ヴァイキングの男性社会を打ち壊した「女性の休日」から50年 

ジェンダーギャップ指数16年連続1位のアイスランドが世界で最も男女平等な国に生まれ変わった理由

1時間前
by Sayuri Daimon
ヴァイキングの男性社会を打ち壊した「女性の休日」から50年 
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JStories ー ジェンダーギャップ指数16年連続1位を獲得するなど「ジェンダー平等の国」として世界の注目を浴びる北欧の国、アイスランド。しかし、そうなるまでには、長年にわたる意識の転換と社会の努力があった。変化のきっかけとなったのが、ちょうど50年前の1975年10月24日に行われた「女性の休日」だ。
これは、アイスランド女性の90パーセントが参加したといわれる全国的なストライキで、女性たちが賃金と社会的地位の向上を求めて、家事も育児も仕事も放棄したことで、工場も銀行も、学校も保育園も閉鎖される事態となった。男性たちは家で子どもの世話に追われ、初めて女性が社会を支える柱であることを実感したという。
 今年10月、アイスランドの「女性の休日」から50年を記念して、アイスランド大使館主催のイベントのために来日したアイスランドの改革党の国会議員で、首都レイキャビクの元市長、ヨン・グナール(Jón Gnarr)氏をインタビューした。
10月24日、東京・大手町で行われたアイスランド大使館主催のイベント(Nikkei Woman Project 協力)に登壇したアイスランド改革党国会議員のヨン・グナール氏(前レイキャビク市長、右)。左は筆者。      写真撮影:Keiko Yamamoto 
10月24日、東京・大手町で行われたアイスランド大使館主催のイベント(Nikkei Woman Project 協力)に登壇したアイスランド改革党国会議員のヨン・グナール氏(前レイキャビク市長、右)。左は筆者。      写真撮影:Keiko Yamamoto 
ちょうど同時期にこの50年前のストを描いたドキュメンタリー映画『女性の休日(The Day Iceland stood still)』が日本で公開され、上映に合わせてトークイベントや映画を見た女性たちが社会の中で感じる不利益や心のモヤモヤを「話す会」が全国各地で企画されている。日本でもアイスランドの「女性の休日」に学びたいという機運が高まりつつある。 

アイスランド市民史の中の転換点

俳優、コメディアン、作家としても活躍するグナール氏は、この歴史的な出来事を「アイスランド市民史の中での転換点」だったと振り返る。彼は当時まだ8歳で、ストのことはあまり覚えていないというが、「あの日以降、社会の空気が変わった」と語る。「男たちは初めて気づいたんです。家の中でどれだけ女性が働いていたか、どれほど社会が彼女たちに依存していたかを」
アイスランドでは、その時以来、法整備や意識改革が進み、世界経済フォーラムが毎年発表する「ジェンダーギャップ指数」では男女の格差がもっとも少ない国として、16年連続1位を獲得してきた。
「女性の休日」の5年後の1980年、世界で初めて民主的選挙で選ばれた女性大統領、ヴィグディス・フィンボガドッティルが誕生する。
「テレビでヴィグディス・フィンボガドッティル(世界初の民主的に選ばれた女性大統領)を初めて見たとき、子どもながらに『なんと美しく洗練された女性なんだ』と思いました。その後、彼女が大統領に選ばれたとき、私は13歳ぐらいだったと思いますが、とても大きな衝撃を受けました」
ソルボンヌ大学でフランス文学を学び、シングルマザーとして娘を育てながら大統領に就任した。当時は記者たちから「なぜ結婚していないのか」と失礼な質問を受けたり、性差別的な空気が色濃く残っていたとグナール氏は言う。しかし、彼女の登場がアイスランド社会に「女性も国をリードできる」という新しい価値観をもたらしたという。
アイスランドで全国的な広がりを見せた1975年10月24日の「女性の休日」のストライキに参加する女性たち  写真提供:アイスランド大使館
アイスランドで全国的な広がりを見せた1975年10月24日の「女性の休日」のストライキに参加する女性たち  写真提供:アイスランド大使館

男尊女卑の文化が色濃い国だったアイスランド

今でこそ、世界一男女平等が進んでいる国と言われるアイスランドだが、50年前は、男尊女卑が色濃く残る国だったそうだ。グナール氏によると、アイスランドはヴァイキングが移り住んだ国で、彼が子どもの頃は、男性は強くマッチョであるべきという思想が強かったという。
「それまでのアイスランドは『男の国』でした。男は強く、勤勉で、寡黙であるべきだと教えられていました。私はその文化に息苦しさを感じていました」
彼の父親も典型的な「マッチョな男性」だったという。警察官で身体を鍛え、家では母親に対しても支配的だった。「母は自由で知的な人でしたが、いつも父の言うことを聞き、家の中では、父が『法律』でした」
グナール氏は幼いころから「父のようにはなりたくない」と強く思っていたと明かす。
「当時、女性たちが不快に思うかもしれないと少し心配でした。でも実際に怒ったのは男性たちのほうでした」と言い、自らを「パトリアーキー(男性支配社会)への内部テロリスト」と呼んだ。
父親が反面教師になった少年は俳優を志す。演劇学校で学び、舞台で女性の役を演じた経験もある。2010年にレイキャヴィク市長となったとき、彼はドラグ姿(女装)でプライド・パレードに登場したり、女性の民族衣装を身にまとって行進したりした。
「私は男性社会の中にいて、それを壊すために行動してきました。多くの男性が『女性的であること』を恐れるのは、自分のmasculinity(男らしさ)が脅かされるからでしょう。でもそれは幻想です。人間の中には女性性も男性性もある。それを認めることこそ、本当の強さです」

