J-STORIES ー 人体のサイボーグ化や、インターネットが高度に発展した社会を描いたアニメ『攻殻機動隊』のようなサイバネティックな世界が現実に近づきつつある。自然治療が不可能とされている脊髄損傷麻痺の治療や、交通事故後に何年も使えなくなった脚の機能を回復させる、などといった少し前まではファンタジーの話だった治療が実現しつつあるからだ。
サイバーダインは2004年に設立された大学発のベンチャー企業で、"サイバニクス "と呼ばれる新しい科学を駆使して、深刻化する少子高齢化社会における様々な社会課題の解決を目指す。サイバニクスとはCEOの山海嘉之氏による造語で、神経科学、人工知能、情報工学、ロボット工学など様々な科学分野と、それに対応する産業、技術、治療法を融合した学術領域を意味する。
同社は「HAL」(Hybrid Assistive Limb)と呼ばれる装着型サイボーグ(ロボットスーツ)を世界に先駆けて開発した。HALは人が体を動かそうとする時に脳から筋肉に送られる微弱な信号を検出して、装着者の意思に合わせて体を動かすサポートを行う。脳や神経、筋肉の機能低下により体を自由に動かすことができない装着者が、HALを使えば、体を意思の通りに動かせるようになる。
また、このプロセスを繰り返すことで、脳は正確で意図的な動きをもたらす信号の送り方を学習し、自分で動かせなかった体を再び動かせるようにできる「リハビリ」効果が期待できる。
HALは神経筋疾患や脊髄損傷など、さまざまな疾患や傷害の治療補助としてこれまでに20カ国以上で使用され、数多くの成功例が報告されている。
2022年5月には、HALを1年間使用した治療を行った結果、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の歩行が大幅に改善したという論文が学術誌『Internal Medicine』に掲載された。また2023年には、交通事故により5年間右足を使うことができなかった中年女性が、わずか3カ月の治療で日常生活を取り戻し、ジョギングを始めたという事例も同社から発表された。
今年2月には、「メタル界の帝王」としても知られる英国のロックレジェンド、オジー・オズボーン氏がHALによる脊椎損傷の治療を受けていることをソーシャルメディア上で公表して話題になった。
山海氏は「高齢者や難病の弱者など、科学技術の進歩から取り残された人々が、どこかの部屋に閉じ込められるようなことがあってはならない」と話す。
同社は、従来型のHALを使用できない子供や、小柄な患者向けに6月に身長150cm以下、体重40kg以下の人を対象とした小型モデルを開発した。国内では、製造販売に向けた申請を行なっており、欧州、米国、アジアなどの諸外国でも販売を目指している。
山海氏は、テクノロジーの研究だけでなく、17年以上という長期に渡り細胞培養についても研究を続けてきた。J-STORIES の取材に対し、「科学技術は縦割りで分野が決まるものではなく、全領域が繋がっており、分野ごとの垣根を取り除くことが重要だ」と主張する。「誰一人取り残さない、これからの巨大な地球村を作る上で、人とテクノロジーが仲間として相互に支援し合いながら社会を創っていく。これを実現させることが、私たちの役割になってくると思う」(山海氏)。
こうした主張を証明するように、同社は2018年から「C-startup」(サイバニクス・スタートアップ)というプロジェクトを通じて、様々な科学分野で活躍するスタートアップ企業や起業家に対して、技術的なメンターシップを提供している。
C-Startupの目的は、グローバルな規模で「革新的な技術・機器の研究開発から社会実装までを一気通貫で推進すること」。同社はすでに再生医療、創薬、難病治療、ヘルスケア、アパレルなど様々な分野で提携を進めており、出資先のベンチャー企業は約30社に及んでいる。
資金調達とは別に、サイバーダインは血管技術を応用した再生医療製品に取り組む「弘前ライフサイエンス・イノベーション」との提携を強化した。両社は、昨年2月に羽田空港の近くに建設された研究施設「サイバニクス医療イノベーション拠点A」に取り組んできた。
また、マレーシアにも同様の施設「国立神経ロボット・サイバネティクスセンター」が建設中で、2024年の完成時には東南アジア最大の医療複合施設になると予想されている。
翻訳:大河原有紗 編集:一色崇典
トップ写真:サイバーダイン 提供
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。
***
本記事の英語版は、こちらからご覧になれます。