J-STORIES ー クモやサソリ、イモガイなど自然界には強い毒をもつ生物が存在する。獲物に注入して神経を麻痺させるこうした毒液の成分は、人間の体に作用して薬として応用できるものもある。その仕組みを確立し、新薬の開発へつなげようとするベンチャー企業がある。
まさに「毒を以て毒を制す」創薬プラットフォームづくりに取り組んでいるのは、産業技術総合研究所でタランチュラ毒液の研究を続けてきた木村忠史さんと大手製薬会社などで新薬の開発に関わってきた吉川寿徳さんが2020年に設立したVeneno Technologies(ベネイノ・テクノロジーズ、茨城県つくば市 )だ。吉川さんが代表取締役社長、木村さんが取締役最高科学技術責任者を務めている。
毒液の成分であるペプチド(アミノ酸が複数結合した状態)は、人間の特定の生理機能に作用する種類も多い。中でも毒液の主要成分であるジスルフィドリッチペプチド(以下DRP)は、細胞の生体膜上でイオンの透過を制御する「イオンチャネル」というタンパク質に働きかけ、様々な医薬品に応用できる。このDRPを使って『医薬品にしない手はない」と吉川さんはJ-Storiesの取材に対して語る。
DRPの中にはすでに薬に応用されているものもあるが、期待の大きさに比べて成功例が少ないのは、DRPの構造が複雑で医薬品として応用できるものを見つけ出すのが難しいからだ。そこで、同社は従来とは違う革新的な技術を開発し「Veneno Suite」という新しい創薬プラットフォームを作り上げた。
Veneno Suiteを支えるコアテクノロジーのひとつは「DRP space」という遺伝子ライブラリの作成方法にある。従来の方法では天然の毒液からペプチドを見つけてライブラリを作るが、集めるのに時間がかかり大きなライブラリを構築するのは困難だった。そこで、あるDRPを鋳型にして遺伝子の一部を改変し、多種多様なタイプのDRPを作成する方法を開発、10億種にも及ぶ大きなライブラリが実現した。
もうひとつの独自技術は、有益なスクリーニング方法にある。10億種の中から目的に適しているものを選択するために、大腸菌を使った「PERISS」という画期的な技術を開発した。他のスクリーニング方法と異なるのは、大腸菌にDRPとイオンチャネルなどの標的分子を同時に発現させ効率よくスクリーニングできる点で「この技術は世界で唯一」(吉川さん)だという。
このプラットフォームを活用し、製薬会社と共同で医薬品に使用するDRPを開発する研究はすでにいくつかが始動しており、今後提携を進めていくという。国内のみならずアメリカにも拠点を置き、グローバルに展開する。また社内で独自に研究開発し、医薬品候補となるDRPを製薬会社へライセンスする事業も並行して行う。
人間だけではなく、動物や虫、植物、細菌に作用する機能性DRPを作ることができるため、動物医薬品、農薬などにも応用が可能だ。とくに化学農薬の低減が進められる今、環境負荷の少ない農薬の開発に向けて化学会社と話を進めているという。
記事:嵯峨崎文香 編集:北松克朗
トップ写真:Rawpixel/Envato
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