ジェンダー平等で男性も得をする

ジェンダー平等の社会を実現させるために男性は何ができるかとの質問に、グナール氏は全ての男性がジェンダー平等を支持すべきだと答えた。
「なぜなら、それは『ウィンウィン』だからです。男性は失うものもなく、むしろ得をすることになる。 もし、私たちが周りにいる女性たちを勇気づけ、彼女たちが最高の自分でいられるようサポートするのなら、みんながその恩恵を受けられるのです」
写真提供:Envato
写真提供:Envato
5人の子を持つ父親として、彼は家庭でもその姿勢を貫いている。「娘たちが『女性だから」という理由で差別されることを絶対に許したくありません。それは人種差別と同じです。恐れと無知から生まれる不公正です」
そして、社会の意識を変えるには、日常の中での小さな問い直しが大切だという。例えば、仕事で幹部候補が男性ばかりなら『女性はいないの?』と聞くべきで、それだけでも変化が始まると言う。
1980年代、アイスランドには女性党が誕生し、国会にも議席を得た。彼女たちは育児休暇制度、同一賃金法、中絶の権利といった政策を次々と実現させていく。そして文化的にも女性の活躍が当たり前になっていった。
今では、連立政権の3党すべての党首が女性で首相も女性、閣僚11名中6名が女性だ。現在のレイキャビク市長も女性、アイスランド議会の議員の46%は女性だ。現在のハトラ・トーマスドッティル大統領もアイスランド史上2番目の女性元首で、彼女は今年5月に来日し、大阪・関西万博を訪れたほか、天皇陛下や石破茂首相(当時)とも会談した。
アイスランドの沿岸都市レイキャビクを見渡すパノラマビュー        写真提供:Envato
アイスランドの沿岸都市レイキャビクを見渡すパノラマビュー        写真提供:Envato
「誰もそれを特別なこととして話題にしなくなった。それが本当の意味での平等です」とグナール氏は語る。

日本への提言:「若く教育ある女性たちの政治参加拡大を」

世界のジェンダーギャップ指数でアイルランドがトップにあるのに対し、日本は直近でも118位にとどまっている。そんな日本について、グナール氏はこう語る。
「日本にも変化の兆しがあります。女性首相の誕生は大きな一歩。ただ、政治と社会において最も必要なのは、民主主義をより良くすること。つまり、より多くの若い教育を受けた女性を政治に参加させることです」
 さらに、社会で女性が働ける環境を作るには、制度を整える必要があると強調し、長期の育児休暇と、職場復帰の保証、安心して子育てと仕事を両立できる仕組みがなければ、女性の才能が社会で生かされないと語る。
「教育を受け、知性を持つ素晴らしい人々が社会に参加できないのは、まさに資源の無駄遣いです。私は、日本もきっと変わろうとすると思います。さもなければ、日本は『高齢の男たちの国』になってしまうでしょうから」
アイスランド大使館でのインタビューで「女性を抑え込む社会は、いずれ衰退する」などと語ったヨン・グナール氏     写真撮影:Moritz Brinkhoff | JStories (以下同様)
アイスランド大使館でのインタビューで「女性を抑え込む社会は、いずれ衰退する」などと語ったヨン・グナール氏     写真撮影:Moritz Brinkhoff | JStories (以下同様)
そして、デンマークの離島であるフェロー諸島を例に挙げ、「女性を抑え込む社会は、いずれ衰退する」と警告する。
「今、多くの女性たちが島を離れ、デンマーク本土で教育を受けると島には戻りません。自分を尊重してくれる社会を求めて若い女性たちが、閉鎖的な文化から逃れて都市へ出ていく。日本の地方でも同じ現象があると聞きました。そうしたコミュニティでは、父親の権限が強く、女性たちは家庭に入ることを期待されるからです」
筆者のインタビューに答えるヨン・グナール氏         
筆者のインタビューに答えるヨン・グナール氏         
これは日本で、地方を離れる女性たちにも共通することではないだろうか。
ただ、アイスランドもまだ道半ばだという。例えば、定年退職した夫のために料理を作り、コーヒーを淹れるのは、女性たち。家での仕事の大半は、まだ女性たちがこなしているとグナール氏は言う。
「だから、まだ我々も道半ばです。でも、大事なことは、対話をすることです。男性も女性もお互いに話をすることで理解し合えるのです」

著者について

大門早百合(だいもんさゆり):ジャーナリスト。JStories編集顧問を務め、ジャパンタイムズで論説主幹、編集局長、執行役員などを歴任。
記事:大門小百合 | JStories
編集:北松克朗 | JStories
トップ写真:アイスランド大使館 提供
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