それなのに、日本人はどうして休暇を取らないのか、もしくは、取れないのか?休暇を取ることが人間の権利であるだけでなく、個人や企業の生産性を向上させ、経済活動にとっても大きなプラスとなる理由とは?そして日本が休暇を取得できる社会になる為に必要な鍵は、大企業よりも中小企業が握っている理由とは?
J-STORIESでは、バカンス大国として知られるフランスからこの問題のソリューションを見出すべく、日仏のバカンスの違いについての著書「休暇のマネジメント」を上梓したフランス在住ライター高崎順子氏と、ジャーナリストで働き方改革の推進にも長年取り組んでいる相模女子大学大学院特任教授・白河桃子氏に話を聞いた。(聞き手:J-STORIES 編集長 前田利継)
(この記事は7月26日にTwitter Spaces で配信した、J-STORIES「世界のニュース」での鼎談を抜粋したものです。特に経営者や管理職の方に読んでいただければ幸いです。編集:J-STORIES)
フランス人にとって休みは「人生」
J-STORIES 編集長・前田利継(以下、前田):日本は法定の祝日は多くありますが、自分の裁量で取れる休み(有給)は、フランスに比べて非常に少ないと感じます。
相模女子大学大学院特任教授・白河桃子氏(以下、白河):日本の有給休暇の取得率は、ようやく50%を超えましたが、働き方改革実現会議の前で48%ぐらいです。働き方改革の時にも、有給を少なくとも5日間、必ず取らせましょうと法律にしたはずなのにこの程度です。これに比べると約一ヶ月間の休みがあるフランスのバカンス制度は何だろうとみなさん思いますよね。
前田:日本とフランスとでは休みに対するコンセプトが違うのでしょうか?
フランス在住ライター・高崎順子氏(以下、高崎):はい。フランスの人々にとって休みは「人生」 という感じです。2023年の日本の祝日は16日間ありますが、フランスの国民の祝日は1年間で11日です。オランダは11日、ドイツ、ベルギーは9日。祝日の数だけ数えたら日本よりずっと少ないですが、これらの国はみな、年次休暇が日本より長い。日本との違いは、祝日がバカンス・長期休暇の代わりと考えられていないということです。その理由は、祝日は細切れで、自分の好きなことをす る時間としては十分ではないから。一方で、バカンスは自分の好きなことをする時間、心の思うままに過ごす時間です。別の言い方をすると、例えば、子育て、病気の治療、介護など、自分の好きなことをする以外の理由 で休むことは、バカンスではない。バカンス以外には、目的別の休業制度があります。バカンスというのものは 完全に自分の為のものだから、他の理由で休む必要がある時は別の休業制度を利用するというこ とになっているのですね。日本はこの「別の休業制度」というのが、労働法ではほぼないのではないでし ょうか。
白河:一応あることはあるんですけど、病気の時に取っておくのが休みみたいな意味になっています。今はだいぶ変わってきましたが…
前田:確かに病欠が年間2、3日などと決められているので、それを超えてしまう時のために有休を取っておくという考え方がまだ日本では一般的ですよね。
高崎:フランスで生活していると、祝日はおまけのようにやってきます。祝日があるから週末が少し長くなる、それはラッキーみたいな感じで、そもそもそんなに祝日をあてにしていない。
仏のバカンス制度は、100年前の国家主導「意識改革」で実現した
前田:面白いですね。高崎さんの本を拝見して一番面白いなと思ったのは、フランス人がいつ、今のようなライフスタイルをするようになったのかということでした。僕はフランス人が以前からずっとバカンスを1ヶ月間楽しむような生活をしてきたのだと思い込んでいたのですけれども、違うんですよね?
高崎:はい。有給休暇制度ができたのは1936年のことです。
前田:興味深いのは、有給休暇制度ができた直後は、フランスであっても、長期に有給休暇を取るという考えが一般にすぐには浸透しなかったということです。それで、国が一生懸命そっちの方向に持っていこうと、ありとあらゆる努力を重ねて現在に至っているわけで、バカンス大国であるフランスでも、元々は、バカンスが国民の意識の中にあったわけではなく、国が意識的に作り出した努力の賜物で、今に至っている。フランスであっても国民の意識を変えるには努力が必要だったということなんでしょうか?
