロット生産を経て、2031年に本格的な量産体制の確立を目指す。
代表取締役を務める大里智樹氏は、大学時代に鳥人間サークル(人力の軽量グライダーで飛距離を競うイベントに参加)でパイロットを担当するなど飛行機にも造詣が深く、また、日本の宇宙開発を牽引するJAXAの研究員として、カーボンナノチューブを用いた複合材料の研究にも従事した経験がある。特に自動車・航空機産業が集積する東海地域の特性を活かし、モビリティ分野での採用を視野に入れているそうだ。
記事:池田将 
編集:北松克朗
トップ写真: (名古屋市)Envato
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

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