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J-STORIES ー 企業に対する社会の要請が大きく変わり、市場シェアや収益力など「強さ」だけを追い求める経営は役割を終えつつある。企業価値を高めるうえで一段と重要性を増しているは、ESG(環境、社会、カバナンス)の推進を中心とする「優しさ」への取り組みだ。
そうした変化をとらえ、日本最大級のESGのデータベースを運営するベンチャー企業、サステナブル・ラボを2019年に設立した平瀬錬司代表は、ESGデータを統合的に評価できるシステムを新しい「社会インフラ」として確立したいと話す。
「半歩先の未来に向けた(ESGの)判断インフラが必要。そうすれば、(企業の)あらゆる意思決定に優しさ、非財務、社会的あるいは環境的な要素を織り込める。そのための社会インフラを作っている」と、平瀬さんはJ-Storiesのインタビューで語った。
● 確立していない「優しさ」の基準
企業活動におけるESGの重要性が高まる一方、その評価については様々な方法が林立している。世界的な格付け機関やグリーン認証機関がそれぞれにESG評価を行っているものの、どの指標や格付けをどういう理由でどれだけ信頼すべきか、という統一した見解はまだ世界的に確立されていない、と平瀬さんは言う。
「例えば、英検2級とTOEIC800点のどっちが上なんですか、みたいな話です。あちらのお医者さんに行ったら健康と言われたが、こちらの漢方医に行ったら不健康だと言われたというような状況がある」
さらに、同じ評価システムの中でも、どの項目をどれほど重視すべきか判断は分かれる。「良い企業といっても色々な定義があります。女性に優しいのが良いというのもあれば、二酸化炭素排出削減にいち早く取り組んでいる企業が良いという定義もある」
こうした中で、サステナブル・ラボが強みとするのは、膨大なESGデータベースとそれを活用するための複数の分析モデルだ。
同社は、AI(人工知能)を活用し、企業や自治体が開示している報告書、webサイト、株式市場、官公庁統計、地理情報、メディアなどからESG領域のオープンデータを収集、大手金融機関、会計法人、コンサルティング会社など20社以上に提供している。
企業については、国内・海外の上場企業あわせて約4000社以上に渡るデータを整備(本稿掲載時点)。企業間の比較がしやすいよう、集めたデータは約500以上に及ぶ共通項目に振り分ける。
「(これらのデータベースや分析モデルによって)縦横斜めに分析を加え、すごい企業を特定できるし、それらの企業がなぜ良いのかというデータが全部わかるようになっている」と平瀬さんは話す。
例えば、男女の平等性を重く見る分析モデルもあれば、環境貢献度を重視する分析モデルもある。また、短期的な社会的インパクトではなく、100年先の社会的インパクトを見るなど様々な分析方法がある。「(顧客側は)それらを自由に選んだり、カスタマイズして(分析軸をつくることができる」という。
● 光が当たらなかった社会起業家たち
平瀬さんは、サステナブル・ラボ創業以前にも起業を経験している。宇宙飛行士になりたくて大学では物理学を勉強していたが、その道は厳しく断念。昔から発明家のトーマス・エジソンや医師の野口英世などの伝記が好きでよく読んでいたこともあり、就職するよりも世の中を変えるベンチャー企業を作りたいと思ったという。
その後、農業やソーラーシェアリング、介護福祉に関する学校経営、まちづくりに関する会社を次々と創業した。この過程で実感したのは、環境起業家、社会起業家には光が全く当たっていないということだった。
「約20年前はそういうことはNPOでやりなさいとか、環境貢献でお金を儲けちゃ駄目だとか説教される世界で、そういう世界に入っても挫折して辞める人間をいっぱい見てきた。歯を食いしばってやっていた人間はたくさんいたが、全然儲かっていないし、光も当たっていなかった」と当時を振り返る。
しかし、2015年ぐらいから、SDGs(持続可能な開発目標)やサステナビリティの分野に注目が集まり始めた。そんな時に京都大学経営管理大学院客員教授で、現在はサステナビリティ・ラボの非常勤取締役の加藤康之氏に出会い、ESGファイナンスについても知見を得たという。
「その時に自分の中で腑に落ちたんです。よい企業に光が当たれば、そこにお金だけではなくて、あらゆるものが集まってくる。そういったインフラや流れをつくることが、自分としてやりたかったことだと。それが今の事業モデルにつながっている」
そんな発想からできたESGのデータベースサービスの名前は「TERRASTβ」と「TERRAST for Enterpriseβ」。広大なデータの海から良い企業を『照らす人』という意味で名付けられたという。
● 遅れている日本のESG開示
平瀬さんは、日本企業はESGへの取り組みをデータとして見える化し、対外的にアピールすることについては、かなり遅れていると指摘する。
「お金を稼げる強さという昔ながらの企業への要請が世の中を破壊したり、人をゆがめてしまう結果につながった。これからは強く、同時に優しい会社が求められる。それなのに日本では、いわゆる優しさの部分の健康診断があまりできていない」と、平瀬さんは指摘する。
「この点は、すごく日本的な精神文化、つまり『言わなくてもわかるでしょ』という感覚が残っている。でも、データを集計し、見える化して説明しないと(対外的には)伝わらない。海外投資家のお金を日本に呼び込むのに苦労している理由はそこにもある」
記事:大門小百合 編集:北松克朗
トップ写真:Envato
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