高崎:そうですね。バカンスを体験したことがない人には、その良さが分からなかったんです。 いきなり時間だけ与えられてもどうしていいか分からない。バカンスの意義を知っている人たちは、これは人権問題だからみんなが休むようにしようと言ったんですけども、今までその権利を持っていなかった人には、お金もないし、休みを有意義に過ごす方法も知らなかったので、なぜ取らねばならないか理解できなかった。 彼らを説得するには、その為のお金と仕組みを作る必要がありました。
前田:なるほど。仕組みがすごく大事なわけですね。お金がかかるとか、ネガティブな発想を持つ方はいるでしょうし、意識改革の土台というのがやっぱり必要だと思います。フランスが国としてそこを意図的に取り組んできた、つまり調整担当局のような省庁を作って国民の意識や行動を変容させようとしたことと、休むことはメリットだという概念を浸透させようとしたというのは非常に興味深いですね。
白河:まさに「休み方改革」。
初めて二週間パソコンを触らずに休んで気づいたこと
前田:日本では休むことに対する罪悪感とか、長期のバカンスは贅沢だとか、休みというものをマイナスに見る傾向がありますよね。休むことは悪いことではないという意識改革を行う為にはどうしたらいいのでしょうか?
高崎:実は私自身、本を作っている時にその意識改革の必要を感じました。「いや、まず私が休めてないよな」ということにはたと気づいたのです。私は日本で生まれ育って就職もしたから、2000年にフランスに来た当初は、休みへの感覚が日本社会のままでした。フランスの人々のようには休めなくて、8月のパリががらんどうになる中でどうしたらいいのかと途方に暮れて いました。それでも少しずつ休むようになって、この本を書き始める前までは、最大1週間の連続の休みを取るようにはなっていました。ただ、何年もの間、「一週間(の休暇)」が自分の中のマックスだと信じていたため、家族と2週間とか出かけても、私はパソコンを持って、一週間は仕事をしていました。ですが、やはりこの本を書く人がそれをやってるのはよろしくないだろうということで、本を書いている途中の2022年の夏に、初めて二週間休むぞ、パソコンにも触らないと決めたんです。代わ りに家族と自然の中で遊ぶ、読書をする。そして飲んで食べて昼寝をしました。本当に心の赴く ままに過ごしてみました。その結果は最高で。言葉に言い表せない、本当にいいなこれ、と 、語彙力を喪失していくレベルの良さの中で過ごして……更に良かったのが、バカンス終了後、二週間ぶりにパソコンを開けた時の高揚感が凄かったことです。「やるぞー!」という気持ちが漲るというか。バカンスを区切りに、今度はこういうこと新しくやってみようと考えたり。仕事と離れる時間を持ったことでより大きな枠で、長期スパンで、自分の仕事を捉え直すことができました。
休むのは良いことだからではなく、休まないのが悪いことだから
前田:高崎さんがおっしゃっていることは私にはよくわかります。私も日本生まれ、日本育ちですけれども、その後海外で過ごし、多国籍の職場で外国の方とも働いてきました。そして、妻も南米出身のラテン系・ヨーロッパ系の考え方なんですね。彼らと話していると、休みとか働き方ということに関する考え方が日本人と大きく違います。働くということに対し日本の場合は働けば働くほど美化されて、限度がありません。とにかく行けるとこまで行くのが良いという考えです。一方、それに対して妻は、「かわいそう」だとか、人間的な一線を超えてしまって人生を「楽しめない」生き方をしてしまっている、という見方をします。働くことも、行き過ぎると、もうそれは決して褒められたものではないし、日本人はかわいそうという同情にしかならない。日本人的に言えば頑張ることは良いことですが、海外では良いと思われていないんですよね。このギャップを理解することが大事だと私も思います。
高崎:そのようなお話をたくさん聞いて、本を書きました。企画の当初は、私たちが休むのは「良いこと」だという認識を持ちたかったんです。ですが実際に取材を進めていくと違いました。フランスの人々がバカンスを取る理由は、それが「自分によって良いことだから」ではなくて、「休まないのが悪いこと」だから。いかに休まないことに弊害があるかということを知りました。特に管理職や経営者になればなるほど、ちゃんと休まないことで組織にと って悪影響が及びます。最大の弊害は、燃え尽き症候群になり、バーンアウトして心身を壊すことです。あとは属人化(特定の社員がやっていることを当人しかわからなくなること)ですね。やはり仕事を抱え込まれると、その人が何かあった時のリスクがあまりにも大きい。組織でやっているのだから、できるだけチームで担い、「誰かが潰れてしまったら会社が回らない」という状態を回避しないといけない。
白河:例えば病院とか絶対稼働しなければいけない施設や仕事もありますけれど、それでもワーカホリックの人、休まない人をマネージャーにしてはいけない。日本ではみんな休まないのが大好きだけど、その中には、本当に休めない人も多いけれど、好きで休まない人が本当に多いと思うんです。例えば、元朝日新聞の古田(大輔)さんは、朝日新聞時代には実は有給休暇を一回も取ったことがなくて、申請書を書いたことがないまま辞めた。彼はその後バズフィードに転職するのですが、そこで「そんなことでクリエイティブな仕事ができるのか」と言われた、という話をしていましたね。
