PROBLEM:
イラン情勢の緊迫でナフサ(プラスチックの原料)が急騰し、原油から作られるPET(ペットボトルやポリエステルの素材)の供給が不安定になっている。中東情勢に左右される構造そのものが、家計から地域文化までを揺らしている。SOLUTION:
フランスのバイオ企業カルビオス(Carbios)が進める酵素リサイクルは、使用済みのペットボトルや古い衣料を酵素で分解し、新品同等の原料に戻す技術。石油(ナフサ)の使用を大幅に削減してプラごみからPETを再生することで「脱・石油依存」の選択肢になりうる。
ナフサ高、暮らしから祭りまで
身の回りのプラスチックが、静かに値上がりを続けている。発端は2026年2月末、米国・イスラエルによるイラン攻撃を契機にホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥ったことだ。日本はプラスチックの原料となるナフサ(粗製ガソリン)の輸入の約7割を中東産に頼っており、供給網は一気に不安定になった。国産ナフサ価格は、4〜6月期に前期比で2倍近くまで上がる見通しとされる。
なかでもPET(ペットボトルやポリエステル繊維の素材)は、原油から作られるナフサを出発点とするため、中東情勢の変動がそのまま価格に跳ね返ってしまう。影響は意外な場所にも及ぶ。8月の青森ねぶた祭だ。針金の骨組みに和紙を張って作るねぶたには、ナフサを原料とする合成樹脂の接着剤が欠かせない。地元の関係者によれば、中東情勢を背景に接着剤の調達が難しくなり、資材費も上昇して、制作現場が対応に追われているという。
問題の根は、PETの原料を輸入原油に依存していることにある。ならば、いったん使ったPETを「もう一度原料に戻して」使い回せれば、石油への依存を和らげられるのではないか ─ 。その問いに、フランスのバイオ企業カルビオスが酵素という答えを出そうとしている。

Carbios社の研究開発ラボの様子 写真提供:Carbios Media Library (以下同様)
酵素が原料を「作り直す」
カルビオス(本社・クレルモンフェラン)の技術は、酵素を使って使用済みのPETを分子レベルまで分解し、もう一度プラスチックの原料に戻す、というものだ。いったん細かな構成部品にまでばらし、そこから新品同等のPETを組み立て直す。輸入原油から作るのではなく、国内で出たごみから原料を再生できる点に、エネルギー安全保障上の意味がある。
ここで言うPETは、ペットボトルだけではない。卵パックや惣菜容器の透明なふた、果物のパックといった食品トレー、さらに衣料品のポリエステル繊維も、化学的にはPETの仲間だ。つまりPETは、ボトル以外にも暮らしのあちこちに広く使われている。
酵素法の特徴は、これまで再生が難しかったこうした廃棄物に対応できる点にある。日本では透明なペットボトルの水平リサイクル(使用済みボトルを再びボトルに戻す「ボトル to ボトル」)が進み、機械式リサイクル(溶かして再成形する方法)でも高品質な再生が実現している。一方で、色のついたボトルや食品トレー、衣料のポリエステル繊維は、色や汚れ、ほかの素材との混合のために質を保ったまま再生するのが難しく、その多くが焼却に回ってきた。酵素法は、こうした「戻しにくいPET」を分子レベルまで分解し、新品同等の原料として再生できる。機械式を置き換えるというより、機械式が苦手とする領域を補う技術だ。
再生化されるペットボトルの断片(左)と、再生プロセスで使用される酵素(右)
エネルギー面の利点も注目される。米エネルギー省の研究所と英ポーツマス大学が2025年に発表した研究によれば、工程に使う薬品を工夫することで、エネルギー消費を大幅に減らし、運転コストを従来の4分の1ほどに圧縮できたという。この方法で再生したPETのコストは1キロ1.51ドルと試算され、石油から作る新品のPET(同1.87ドル)を約2割下回った。あくまで試算値ではあるが、酵素リサイクルが環境だけでなくコスト面でも成り立ちうることを示した点で注目を集めた。
技術への期待は、提携企業の顔ぶれにも表れている。カルビオスが立ち上げた企業連合には、仏ロレアル、米ペプシコ、スイスのネスレ、日本のサントリーといった飲料・化粧品の大手が名を連ねる。2025年には複数の業界と供給契約を結び、フランスに建設中の商業工場の生産能力の約半分を契約で押さえた。
断片化されたペットボトルが再生化されていくプロセス(左から右へ)
フランスと中国 2工場体制を予定
もっとも、技術の商業化は計画通りには進んでいない。
フランス北東部に建設中の旗艦工場は、当初2025年の稼働を見込んでいたが、資金調達の難航で延期が重なり、2025年12月に稼働時期を2028年上半期へと、当初より約3年遅らせると発表した。年5万トンの処理能力を持ち、色付きのペットボトル約20億本分を新品同等のPETに作り替えられる規模だ。
カルビオスはこの間、自社で工場を抱えるのではなく、技術を外部に提供して相手側に工場を建ててもらう戦略に軸足を移してきた。その第一弾が中国で、2025年12月に大手PETメーカーと合弁会社の設立で合意した。だが、この中国工場も2026年6月、現地条件に合わせた技術調整に時間がかかるとして、稼働を2028年上半期へ延期すると発表した。結果として、フランスと中国の二つの工場が、いずれも「2028年稼働見込み」という同じ時期に並んだことになる。本格稼働を前に、同社が掲げる数値の多くがまだ計画値・試算値の段階にとどまっている点は、冷静に見ておく必要がある。
CARBIOS社がフランス北東部のロンラヴィル(Longlaville)に建設中の、世界初となる商業規模のPETバイオリサイクルプラントの建築イメージ。本格稼働は当初の計画より3年遅れ、現在のところ2028年となる見込みだ。
日本への意味
この技術が日本に投げかける問いは小さくない。輸入原油に左右されるPETを、国内で出たごみから再生できれば、中東情勢に揺さぶられる供給構造を内側から組み替える一手になりうるからだ。日本はペットボトルの回収率が約86%と高く、酵素法の前提となる「きれいに分別された原料」を集める仕組みでは世界でも先行している。
課題も残る。酵素法はきれいに分別された原料を必要とするが、ボトル以外のPET ー 食品トレーや衣料繊維、混ざり合ったプラごみの中のPET ー をどう集めて選り分けるかは、コストと手間のかかる作業だ。酵素そのものや洗浄のコスト、設備投資もいずれも重い。あくまでPETの再生技術であり、すべてのプラスチックを置き換えるものではない。それでも、ナフサ高が祭りの灯りにまで影を落とす今、使い終わったPETを「もう一度原料に戻す」試みは、原油への依存を和らげる一手として現実味を帯びつつある。工場が動き出す2028年、その経済性が本当に証明されるのかどうかに、循環型素材の未来を見いだすことができるだろう。
トップ写真:Carbios Media Library 提供
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