AIスタートアップにとって、知的財産(IP)の保護は、特に米国市場に進出する際の成功にとって非常に重要だ。しかし、多くのスタートアップは十分なIP戦略の重要性を見落としており、それが成功に大きな影響を与える可能性がある。本エッセイでは、Rimon, P.C.のパートナーであり知的財産法の専門家であるエリック・D・カーシュ氏(リモン法律事務所パートナー弁護士)が、AIイノベーションを保護するための戦略、特に特許取得と営業秘密の保護に焦点を当て、IP戦略がないことのリスクやAIイノベーションを守る価値について、著者の豊富なIP訴訟および企業法務の経験を元に解説する。
JStories ー 最先端のAI技術を事業の中心に据えたAIスタートアップは、アイデアの段階から成功するビジネスになるまで、多くの課題に直面します。中でも、自社の知的財産をうまく活用し、守る方法は特に難しい部分です。多くのAIスタートアップは、自分たちの技術やアイデアを守るための具体的な計画を十分に考えていません。特に、自社の製品の使い方やビジネスモデルに合った知財戦略を作ることが不足しがちです。
しかし、多くのAIスタートアップは米国を拠点とするベンチャーキャピタル(VC)から資金調達を行うため、米国を中心に考えた知財戦略をしっかり立てることが重要です。そこで本記事では、特にAIスタートアップが知っておくべき米国における知財戦略の基本的なポイントについて、特許訴訟弁護士などとしてこの問題に精通しているEric D. Kirsch(エリック・カーシュ)氏(リモン法律事務所・東京オフィスのパートナー弁護士)の論考を2回にわたってご紹介します。
AIスタートアップが少しでも知財保護の計画に力を入れれば、成功の可能性は大きく高まるでしょう。

「知的財産」戦略がないことのリスク
まず、多くのAIスタートアップが特許とは何かを十分に理解していないという点からご説明しましょう。下の図1をご覧ください。例えば、東京を拠点としつつ、米国デラウェア州に法人を設立しているAIスタートアップ、「Supreme AI株式会社」が特許を取得したいと考えているとします。

特許を取得するため、Supreme AI社は自社の発明について特許権の取得を特許庁に申請しました。特許庁が日本、アメリカ、または他の国にあっても同じですが、特許の申請から18か月以内に出願の内容は全世界に公開され、競合他社を含む誰もがSupreme AI社の発明について読むことができるようになります。
最初は問題ないように思えるプロセスですが、実際はいくつかの理由でそうではありません。まず、Supreme AI社が取得した特許の権利範囲(他社の使用を排除できる技術の範囲)は、特許庁に開示した内容よりもかなり狭くなることがあります。つまり、特許庁に開示した内容と実際に特許で保護される範囲の間には差が生じることがあるのです。この結果、開示した情報の中に特許では保護されない部分が生まれ、その部分は競合他社など誰もが自由に利用できる状態になってしまいます。
次に、Supreme AI社は特許申請の手続きを続けるための十分な資金がなかったり、特許を維持するための費用(特許の有効性を保つために定期的に支払わなければならない費用)を支払い続けられなかったりする可能性があります。どちらの場合でも、Supreme AI社は自社の重要な発明を世界に公開したにもかかわらず、ほとんど利益を得られないか、あるいは全く得られないことになります。つまり、Supreme AI社の重要な発明は部分的または完全に公共のものとなり、全ての人が無償で使用可能になってしまうのです。
多くのAIスタートアップはこうした状況を十分に理解していません。むしろ、VCや投資家に対して「特許を出願している」という体裁を整えることが目的で、特許の権利範囲が限定されるリスクや、後に資金不足で特許を維持できなくなるリスクを理解せずに、不用意に特許出願を行っているのが現状です。要するに、AIスタートアップは自社の重要な技術を特許出願という形で全世界に公開するかどうかを、慎重に検討すべきなのです。
AIイノベーションにおける「営業秘密」保護の重要性

AIスタートアップは、自社の技術やアイデアを守る方法として、「Trade Secret Protection(営業秘密の保護)」も活用できることを理解しておくべきです。営業秘密と言うと、ケンタッキー・フライド・チキンの製造方法やリステリンの製造方法が有名ですが、営業秘密とは、企業が秘密として管理している営業や技術に関する情報のことを指し、AI技術にも効果的に活用することができます。特に、その技術が簡単には分析できず、競合他社が再現することが難しい場合に有効です。
営業秘密の3つの主な要件は、(1)秘密性(例:秘密の製法、技術、手法)、(2)経済的価値や競争上の優位性、そして(3)秘密を維持するための管理手続きです。
特許による保護と営業秘密による保護のメリット・デメリットは、下の図2にまとめています。AIスタートアップには、自社の知的財産を守るために特許と営業秘密のどちらを選ぶか、両者のメリット・デメリットを慎重に検討したうえで決定することを強くお勧めします。

AI技術がプログラムの中身やシステムの仕組みに深く組み込まれている場合は、営業秘密として保護する方法を慎重に検討するべきです。しかし、機械の構造や設計に関わるような、隠すことが難しいAI技術の場合、営業秘密による保護は適していません。その場合は、特許でしっかりと守ることが重要です。
そのため、AIスタートアップが最初に決めるべき、最も重要なことの一つは、自社の重要な技術を特許で守るべきか、それとも営業秘密として守るべきかを判断することです。言い換えれば、
知的財産をどのように保護するかを決める前に、図2に示された特許と営業秘密それぞれのメリットとデメリットをしっかり比較して検討する必要があるといえるでしょう。
(後半へ続く)
後半では、デザインに関する特許と技術に関する特許の違いや、米国で特許の対象になるための要件について、解説します。
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著者について
Eric D. Kirsch(エリック・カーシュ)

リモン法律事務所のパートナー弁護士、日本永住。ニューヨークの知的財産専門の法律事務所で特許訴訟弁護士として活躍後、2010年に来日し、ニコンの知的財産部門・責任者(Chief IP Counsel)に就任、10年にわたりその職務を務めた。2023年より、リモン法律事務所に参加し、同法律事務所の東京オフィスを開設した。
お問い合わせは eric.kirsch@rimonlaw.com まで。
翻訳:藤川華子
編集:北松克朗
Top 写真:Envato 提供
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