高崎:クリエイティブな仕事に休みが必要だというのはもっともですが、それ以前に、マスメディアは生活を 扱う仕事ですよね。人の生活を扱う仕事は、自分自身が真っ当な生活をしていないとできない、とフランスでは言われています。ちゃんと自分自身が生きて、生活を行う普通の人たちを理解しないで、人を見て取材する業務ができるのか。休むことは仕事とつながっているのだから、きちんと休みをとってこい、という話を、管理職が部下にするのだそうです。
白河:根本的には日本がどうしたら休めるようになるかと言えば、意識改革も重要ですが、まず法律を変えなきゃだめなんですよね。フランスでは労働者に休ませることを経営者の義務にしていることがすごいなと思います。労働法で最大年間5週間の休暇が決められており、大半の人が8月に順番で取得するというふうになっています。日本はこの働き方改革実現会議で、5週間ではなくたったの5日間の有休をちゃんと使ってもらうための法律を入れるだけで侃侃諤諤の大騒ぎでした。
「フランスには休暇の取得率という概念がない」
前田:そうですよね。新入社員でだいたい10日ほどの有給があっても、実際に日本の場合は消化されるのは5日間程度で、会社側から見ると有給を取ってもらうだけでも大変というような状況です。フランスの場合は5週間を皆さん完全消化する感じなんですか?
高崎:休暇は「取得させるのが雇用主の義務」なので、サラリーマンは5週間を完全消化します。より分かりやすい例で言いますと、お給料を払うのと同じ感覚なのです。だから、取得してもらわないと契約不履行になる。日本とフランスの労働法制の比較をし ている専門家にお話を伺った際に聞いた一言がとても印象的で、「フランス には取得率という概念がない」というものでした。取らせなくてはいけないのだから、取得率は当然、100%でなきゃいけない。
前田:給料全額払うのと一緒であれば、今月は8割だけお支払いしますとはならないのと同じなんですね。
権利は「人間」であることの条件
前田:さて、フランスが推進してきた「休みは義務」という概念についてこの後、お話をうかがいたいと思います。フランスでは休みは権利であって、経営者にとっては休みを与えるのは義務という考えが浸透していますが、日本の場合はまだ休むことに罪悪感を持つ人たちが多くて、休みは贅沢だと考える人も根強くいます。このギャップにもう少し向き合うと、例えばフランス国民は、王様を引っ張り出してきて、ギロチンにかけて自由を勝ち取ってきた、といった歴史があリます。そういうことをした国と日本のように何となく上から権利が与えられた国とのギャップがあって、根本的に自由への意識や覚悟が異なるという考え方があります。そうだとすれば、日本でもバカンスを「権利」として認識することができるのか、あるいは「与えることは義務」だとレベルに真に経営者の意識を持っていけるのか?歴史的背景を考えると、これは非常に難しいようにも思えますが、両方の国を経験した高崎さんはどう思われますか?
高崎:フランスに住んでいて日本と違うと感じることは、人が生きることをすごく考えているということです。「人間は考える葦である」というように、なぜ人間なのか、自分たちと動物との違いは何かをよく考えていて、自分たちは人間だという意識が強い。権利は人間であることの条件なんです。だから権利はあったらいいものではなく、ないといけないもの。権利を侵されることは人間扱いされてないことだと理解していて、人間扱いされないことをすごく嫌います。最大の侮辱と捉えるのです。でも、この話をするのが日本では難しいなと思うのは、日本で我々は人間だよね、と話した時に、それならば人間とは何だろうとか、人間らしい暮らしとは?、というところまで話が発展しないまま終わってしまうのですよね。
フランスに住んでいて日本と違うと感じるのは、「人が生きる」とはどういうことかが、フランスではより強く意識されているということです。「人間は考える葦である」というように、人間とはなぜ人間なのか、人間ではない動物との違いは何かをよく考えていて、自分は人間だ、という意識が強い。各種の権利は、人間であることの条件なんです。だから権利は「あったらいいもの」ではなく、「ないといけないもの」。権利を侵されることは人間扱いされてないことだと理解していて、それを嫌います。権利の侵害を、最大の侮辱と捉えるのです。でも、この話をするのが日本では難しいなと思うのは、日本で「我々は人間だよね」と話す機会自体がまず少ない。「人間とは何だろう?」「人間らしい暮らしとは?」というところまで話が発展しないので、権利についての話も、さらりと終わってしまうのですよね。
前田:確かにそうですね。白河さんも参加された政府の働き方改革実現会議では、人間とは何だろうとか、その権利とか尊厳とか生きる喜びとか、人間の生き方とは何だろうみたいなところまで踏み込んだ議論というのあったんですか?
