JStories ― 世界的な食糧不足と地球温暖化への危機感が広がる中、その対策として栄養価が高く環境にも優しい食用コオロギの利用拡大が大きな課題になっている。しかし、その普及や事業化にはいまだにハードルも多い。昆虫食が一般化していない日本では、消費者の抵抗が強く、コオロギ利用の意欲的なチャレンジが実を結ばないまま、廃業や撤退を余儀なくされた事業例も少なくない。
そうした昆虫食に対する逆風が続く中、日本とカンボジアをつなぎ、食用コオロギの可能性を広げようという新しいビジネスモデルが着実に足場を固めつつある。事業を進めているのは、早稲田大学での研究成果をもとに葦苅晟矢さんらが2017年12月に創業したベンチャー企業、エコロギー(東京都新宿区)だ。

葦苅さん自身は2019年、自らカンボジアに移住し、東京との間を往復しながら陣頭指揮をとっている。同社設立には大学時代に意気投合した池田健介さんが参画し、2025年2月よりCEOを務めている。
食用コオロギは、良質のたんぱく質に加え、鉄分、亜鉛、葉酸など豊富な栄養素があり、外骨格部分にはコレステロールなどを吸着して排出する食物繊維などを多く含む。一方、その環境負荷を牛肉と比べると、コオロギ生産に必要な水は2000分の1、飼料は100分の7で済み、生産過程で発生する温室効果ガスは25分の1に抑えることができる。
「食糧危機への関心から昆虫食に注目し、大学の夏休みを利用してコオロギを実際育ててみようということになった。思いのほか簡単に、驚くほどたくさんのコオロギが生産でき、これが何かのソリューションになるかもしれないと思ったことが事業化のきっかけとなった」と、同社CEOの池田さんは振り返る。
数年前、日本国内でも栄養価の高さに注目し、食用コオロギを使ったパンや菓子の製造を手掛ける企業があった。しかし食材として昆虫を活用することに抵抗感を持つ消費者が多く、不買運動などが広がった結果、廃業や事業からの撤退が続いた。
しかし、エコロギーは日本ではなく、昆虫食文化を持つカンボジアを生産拠点にした独自のビジネスモデルを展開している。同社は当初、兵庫県の集落にある閉鎖された保育園を借りてコオロギの飼育をやってみたものの、四季のある日本では夏場と冬場の温度差が大きく、事業化できるほどの生産量が確保できないことが分かった。かといって、暖房を使って育てればエネルギーの消費量が大きくなってしまう。
環境負荷を高めることなく食用コオロギの事業を持続可能なビジネスにできないか。葦苅さんと池田さんは、コオロギ飼育に適した温暖な気候が一年中続き、事業を確立するうえで日本人も暮らしやすい場所を見つけようと東南アジアを巡った。その結果、「条件に合致したのがカンボジアだった」(池田さん)という。

カンボジアに移住した葦苅さんは、現地の国際NGOなどの協力を得て、コオロギ生産の年間収支や設備などについて農家へのヒアリングを開始。すでにコオロギが食材として定着しているカンボジアでは農家が米や野菜づくりとの副業でコオロギを飼育しており、量産体制の土台は出来上がっていた。
小規模な農家では、米や野菜の生産で得られる収入は年に2回。一方、コオロギの生産は農家の軒下で簡単に始めることができ、卵から孵化までにかかる日数は約45日。本業の農業を続けながら、年8回の副収入を手にすることができる。

しかし、当時のカンボジアでは、コオロギを育てても全てが収入になるわけではなかった。買い取り業者が確定しておらず、安定的な副収入に結びついていなかったからだ。そこで同社は、契約した農家からは生産したコオロギを全量買い取るなど、現地農家の経営を安定させ、生活水準の向上につながる対応を続けた。
池田さんは、「コロナ禍にもかかわらず全量買い取りを行い、農家からは喜びの声が寄せられている。1軒の農家との契約から始まり、今では契約農家数も60軒近くまで広がった。コロナ禍という苦しい経済状態の中で築いた信頼関係が、今の事業継続につながっている」と話す。

同社では、食用コオロギの品質を高めるため、飼育する餌にもこだわっている。カンボジアのピザレストランや現地にある亀田製菓の合弁会社から廃棄される食品を回収、栄養成分などを補強した同社独自の餌を作り、契約農家に安価で提供する。これが栄養豊富な高品質のコオロギ生産につながった。

昆虫を食べる習慣があまりない日本国内向けには現在、ペットとして飼われているハ虫類や両生類向けの練り餌である「レオバイド」の原料として食用コオロギを活用している。ペットの種類別に12種類のアイテム数があり、日本国内のペットショップやオンラインショップで販売し、売り上げを伸ばしている。「今後はハリネズミ用など、餌市場への広がりに期待している。国外では台湾でも販売を開始した。今後、中国での販売にもつなげていきたい」という。

食用コオロギの食品化について、同社はこれまで健康補助食品の開発や豆菓子、醤油や味噌の製造会社とコラボしたことがある。ただ、池田さんは「昆虫食そのものに抵抗感の強い日本の消費者に無理に食べていただくものを作ることは、今の私たちの役割ではないと考えている」と話す。コオロギの栄養化などの正しい情報を発信しながら、「この有効性を生かして製品を作りたいという要望があれば、原料として販売していく」方針だ。
「ただコオロギが元々、東南アジアでは食用として育てられてきたことを考えると、今後気候変動などで食肉や魚の生産が難しくなる地域で、風土や環境に合わせた新たなタンパク源としてコオロギへの関心が高まるとしても不思議はない。コオロギは高いポテンシャルを持っていると感じる」と池田さんはいう。
2025年からはカンボジア国内を対象にした新たな事業も動き出した。生活習慣病という概念がまだ希薄なカンボジアで、国内の企業を対象としたヘルスチェック事業を開始。生活習慣病の原因や生活習慣の見直しなど予防に関する正しい情報を伝えつつ、栄養管理のアドバイスなども行う。そこにコオロギの栄養価などの有効性も広めていく。
「元々、コオロギの食文化のある国でも、私たちがコオロギ自体の原料としての有効性を正しく伝え、デザインし直して普及させていきたい」
他企業によるカンボジアの現地視察なども増えてきている。池田さんは「今後は、コオロギの育て方や餌のレシピ、加工方法までを一つのナレッジとして他のエリアの企業に提供していくことも考えられる」とし、アフリカや南米など、赤道エリアの国々の企業やそのエリアに進出している企業とのコラボを目指したいと話している。
記事:大平誉子
編集:北松克朗
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