JStories ― やけどやケガ、床ずれのほか、皮膚がん切除や糖尿病性潰瘍などによって生じる難治性の創傷は、細菌感染のリスクが大きく、感染してしまうとさらに治療に時間がかかるという悪循環が起きやすい。
この悪循環を断ち、より短い治療期間で感染リスクや患者の痛みを軽減する画期的な創傷被覆材が三洋化成工業(京都市東山区、原田正大代表取締役社長)と京都大学との共同研究によって実用化され、2025年に薬事承認を取得した。科研製薬(東京都文京区)による「シルクエラスチン創傷用シート」として発売され、本年6月にも治療への利用がスタートする。
写真左が「シルクエラスチン創傷用シート」。スポンジやフィルムなど様々な形状にも加工が可能(提供:三洋化成工業、以下同様)
アスリートや高齢者を悩ませる半月板損傷の修復、再生にも寄与
さらには、三洋化成工業は広島大学との共同研究で、シルクエラスチン治癒材を用いた半月板損傷の企業治験もスタートした。半月板損傷は、高齢者やアスリートを悩ませている変形性膝関節症を引き起こす。
同関節症の患者数は全国で3000万人に上るとみられ、健康寿命を阻害することによる経済損失は年5兆円にも上るといわれている。半月板の修復、再生への期待は国内のみならず世界でも広がっており、三洋化成工業は28年度の実装に向け開発を加速している。
大腸菌由来の人工たんぱく質、高い親和性に加え菌の増殖抑制効果も
シルクエラスチンは遺伝子組み換え技術により作製された大腸菌由来の人工たんぱく質で、保湿性や静菌性の高い医療用材料の「シルクフィブロイン」と皮膚の弾性を発現させる真皮の構成成分「エラスチン」を組み合わせて作られている。
三洋化成工業が進める、独自のシルクエラスチンを用いた革新的な再生医療機器・創傷治癒材の開発プロジェクト「Siela Project」のプロジェクトリーダー川端慎吾さんは、「これまでの研究で使われていた人工たんぱく質は卵や豚などから作ることが多く、安定的な抽出が難しく産業利用しにくかった」と語る。
大腸菌を利用したシルクエラスチンは、細胞になじみやすい親和性と細菌の増殖を抑える効果なども持ち、安全かつ安定的に生産が可能だ。また水に溶けやすく体温程度に加温するとゲル化する特性などもあり、複雑な形状の創傷にも適応できる。
シルクエラスチン水溶液を創傷部に使用する、患者の体液や体温でゲル化する仕組み
骨が見えるような傷口にも対応、従来の半分の期間で治療効果も
シルクエラスチン創傷用シートを皮膚の欠損部分に投与すると、シートが体液に解け体温によってゲル化する。そして、傷口に密着して湿潤を保ち、菌の増殖を抑制する。
「えぐれて骨が見えているような外傷や重度のやけどなど、これまで治すことが難しかった創傷においても、治す環境を作る上での有効性が認められた。企業治験においては、通常2〜4週間ほどかかる創傷が半分の期間での治療効果が確認されている」という。

シルクエラスチンを用いた創傷治癒のイメージ
半月板損傷、術後3カ月で完全癒合
また変形性膝関節症の大きな危険因子とされる半月板損傷にも大きな治療効果が出ている。半月板はいったん損傷すると自己修復は困難とされていて、これまで治療としては鎮痛剤や注射、リハビリなどの保存療法、さらに改善が認められない場合は縫合術や切除術などが行われてきた。しかし現状では、縫合しても縫合部が緩んだり、再断裂したりするケースも多く生じていた。
川端さんによると「治験では半月板を損傷した8人にシルクエラスチンを用いた縫合術を行ったところ、6人に術後3カ月での完全癒合が確認された」と言う。
縫合後、激しい運動により再断裂することが多かった半月板の損傷も、シルクエラスチンを使うことで早期に癒合
「優れた治癒環境を作る能力と治癒期間の短縮などの優位性から、シルクエラスチンは他の組織に対しての適用性の幅も広い。特に骨や筋肉などの治癒効果が期待でき、すでにいくつかの基礎研究が進んでいる。筋肉断裂については、すでに一定の効果が確認されている」(川端さん)
シルクエラスチン開発プロジェクト「Siela Project」のプロジェクトリーダー川端慎吾さん
半月板再生材の用途においては、日本よりも海外の方が対象となる患者数が多く、その市場規模は1000億円を超えるといわれている。「日本での販売を皮切りに、世界市場の半数以上を占める米国をはじめ、医療水準の高い国々での販売も視野に入れている。今後は、そのための販売パートナーの選定も加速していく」と川端さんは話している。
記事:大平誉子 | JStories
編集:北松克朗 | JStories
トップ写真: 三洋化成工業 提供
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