白河:はっきり言ってなかったですね。すべての政府の会議というか、日本の政府の考え方において、「人権」という問題があまり話し合われません。そこが一番足りないところなんですよね。「人権とか言って、何言ってんの?」というような空気がある。そんなことしたら、中小企業だったら儲けが減っちゃう、だとか、まずは何をなすべきかの議論において、人間であるということよりも、「会社人」としてどうなのかという点から入リます。それでも今は若い方たちは大分変わってきたなと思いますよ。「有給をちゃんと取れますか」と就職時に聞く若者は増えました。昔はそんなこと聞く人はあんまりいなかったと思いますが、今は変わって来ています。「ブラック企業」という本が流行って、有給を取れることが大事だという考え方が浸透しました。ブラック企業って言うと、休みもなく働かされて、サービス残業させられる、つらい会社。あとパワハラもひどいみたいなイメージです。そういう非人間的な扱いを受ける会社には入りたくないというのは、今の若い人たちが一番考えているので。企業を判断する際に、給料の高さだけではなく、きちんと休めるかどうかが重要だという考えが大部浸透してきました。
「人間としての尊厳を取り戻す」のが休暇
前田:給料がちょっと安くても、人間的な会社とか、パワハラがない会社とか、社会貢献をしている会社とか、しっかり胸を張れる企業で働きたいという若者が増えてきましたよね。
白河:だいぶ変わってきてはいますが、これはもう本当に今話している「人権」の話以前のことですから。フランスは「人間としての尊敬を取り戻す」のが休暇だという素晴らしい考えがある。この、「まずは休まないと人間が駄目になってしまう」という考えを持てるかどうか。
高崎:休まないのは本当によくないことなのですが、日本では軽く考えられているように感じます。従業員を休ませず酷使する企業が、「ブラック企業」というライトな言葉で語られていますよね。ですが実際に「ブラック企業」とは、労働基準法に違反する企業のことで、本来は重大な話のはずです。これは「いじめ」と似た構図なのではないでしょうか。つまり、法律に違反する行為を「ゆるっとした言葉」で表現することで、被害を受けていない・加害をしていない、と錯覚させるような言い換えがあるように思います。休めないのは法律違反の働かせ方である、この意識を働く皆さんが持っていけるように、メディアが適切な言葉を使うべきではないでしょうか。法律とは何のためにあるかというと、人を守るためにある。労働基準法は労働者を守るものです。法律を守らないのは、良くないことですよね。休めないことも、連休が取れないのも良くない。それはおかしいと、はっきり言わねばならないと思います。ライトな言葉で誤魔化さずに。
白河:これは子育てにもつながっています。男性の育休取得率は、去年法律が変わって今年から取りやすくなった結果、少し上がって17%です。それまでは13パーセントしか取れてなかったんですよ。一方でヨーロッパの場合は、もっと男性が育児休暇を取るんですね。なぜかと言えば、男性がバカンスなどで2週間どころか1カ月間休むことにみんなが慣れているからです。それに、取らないとなくなってしまう子育てのための休暇があるんですね。そうすると、それを取らないと権利が消失してもったいないと思うんですよ。だからこの辺の考え方も、みんなが「休みを取ることは良いこと」で、「自分たちの権利だから当たり前のように使わないと損をする」と思える仕組みが必要だと思います。
休暇普及のカギは、「属人化の解消」と「分業の普及」
前田:日本的な感覚ですと迷惑をかけるという言葉がありますよね。別に、どこの国でも状況は同じはずですが、日本の場合は休むことによって周囲に迷惑をかけると感じてしまう場面が、恐らく多いのではないか。原因の一つは、分業制が行き届いてないことでしょう。つまり、本来、仕事を複数の人でカバーできるシステムがあれば、一人が休んでも、他の複数で補って穴を埋められるはずなのですが、現状では一人が仕事を抱えすぎた場合、その人しかしかできないような状況になってしまっています。その人が休む場合、まだ3日程度ならいいですけれど、2、3週間とか、一ヶ月以上になると仕事を埋め合わせるのが難しくなってしまって長くは休めない、となってしまっています。この辺り、フランスの場合は一人が仕事を抱えないで、必ず組織的に担当させるといった、意識的なマネージメントが行われているですか?
