世界のフードテックが苦戦する中、日本が例外的に成長している理由

日本の伝統、革新、そして企業や行政の連携が、持続可能な食の未来に希望をもたらしている。

6時間前
by Nithin Coca
世界のフードテックが苦戦する中、日本が例外的に成長している理由
この記事をシェアする
JStories ー 数年前まで、フードテックはテクノロジー業界の中で最も注目される分野のひとつだった。米国のBeyond Meat、英国のTHIS、シンガポールのMottainai Food Techといった植物由来の代替肉スタートアップが、次々と多額の資金を集めて革新的な製品を世に送り出していた。その流れの中で、発酵技術やたんぱく質の新しい生産方法、食品ロスの削減、さらには人工的に作られた肉・コーヒー・パーム油の代替品など、さまざまな分野で新たな取り組みが進んでいた。
しかし近年、その勢いは次第に失われつつある。多くのイノベーションが、事業拡大に伴う高いコストに直面し、消費者の味覚を満足させられず、さらに規制の壁にも阻まれている。かつて安全性と成長性の両面でフードテックの象徴とされた植物由来肉でさえ、国際的な非営利シンクタンク、グッド・フード・インスティテュート(GFI)によれば、成長が停滞しているという。その結果、世界的にフードテック分野への投資は大きく減少している。
グローバルベンチャーキャピタルのAgFunderの報告では、フードテック分野のスタートアップへの資金調達額が2023年に前年比でほぼ半減したという。一方で、同社が指摘するように、2024年にフードテック分野で資金調達が増加した国は世界でわずか5カ国しかなく、その中に日本が含まれている。大阪・関西万博にあわせて開催された「Global Startup EXPO 2025」では、日本の強みとして大手ブランドとの協業や政府による積極的な支援を挙げる声が多く聞かれた。
大阪・関西万博にあわせて開催された「Global Startup EXPO 2025」では、EF Polymer(沖縄県恩納村)、ファーメンステーション(千葉県船橋市)、TOWING(名古屋市)、サグリ(兵庫県丹波市)といった日本のフードテックやアグリテック(先端技術を活用した新しい農業、いわゆるスマート農業)のスタートアップが、独自の発想と慎重な戦略で着実に海外展開を進めている。こうした取り組みは、世界のフードテックやアグリテック業界が再び成長を取り戻すための、新たなモデルとなる可能性がある。
2025年9月、「Global Startup EXPO 2025」のパネルディスカッションに登壇した(左から)NEC Xの森田信之さん、SVG Ventures | THRIVEのジョン・ハートネットさん、カゴメの上田宏幸さん、EF Polymerのナラヤン・ラル・ガルジャールさん   写真撮影:Moritz Brinkhoff | JStories (以下同様)
2025年9月、「Global Startup EXPO 2025」のパネルディスカッションに登壇した(左から)NEC Xの森田信之さん、SVG Ventures | THRIVEのジョン・ハートネットさん、カゴメの上田宏幸さん、EF Polymerのナラヤン・ラル・ガルジャールさん   写真撮影:Moritz Brinkhoff | JStories (以下同様)
「日本には、食品や飲料の分野で世界的に活躍する企業が数多く存在するという強みがある」と、シリコンバレーに拠点を置く投資会社 SVG Ventures|THRIVE のCEO(最高経営責任者)ジョン・ハートネットさんは、Global Startup EXPO 2025 で語った。「そうした企業の存在が、日本のスタートアップがグローバル市場へ進出するうえで大きな後押しとなる」。

