JSTORIES ー ラグビーを通じた日本と英ウェールズの絆が、新たなビジネスチャンスを生み出しつつある。その舞台となっているのは、日本で開かれた2019年ラグビー・ワールドカップでウェールズ代表がキャンプ地として選んだ北九州市。両地域のつながりは今、革新的な技術を持つスタートアップへの支援という形で深化しようとしている。

ウェールズ政府は今年1月から、日本との経済・文化交流の拡大をめざし、「Wales and Japan 2025」と銘打った1年間のキャンペーンを開始。その一環として、ウェールズの有望なスタートアップ2社が北九州市に招かれ、「ウェールズ・スタートアップ/支援機関によるピッチ(企業紹介)イベント・交流会」に参加した。
「ワールドカップから5年以上が経過した今も、ウェールズからの訪問者に対する日本のおもてなしの心は変わらず受け継がれていた」と、参加企業の一つ、潮力発電事業のスタートアップHydroWingのオセイン・ロバーツ事業開発マネージャーはJSTORIESの取材に対して語った。
北九州市は、かつて南ウェールズ地方がそうであったように、日本の石炭産業を支えた炭鉱の輸出拠点として栄えた。しかし、20世紀半ばに石炭産業の衰退と共に経済の縮小という課題に直面。同市は自動車製造、ロボット技術、環境技術などの分野に地場産業の幅を広げ、現在では、日本の持続可能エネルギー技術や高度な製造業の拠点として大きく発展を遂げている。
炭鉱で栄えた歴史という共通点だけでなく、ラグビー・ワールドカップも両地域の親和性を高める大きな機会となった。北九州市をキャンプ地として選んだウェールズ代表を市民は街全体をあげて歓迎。北九州スタジアムでの公開練習には、15,000人以上の地元民がスタジアムを埋めて、ウェールズ国旗を振りながら応援するなど、チームの士気を大いに高めた。
当時のウェールズ代表ヘッドコーチだったウォーレン・ガットランド氏は「選手たちは、街中に掲げられたウェールズの旗やポスターを目にして、深く感動した。街全体が私たちを応援してくれて、本当に素晴らしい体験だった」と振り返る。

今年1月のイベントでも、北九州市側はウェールズ企業の誘致に向け熱心に取り組んだ。訪問団の一人であるHydroWingのロバーツ氏は「私たちの要望を本当によく理解してくれていた。とても温かく迎え入れてもらえた」と話す。

HydroWingは、潮の流れを利用して、海中に設置した特殊なファンを回し、クリーンエネルギーの発電に取り組むスタートアップだ。同社のファンは、水流に合わせて自動で向きを変えることができ、従来の潮力発電技術とは比べて効率的な発電が可能だ。また、従来の潮力発電には見られないコンパクトな設計により、設置コストの大幅な削減と工期の短縮が可能となるという。

北九州市が主要な港湾都市であり、日本における持続可能エネルギー技術の重要拠点でもあることから、HydroWingは同社の潮力発電技術に興味を持ってもらえるのではないか、と期待を寄せる。
北九州市は最近、今年4月に正式始動するスタートアップ支援ファンドに1億円を投資する計画を発表した。このファンドは、観光業の振興、女性の活躍支援、持続可能な社会の推進を目的としている。さらに、同市は「サステナビリティ戦略課」、「グローバル挑戦部」を新設し、観光振興、ビジネス誘致、国際交流の推進など様々な施策を推進する計画だ。
HydroWingは、北九州から南へ約270kmに位置する長崎県の五島列島が、持続可能エネルギー技術の活用を宣言していることについても、「有力な顧客候補」だと注目している。
同列島の中心地、五島市は現在、市内で消費する電力の約60%を再生可能エネルギーでまかなっているが、2030年度までにこのエネルギー生産を132.4%分にまで拡大、市内の全消費量をカバーするだけでなく、余剰分を他の地域に供給することなどを目指している。

ロバーツ氏は「プロジェクトが順調に進めば、北九州港を事業の拠点として活用したい」と述べ、「日本の地理的特性は潮力発電に非常に適している。陸上の再生可能エネルギーには限界があるが、海を活用すれば新たな可能性が広がる」と強調した。
HydroWingが日本に関心を持つ理由は、海に囲まれた地理的条件だけではない。「日本の電力会社や大手石油・ガス企業は、再生可能エネルギーを取り入れ、事業の多角化を積極的に進めようとしている」(同氏)とみているためだ。

日本では、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故をきっかけに脱原発への機運が大きく高まった。実際、事故前の2010年度には原子力発電量が約2,882億kWhで総発電量の約25%を占めていたが、2011年度以降は急激に減少し、例えば2022年度の原子力発電量は総発電量の5.5%にとどまっている。
ロバーツ氏は、「ウェールズは最終的に(コストの安い)原子力発電を選択することになるだろうが、電力への多様化の手段として日本では潮力発電への関心が高まる」と期待する。
海外の起業家の受け入れ推進は日本の産業政策にとって一段と重要になっている。日本貿易振興機構(JETRO)などの機関は、海外のスタートアップが日本市場に参入しやすくなるよう、ネットワーキングの機会や資金支援を提供している。さらに、日本政府は2022年に発表した「スタートアップ育成5か年計画」で、2027年までにスタートアップ支援に10兆円を投じる方針を掲げた。
また、「日本・台湾イノベーションサミット2024」や「SusHi Tech Tokyo 2024 Global Startup Program」などのイベントでは、海外企業が日本の投資家に自社のアイデアをアピールする場が設けられている。
一方、言語の壁や文化の違いといった課題は依然として大きく、日本市場への参入は決して簡単ではない。それでも、「Wales and Japan 2025」のような国際的な連携イベントが、外国人投資家にとって日本市場へのハードルを下げ、新たな可能性を広げている。
ロバーツ氏も、日本では海洋エネルギーの許可を取得する際、官僚的な手続きが多く課題となると語る一方で、手続き自体は複雑であっても、サポート体制が整っているため、全てを企業で行わなければならない英国と比べても、結果的にプロジェクトのアイデアから実施までの流れがスムーズに進む可能性があると期待感を示す。
「私たちには、年間530億ポンド規模のグローバル市場にアクセスするチャンスがある。さらなる成長の機会は十分にある」とロバーツ氏は語った。
翻訳:藤川華子
編集:北松克朗
トップ動画: HydroWing
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