高崎:ペアワークはかなり浸透してますね。私の本の最後の方で実例を出しているのですが、 日本でも、休みを公平にみんなに取らせようとしている企業はありまして、そのようなところはペアワークなどの合理的な分業制を導入しています。公平にみんなに休んでもらおうとするなら、属人化(特定の従業員の みが業務を把握している状況)の解消と適正な分業が必要です。日本ですと、休みを 取ることが面倒になってしまう状況も問題です。業務調整だけではなく、みんなに迷惑を掛けるという点での心理的負担も大きいので。日本の企業で休みをうまく公平に運用できているところは、トップダウンでとにかく公平性を確保することに努めているようです。上層部が意識して変えていけば、休暇は「迷惑なもの」ではなく、「取らないと会社が困るもの」に変われますし、そうなれば、休んだ人が後ろ指を指されるようなことが減っていきます。
白河:日本だと、休みといっても、介護ですとか、子供が熱を出したからとか、ちっとも本人が休んでいないことが多いのですが、それでも、休んでいない同僚との間には軋轢が生じています。以前300人ほどにアンケートを取ったところ、2割もの人が不公平だと思っていて、3割の人は誰かが休むことで自分の業務負荷が高くなっていると思っているんですね。この数字は、子育てと両立する人が増えれるにつれ、増える傾向にあります。これとは、対照的にフランスのすごく良いところは、保育園であれ、学校であれきちんと休む時には休んでいることです。
高崎:そうです。社会の年間カレンダーが、学校の休みのリズムにしたがって動いてるんですね。まず、学校の夏休みが7月と8月のほぼ2カ月間ある。そしてフランスの公教育は、「7週間授業をしたら2週間の休みが来る」いうリズムが国によって作られています。つまり、学校には一年に5回の季節休みがあるわけです。そうなると、学校のない2週間の季節休みの間は、誰かがその子どもたちの世話をしなければならないわけですから、 その期間は家族で出かける時期、イコール行楽シーズンになっているんです。休みのたびに、1週間が5日間ぐらいの旅行に行ったりして、観光消費で内需を回しています。一方フランスでは保育士さん達も、5週間の休みを取らないといけない労働者です。ただ保育は運営を継続してもらわないと、国民の大多数の雇用に関わります。前述の学校カレンダーのように休むのは難しいですが、代わりに8月に1カ月間まるっと休園して、保育士さんにはそこでまとめて休んでもらう。その間は親御さん達もバカンスをとって子どもたちと過ごす、という、社会的合意ができています。
休みには街から人がいなくなる
前田:だから8月にパリに行くと、日本でいうところのお正月三が日みたいな感じなんですね。ほとんど町に人がいなくて、非常に空いていて涼しくて観光するにはいい時期なのかなと思うんですけど、それだけ人がいない、働いている人がいないって感じですよね。ほぼ8月いっぱい1カ月間そうですね。
高崎:観光関係、特にホテルの人たちは稼ぎ時なのでパリでも営業を続けますが、レストランは閉めるところも多いですね。
白河:稼ぎ時に本当に閉めるし、夏だけじゃなくて、日曜日とかに観光地に行っても、いざショッピングしようとか思ってもお店がやってないんですよね。これすごいなと思います。休日をきちんと守るという。
前田:日本で三が日に仕事しようとしてもどこもやってないし、もちろんお店も開いてないし、仕事のメール打っても返ってくるわけないので、仕事してもしょうがないなと。じゃあこっちも休むかという気になりやすいと思うんですけど、フランスの場合、8月全部がそのような感じで、結局その間に一生懸命仕事をしても、パートナーの会社とかが対応してないというような状況が続くわけですかね。
高崎:8月のパリは、仕事でイライラするパリジャンがいないから最高!と言う人もいます。観光客の方はみなさん、旅を楽しんでニコニコしていますしね。
白河:でも、こうやってみんなが工夫に工夫を重ねた結果、子供がいない人もちゃんと休める制度になっているというのがとてもいいなと思います。子供のいる人は逆に休みがこの時期しか取れなくてかわいそうだよね、みたいな感じになるというのがバランスが取れていて、いいですよね。
高崎:おっしゃる通りです。家族構成がどうであろうが、みんなが公平に休めるので。子どものいる人といない人は休みの時期がぶつからないので、あえて組み合わせてペアワークをすることもありますよ。
20万円で過ごせる1ヶ月のバカンス
白河:一方でお金の方はどうしているのでしょうか?日本だと基本給が安すぎて、働き過ぎるくらいでないと生活できないという人も多いと思うのです。フランスでは、皆さん、これだけの休みの間、お金はどうしてるんですか? もちろん有給ではあるけれども、バカンスに費やす費用とかはどうしてるんですか?