なぜ日本が際立っているのか

歴史的に食料不足の課題を抱えてきた日本では、安全性・健康・輸入に関して厳格な基準が設けられており、独自の食のシステムが築かれている。カゴメ、明治、江崎グリコといった食品・飲料大手は、消費者だけでなく生産者からも高い信頼を得ている。
米国のImpact Foods社による「Global Startup EXPO 2025」での展示。同社は、植物由来のシーフード代替品の展開先として、日本を初の海外市場に選んでいる
米国のImpact Foods社による「Global Startup EXPO 2025」での展示。同社は、植物由来のシーフード代替品の展開先として、日本を初の海外市場に選んでいる
実際のところ、日本のスタートアップが受けている資金の多くは、金融機関やベンチャーキャピタルといった従来型の投資家ではなく、食品・農業分野などの既存事業を持つ企業からの出資によるものだ。そのなかでも、この分野をリードしている企業の一つがカゴメである。同社は2024年に「SVG Ventures Sunrise Agri Fund」を立ち上げ、これまでに培ったグローバルな知見とネットワークを活かして、農業分野のスタートアップを支援している。
カゴメの上田宏幸執行役員は、農業には地域ごとの特性があり、農家が使う技術も大きく異なると説明したうえで、新しい技術を農家に広めていくには、企業と生産者が協力して取り組む「共創」の姿勢が欠かせないと述べた。
カゴメの上田宏幸さんは同社が海外のスタートアップへの投資に力を入れている理由について語った
カゴメの上田宏幸さんは同社が海外のスタートアップへの投資に力を入れている理由について語った
わずか1年あまりの間に、SVG Ventures Sunrise Agri Fundは、SVG Ventures|THRIVEなどの企業と連携し、ヨルダン、トルコ、イタリア、日本、米国など国内外のスタートアップに投資してきた。その代表的な例がEF Polymerである。
インド出身の起業家が沖縄で設立した同社は、日本やインドをはじめ、世界各地に共通する課題であり、気候変動の影響により今後さらに深刻化するとされる「水不足」の解決に挑んでいる。EF Polymerは、ミカンやバナナの皮といった農業廃棄物から、自然に分解される(生分解性の)高吸水性ポリマーを生み出し、農家が水分や栄養を効率よく保持できるようにする技術を開発している。
同社はこの高吸水性ポリマーをインドと日本の農家とともに開発・商業化したのち、乾燥地域が多く水問題の深刻な米国市場への展開に可能性を見出した。カゴメは日本貿易振興機構(ジェトロ)と連携し、SVG Ventures Sunrise Agri Fundを通じて投資を行うとともに、現地でのネットワーク構築を支援している。
「投資家や企業、スタートアップ、そして政府系機関であるジェトロが力を合わせれば、より大きな課題を解決できる」と、EF Polymerの創業者兼CEOのナラヤン・ラル・ガルジャールさんは語った。「現在はおよそ4万人の農家と協働しているが、この投資によって、今後数年のうちにその数を100万人まで広げられると考えている」。
沖縄に拠点を置くスタートアップ、EF Polymerの創業者兼CEO ナラヤン・ラル・ガルジャールさん
沖縄に拠点を置くスタートアップ、EF Polymerの創業者兼CEO ナラヤン・ラル・ガルジャールさん

農業・食品廃棄削減への内発的な意欲

日本は国内で必要とする食料のうち、およそ4分の1しか自給できず、残りは輸入に頼っている。このような食料供給の不安定さが、農業分野での革新や食品ロス削減への意識を高める要因となっており、そうした取り組みは日本にとって大きなプラスとなっている。
例えば、千葉県に拠点を置くスタートアップのファーメンステーションは、発酵とバイオテクノロジーを組み合わせ、使われていない資源を独自の発酵技術によって高付加価値の原料へと生まれ変わらせている。こうして生まれた原料は、食品や飲料、化粧品など幅広い分野で活用されており、同社はこれらの産業で迅速に顧客を獲得している。
ファーメンステーションの創業者で代表取締役の酒井里奈さんによると、同社はまだ大規模な資金調達には至っていないものの、企業顧客からの収益によって着実に事業を成長させているという。
ファーメンステーションの酒井里奈さん(左)と、バスク・カリナリー・センターのアシアー・アレアさん(右)。「Global Startup EXPO 2025」のパネルディスカッションにて
ファーメンステーションの酒井里奈さん(左)と、バスク・カリナリー・センターのアシアー・アレアさん(右)。「Global Startup EXPO 2025」のパネルディスカッションにて
発酵技術は、いまや世界的にも注目を集めつつある。ファーメンステーションは今年初め、ファッションやラグジュアリー分野で知られる仏ケリング社が設けた、サステナビリティやイノベーションを推進する若手企業を支援する「ケリング・ジェネレーション・アワード・ジャパン」でグランプリを受賞し、賞金1,000万円とフランスにあるケリング社本社への招待を得た。

グローバルからの注目

SVG Ventures|THRIVE、AgFunderなど、世界のフードテック・アグリテック分野のベンチャーキャピタルに加え、ケリングのようなグローバル企業も、日本の新興スタートアップに注目し始めている。
​​2024年11月、スペインの食の分野に特化した大学、バスク・カリナリー・センターが、ガストロノミー(美食学)をテーマとする初の国際拠点「ガストロノミー・イノベーション・キャンパス東京」を開設した。この拠点では、食の人材育成や地域文化の発信、日本の食文化の海外展開に取り組むとともに、食とガストロノミー分野におけるイノベーションや先駆的な取り組みを推進していくことを目指している。
「私たちは、“未来の食”が生まれる場所では、現地のパートナーとともに世界的な共創を進めたいと考えている。そして、日本はまさにそのような場所の一つだと確信している」と、バスク・カリナリー・センターのグローバル開発ディレクター、アシアー・アレアさんは語った。
翻訳:藤川華子 | JStories
編集:北松克朗 | JStories
トップ写真:Moritz Brinkhoff | JStories (Collage by JStories)
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

***

本記事の英語版は、こちらからご覧になれます。
コメント
この記事にコメントはありません。
投稿する

この記事をシェアする
人気記事