JStories ー熊本県の阿蘇外輪山のふもと、美しい景観で知られる阿蘇水掛の棚田をサッカーボールのような球体が転がるように動き回り、無数に生えた雑草を泥から掻き出していく。農家の大きな負担である除草作業を自動化するため、熊本県立大学や熊本高等専門学校などのコンソーシアムが今年5月に行った新型ロボットの実験風景だ。
高齢化や過疎などによる担い手不足に悩む稲作農家にとって、水田の除草作業は事業の継続を左右しかねない大きな重荷となる。 夏場の暑い中での長時間の除草作業は重労働で、やむなく米作りを断念する農家も増えている。 特に急傾斜地にあり、変形地の小水田が多い棚田は、平坦地の水田に比べ稲作の「労力は2倍、収量は半分」とも言われており、耕作放棄が深刻になっている。
水田内に生えるヒエなどの雑草は、稲の生育・収量に大きな影響を与えるが、小規模な棚田や小水田での稲作では危険が伴うため大型・中型の除草機は使用できない。人手を介さずに除草できる新型ロボットは、棚田・小水田の作業負担を減らし安全性を高めるだけでなく、持続的な稲作の実現にも貢献が期待されている。
持ち運びしやすく低コストで小さな水田にも対応
現在、水田の除草対策としては手作業、除草機のほか、水田で合鴨を飼育して雑草を食べさせる「アイガモ農法」などが普及している。最近では水田の泥をかき混ぜて水を濁らせ、雑草の光合成を遅らせる「抑草ロボット」も登場した。
これに対し、熊本で開発が進む新しい球体ロボットは、除草機能を持ち、棚田のような変形地の小水田にも導入しやすいよう軽く、安価に利用できる点が特徴だ。球体の大きさは直径26cm程度、重さは約4kgで、ロボットの価格は1台1万円台を想定している。ワイヤレス充電システムを搭載し、3時間の充電で約6時間稼働する。
ロボットは球体内で車輪が回り推進力を生む。除草の決め手となるのは、球体の表面についている丸い突起物。阿蘇のカルデラを思わせる形状で、水田の泥を攪拌し、雑草を掻きだす機能があり、雑草の種類や土壌の性質によって使い分けることができる。コンソーシアムは今年8月、この球体ロボットの外装部の構造、材料、除草方法について特許を取得した。
球体ロボットが効率よく動くには、約10センチの水深が必要。田植えの後1週間ほどしてからの使用が目安となる。水田を搔きながら転がり回ることで、稲の生育の妨げとなるヒエやコナギなどの雑草が掻かれて浮いてくる。同教授は「ロボットが走行したことで稲の生育や収量には影響がない」という。
将来は棚田の段差も自律的に移動できる機能も
この球体ロボットは自律型なので、水田に放っておけば人を配置せずとも除草作業ができる。しかも除草剤などの化学農薬を低減した有機の米作りを目指せるだけでなく、大型の機械導入と比較にならないほど安価なので経済的負担も軽減できる。
「2050年までに有機農業の面積を25%(100万ha)に拡大するという政府の目標からも、化学的方法でなく、農薬を軽減できる物理的方法での農作業が見直されている。そのためには、作物の作り手もどの時期にどのエリアに何の雑草が増えてくるのかなど、自分の水田の特徴を知る必要がある」と松添教授は語る。
「今はまだ実証実験の段階。近距離で無線通信が可能なビーコンを配置したロボット制御システムを活用することで、見えない柵の中をさらに効率よく動ける自律型ロボットの改良を進め、3~5年後の実装を目指したい。将来的には棚田の段差も水の流れに沿って自律移動できるロボットの開発を目指す」と語る。
同大のコンソーシアムはスマート農業の推進に向け、除草球体ロボットの開発と合わせて栗収穫・運搬ロボットの開発にも着手しており、このロボットの導入により栗の収穫時の労働力を65%削減したという。今年8月の試験販売を経てさらに改良を重ね、2026年8月には電動アシスト付きの手動の栗収穫・運搬ロボットの販売を予定している。
関西万博でも高い関心、東南アジアなどに市場も
2025年6月、大阪・関西万博で水田で使用する球体除草ロボットの展示を行ったところ、多くの来場者の注目を集めていたという。松添教授は「棚田の保全が難しくなっているのは日本に限ったことではない。特に東南アジアには同じような地形の田で米作りを行っている国も多く、手つかずの状態のところもある。日本の高い農業技術を隣国に展開していけたら」と話す。
「中山間地域の農業(水田)を守ることは、米を育てるだけでなく、地下水の保全、多様な水源の生き物を育むことにもつながる。気候変動などが続き、大雨、水害などの発生頻度を考えると、今後は平場の農地だけでは食糧需給を賄えない。将来的な食糧需給を見据え、中山間地域の棚田の保全などにも目を向けた、持続可能な農業の整備が急がれる」
記事:大平誉子 | JStories
編集:北松克朗 | JStories
トップページ写真:熊本県立大学 提供
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