前田:国からバカンス用の補助金が出たりするのですか?
高崎:まず、バカンスの費用は皆さん貯金をしています。大体、月収1カ月分ぐらいをキープするとか、それは各家庭の経済状況に合わせてですけども、低所得者の家庭や、失業者を支援するバカンス基金もあります。あと1936年にできた制度が今も残っているのですが、有給休暇で自宅の最寄り駅から200キロ以上離れたところに旅に出る場合は、ご夫婦の場合は40%引き、子どもがいる 世帯の場合は50%引きになるんですね。
前田:すごい!
白河:いいですね。
高崎:うちも使ったことがあります。ありがたいです。
前田:半額になるのは大きいですよ。
高崎:「ラグランジュ‧チケット」というもので、フランスの在住の方、サラリーマンの方が使えます。あとはフランスの福利厚生の中で「バカンス小切手」を配布するところがあるんですね。フランスには社食の代わり昼食の支払いに使える「レストランチケット」があって、雇い主が何割か負担し、従業員が残りの何割か出してという形で発行するんですが、バカンス小切手もそれと似た原理で作られていて、色々なところで使えます。マクドナルドなど外食店でも使えるし、高速道路やホテルの支払いにも使えます。それを会社によっては、毎年5万円分とか10万円分とか出してくれる。
白河:日本でもコロナの後に似たようなものが出ましたよね。バカンス小切手じゃないけど、「GoTo」っていう。あれは結構近いというか、別にみんながもらえたわけではないですが、旅行に行く人には費用負担の軽減になって。現地でお土産を買ったりする時に使えるとかありましたよね。それをもっとちゃんとやれば良いという話なんですよね。
高崎:そうです。その国の制度として運用して、観光産業を軸に経済を回しながら、とにかくみんなが休めるように するということです。そうすると生産性も上がるし、組織の属人化も解消されるし、バーンアウト対策にもなります。いいことだらけです。
前田:本当ですね。日本で家族旅行しようとすると、1泊でも、例えば旅館で3万円ぐらい、それで高速道路移動とか、いろいろお金がかかって1日5万円ぐらい、それで3日間休んで旅行に行こうとすると、軽く15万円かかってしまう。だから休むとお金がかかるというイメージがあるわけですけれど、フランスの場合は大体20万円ぐらいで一ヶ月過ごせるといいますよね。つまり1日平均1万円以下ぐらいで、うまく実家とかを使いながら、あるいは政務の補助金とかバカンスチケットなどを使いながら、1日1万円以下ぐらいの感覚で過ごすことが可能なんですね。
高崎:多くの方にとっては、バカンスで何もしないことが大事なので、ご飯もすごくシンプルですし、自炊する方も多いです。滞在先で一番多いのは家族の家か友達の家、もしくは長期貸しの別荘やキャンプのような、比較的滞在費の安価なところで過ごす。自宅から出て過ごすことが重要なので、移動して行った先ではあんまり高く付かないレジャー、つまり海で泳いで、散歩に行って、本読んで昼寝して、みたいな過ごし方をします。それで十分なんです。もちろん、お金を持ってらっしゃる方は贅沢な過ごし方も大好きですから、特に美食家の方は、観光地の高級リゾートに連泊して、有名シェフのレストランで食べる、という過ごし方をします。
白河:それが日本で機能しているのは軽井沢ぐらいですね。軽井沢とか夏だけしかオープンしないレストランが結構いっぱいありますよね。日本の場合、どうしても休暇とか特に長期休暇は特別で贅沢なイメージが残ってしまっていて、これを分け隔てなくみんなで楽しめるものに変える工夫が重要ですよね。
高崎:あと、よくあるのは友達同士とかで、おうちの交換をすることですね。例えば我が家はパリ郊外にあるので、地方に住むお友達や親戚の方達と、2週間ずつそれぞれの家を交換して滞在し合ったりなどします。
バカンスとジェンダー問題
前田:バカンスの話をしていると、結局いろんなことが絡み合ってジェンダーのところに行き着いたりしませんか?
