技術と若者の力で変わる日本の農業: スマート農業の未来

東京都立園芸高等学校が先導する、AIとビッグデータで支えられた次世代農業教育

11月 24, 2023
BY Alisa Okawara
技術と若者の力で変わる日本の農業: スマート農業の未来
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J-STORIES ー 世界中で農業従事者の減少と高齢化が進み、農業は厳しい局面を迎えている。特に世界に先駆けて高齢化が進む日本では、農業の担い手が高齢化し、基幹的農業従事者の平均年齢は2022年で68歳を超えた。農業は「3K(きつい、汚い、危険)」と言うイメージがあり、実際に新規農業参入者の3割程度しか生計が成り立っていない。こうした中、若者達がAIやビッグデータなどの最新テクノロジーを活用することで、農作業の省力化や、効率化を実現し、少ない労働力で、生産性の高い「スマート農業」に変えていく試みが始まっている。
日本を代表する農業の専門高校として110年以上の歴史を持つ東京都立園芸高等学校。この学校では生徒たちが、伝統的な農業に関する知識に加え、AIやビッグデータなどの最新テクノロジーを学んでいる。
カリキュラムを考えるにあたり、同校の並川直人校長は次世代の担い手である若者達が農業に関心を持ち、新たに農業に参入した時に役に立つ知識として、「SDGs」、「STEAM(STEMとアートを合わせた言葉)」、「データサイエンス」と言う3つのキーワードを重視していると語る。「STEAM学習であったり、センサーとかロボットを活用した学習、あるいはこうした様々な先進的な取り組みを進めている方を招いて、講義を受けたり、センサーを農場に入れて得られたデータを活用する農業を行なっています。このように3つのキーワードと農業学習を結びつけた取組を、今一生懸命やっています」(並川校長)
園芸高校の授業の様子。生徒達はセンサーや気象庁のデータを使い、ホウレンソウの最適な収穫日を割り出す。     撮影 高畑依実
園芸高校の授業の様子。生徒達はセンサーや気象庁のデータを使い、ホウレンソウの最適な収穫日を割り出す。     撮影 高畑依実
例えば、生徒たちは農地に支柱を立ててソーラーパネルを設置する「ソーラーシェアリング」と言うプロジェクトに取り組んでいる。農業を行いながら、ソーラーパネルから得られた再生可能エネルギーを温室などにも利用するというものだ。
ソーラーパネルを取り付けた農地     撮影 高畑依実
ソーラーパネルを取り付けた農地     撮影 高畑依実
農場内部では、自動化システムによって生成されたデータを使って、効率的な収穫を実現する方法を探求している。ぶどうを栽培するビニールハウスには自動センサーが設置されており、生徒たちはここで得られたデータを研究に活用する。
同校では、こうしたデータサイエンスを重視している。並木校長は、このような技術を導入した「スマート農業」が、従来、多くの人手を必要とする作業や、熟練者でなければ行えないと言われていた農作業を変えることができる、と期待する。
「熟練に達するのに10年、20年もかかっていましたが、そこまで待てないと言う状況もあります。いろんな難しい壁がありますが、こうしたテクノロジーを使う事で生徒達が新しい農業に希望を持てるようになってきたかなと思っています。基本的なデータサイエンスを理解している生徒は、どのような道を選ぼうとも学んだことを土台にすることができると思います。」(並川校長)
東京都立園芸高等学校 並川直人校長     撮影 高畑依実
東京都立園芸高等学校 並川直人校長     撮影 高畑依実

農業でキャリアを積む

農林水産省の調査では2021年の農業従事者の女性の割合は39.3%だが、興味深いことに現在、学校で学ぶ生徒420人のうち65%が女性だ。
その中一人である3年生の葛西花さんは地域の環境について学べる生物多様性だったり防災を含めた地域作りを学べる四年制の大学に進み、将来は教育者を目指すという。
「将来は農業科の教員になって、日本の農業や、安全で生物も一緒に過ごしていける地域について興味を持つ学生を育成したい」
同学年の志村真桜さんは農村開発に興味があり、農学を専攻する夢を語った。「発展途上国の農村部では、次世代に農業の知識を伝えることが重要です。そこで農業教育に携わり、次世代に食料を供給する方法を模索したいです」。
並木校長は、生徒達に農業従事者の減少や高齢化など、農業部門が直面しているネガティブな問題ばかりを過度に強調したくないと話す。
「耕作放棄地が多いとか、そんな話をしたら生徒たちは農業に興味を持てないし、未来も感じられないと思います。もちろん現実を知ることは大事ですが、そういう中で農業を学ぶことで何ができるのかを大事にしてほしい。」(並木校長)

未来の技術で現在の問題を解決する

教育への投資は、日本にとっては中・長期的なアプローチである。しかし、短期的な解決策として、人手不足の問題を解決するために欠かせないのはテクノロジーだ。
NTTグループのNTTアグリテクノロジーは、農業とICT(情報通信技術)を組み合わせた技術を開発する会社の一つである。同社は5Gインターネットと4Kカメラを活用した遠隔農作業支援のシステムを開発した。農業従事者が着用するスマートグラスなどから撮影された複数の高画質映像を5G通信システムを使って、ほぼリアルタイムで遠隔地にいる技術指導者に共有することができる。スマートグラスの中には、植物の茎を自動的に計測できる機能を備えたものもある。
遠隔操作できる4Kカメラ     撮影 高畑依実
遠隔操作できる4Kカメラ     撮影 高畑依実
これにより、専門家が農場に行かなくても、作物の細部などを確認し、経験の浅い新規参入者や高齢の農業従事者に対して適切な技術サポートを行うことが可能となった。
NTTアグリテクノロジーのマーケティング統括本部長、小林 弘高氏は、このシステムの開発背景として、農業従業者だけでなく、技術指導者も人手不足になっていて、適切な技術指導が行えていなかった現状があると説明する。
「専門家が少なくなると色々なところに行きたいんですけれど、一月に1度しか1つの農場を訪れることが出来ません。DXの力を借りれば、毎日5分ずつでも繋がることができるようになります」(小林氏)
テクノロジーの活用は、技術指導員の訪問回数を増やしながら、移動時間の削減など負担を減らすだけでなく、生育の変化や異常を早期に把握することが可能になることから、技術指導が的確となり、作物の収穫量や品質向上が期待できる。
スマートグラスに装着された4Kカメラで遠隔先の技術指導者と作物の状態を共有できる。     撮影 高畑依実
スマートグラスに装着された4Kカメラで遠隔先の技術指導者と作物の状態を共有できる。     撮影 高畑依実
実際にNTTアグリテックが2022年の夏に、都内でこのシステムの試験運用を行ったところ、農業未経験者によるトマト栽培の収穫量が当初予測されていた2倍以上となっただけでなく、品質の向上も確認された。同社は、今後データの取得作業をより効率化させ、緻密な分析を行うことで、農業初心者でも長期的な安定栽培を可能とする仕組みを目指している。
茎の長さを自動的に計測できるスマートグラス     撮影 高畑依実
茎の長さを自動的に計測できるスマートグラス     撮影 高畑依実
「これからの農業をやる上でのキーワードは、トレードオフではなくて、共存です。労働力の不足に対しては、AIとかIOT、技術を使って(何も犠牲にしないで)解決ができる。最終的には農業を憧れの職業にしたいと思っています」(小林氏)
記事:大河原有紗 編集:一色崇典
記事撮影:高畑依実
トップ写真:撮影 高畑依実
この記事に関するお問い合わせは、 jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

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