白河:まあそうですね。
前田:お盆休みなどに実家で宴会をして男たちが酒を飲んだりすると、結局うちの母とか伯母たちはみんなそうだったんですけど、結局働きづめになって全然休めてないというケースがありますよね。フランスではそういう問題はないのでしょうか?
高崎:フランスでもやっぱり義理母問題とか、きょうだい間の問題はもちろんあります。食事に関しては性別問わず「料理好きな人」がいて、バカンス中の食事の準備はその人がやるんです。
前田:そこに男性も含まれているわけですよね。
高崎:男性は多いですよ。フランスの親戚が集まると、私と義理母、義理兄が料理担当です。
白河:バーベキューだと多いです。張り切る人たちが結構いる。
高崎:バーベキューは男の出番ですよね。
前田:確かにヨーロッパだと、エプロンして四六時中家の中で料理してる男性は結構いませんか?
高崎:います。食いしん坊の方が、自分の食べたいものを食べたいから作るんです。ですがジェンダーのお話はね、やっぱりフランスでもかつてはそうだったようです。40代、50代のフェミニストの方の話を聞いていると、なんで男ばっかり座ってビールを飲んでて女が片付けをしなきゃいけないのかってバカンスの時に思っていたという方もいらっしゃるんですよ。 なので、それはね、時代とともに。
前田:フランスでも男ばかり酒飲んでいた時期があった訳ですね。
高崎:ありました。バカンスもそうですし、それ以外の役割分担も。みんながそれは違う、良くないだろうということで、変えてきた歴史がフランスには強くあります。 何もしないで何となく変わったわけではなくて、みんなが「ダメダメダメ」、「ノンノンノン」 とか言いながら変えてきたのです。
まずは、1泊旅行を2泊に増やしてみよう
白河:最後に、高崎さんから具体的な提案があるんですよね。まず、日本はここから変えようという。私はそれを聞いてすごく感動したんです。
高崎:はい。1泊旅行を2泊に変えませんか、というご提案です。統計的にも出ているのですが、日本は旅行というと、日帰りか1泊がすごく多いんですね。だから旅館で出てくるご飯は、もうこれは二日連続では食べられない豪華さとボリュームで出てきます。私も、日本で家族旅行といえば近県に1泊出かけるのがデフォルトだったんですけど、結婚してから数年後に、夫から「俺、熱海に2泊で行ってみたいんだけど」と言われたことがありまして。
白河:何でですか?
高崎:理由を聞いてみると、1泊だと、やり逃してしまうことがあると言うのです。例えば、近辺に初島や、旧邸宅を保存した美術館といった興味深い場所が幾つもあるのに、1泊だとそういうところに全然行けない。だから2泊させてくれと言われました。
前田:よく分かります。うちの妻も外国人で、やっぱり1泊ごとに移動するのは大嫌いです。慌ただしく毎日場所が変わるというのは旅行というよりも「移動」であって、それは「休み」じゃない、という感じですよね。
高崎:フランスを参考にバカンスを取ろう!といっても、いきなり何週間も休むのは本当にハードルが高いことは、私もよく知っています。なので、まずはとにかく1泊だけ延泊しましょうと。それによって、 これまでやり逃していたこととか、できないと思っていたプランができたりして、とてもいいんですね。私自身、熱海に2泊したら、すごく良かったです。今年5月に帰国した時にも家族旅行で、仙台に2泊で行ったんです。秋保温泉に泊まってワイナリーを訪れ、二泊目は仙台駅のそばに泊まって、駅周辺で牛たんなどの地元食を楽しみ、最終日には朝から塩釜の市場に行ってお刺身をその場で食べました。あまりにお刺身が美味しいので、さらに買ってクーラーボックスに入れて、関東まで持って帰りました。これが一泊だったら、塩釜のお刺身を味わえずに帰っていたわけですよね。
前田:なるほど。まずは1泊を付け足すことによって、余裕を持つことから始めようということですね。
高崎:余裕を持つといえば、週末にも、意識的に考えて自分のやりたいことをやってみようと提案したいです。週末は家事や用事が多く、なかなか難しいですけど。
前田:でも何時間とかだけなら、できますよね。
高崎:そう思います。自分のやりたいことをやるのが大切で、それは一つでも、短時間でもいいと思うんです。例えば本の1章だけでも絶対読もうとか、刺繍をちょっとだけ進めようとか、なんでも。皆さんいろんなご趣味があると思います。
前田:人間として生きる喜び、人として私たちが尊厳を持って生きる時間というのを意識的に1時間でもいいので、週末作るというところから始め、好きなことをやると。これですかね、まずは。
高崎:週末のTO-DOリストに、自分のやりたいことだけやる時間を1、2時間入れるのがいいです。それはもう全力でおすすめしたいですね。
前田:家事とか掃除とかと同じぐらい大事に優先事項の上の方にして。
高崎:両方を大事にするやり方が、必ずあるはずです。
白河:どちらが大事か、探り探りバランスを見つけていくという曖昧さがとても重要だと思うんですよね。
高崎:おっしゃる通りです。とりあえず仕事も休みも両方取る、と考えてみる。なぜ、どちらかを選ばなきゃいけないんだ?と疑ってみる。
前田:仕事が何か美化されすぎなんですよね。昭和の時代はお父さんがこれは仕事なんだと言えば家族みんな黙る、みたいな。子供が日曜日に「お父さん、遊園地に行くって約束してくれたじゃない」と言っても、「いや、仕事だからしょうがないだろう」と。「仕事」と言えば、全てが正当化されるみたいな雰囲気は、まだ日本には残っているように思います。他の国だとなかなか通じませんが。
高崎:でも、やっぱりそれを個人だけで解決しようとすると、個人だけが苦しいだけで終わってしまうので。やはり経営者の方、あと社会全体で動かしていきたいですね。
社会全体で実現させる分業制度
前田:私も小さい会社の経営者でもあるので、非常に考えさせられますし、おっしゃっていることがよくわかるんです。分業制っていうのは本当に大事です。これがないと休み取れないんですよスタッフがね。フランスだと、分業化も意図的に政府主導で行った部分があったのですか?
高崎:分業制が政府主導だったのかは、調べ切れていませんが、あまりにも皆さん普通にやっているので、恐らくもう休みをとらせていくにはそれしかやり方がないということなのだと思います。
白河:やり方は多分任されているのでしょうが、とにかく全員が休めて、尚且つ仕事も問題なく回るように、工夫を重ねてるということは非常によく分かります。例えばお医者さん。病院は、24時間回らなきゃいけない場所ですが、助っ人スタッフみたいな人たちがいるんですよね。これはすごい仕組みだと思います。助っ人スタッフ達はいろんなところに入れるように養成されているんですよね。例えば麻酔科にも入れるし、何々科にも入れる。仕事が増えれば増えるほどお給料も増える、というような仕組みなので、すごくいいなと思うんですよ。休みで抜けても誰も困らない仕組みと、人間の尊厳を守るための休みなんだっていう考え方の浸透。この両方があってうまく回っていることが大事で、見習いたいなと思いますね。
高崎:どうしても働き方改革というと大企業の例ばかり出てくるのですが、私の本では中小企業、特に町工場の例を扱っています。特に日本の製造業は町工場や、中小企業の方たちが作り上げてきたものですし、実際に、調べてみると休みが取れるような仕組みを持った、素晴らしい中小企業が日本にもあることがわかります。
前田:それは興味深いです。日本の場合、中小企業の割合は他の国に比べてものすごく高くて、8割、9割以上ですよね。
高崎:99.7%。従業員300人未満の組織が99.7%です。
前田:99.7%ですか。中小企業、ここから変えないと日本は変わらないんですよね。
高崎:はい。中小企業で動いてるところは、もう動いてるんです。
白河:残業をやめて労働生産性を上げ、効率的に働こうということを実践してくださっている中小企業もあります。残業しないだけではなく、有休の取得率も目標にすれば、一緒に上がっていきますよね。
前田:中小から日本を変えていくと。組織が小さい方が変えやすいかもしれませんよね。
白河:そうなんですよ。働き方改革は中小企業にこそメリットがあって、号令を社長がかければぱっと行き渡ることがあるのでね。中小企業だからといって、休みを与える余裕はないなどと、決して諦めず、逆にそれが呼び水になって優秀な新人学生が入社してくれたりとか、企業にとっても良いことがたくさんありますから、是非働き方改革と休み方改革も一緒にやって欲しいなと思いますね。
(終)