JStoriesでは、革新的な取り組みを行う日本のスタートアップを海外に紹介している人気ポッドキャスト番組 Disrupting JAPANと提携し、同番組が配信している興味深いエピソードを日本語で紹介しています。以下にご紹介するのは、Antler Japanのパートナーであり、スタートアップエコシステムの発展に尽力しているサンディープ・カシさんとのインタビューで、複数回に分けて記事をお送りします。
*オリジナルの英語版ポッドキャストは、こちらで聴取可能です。
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今回は、起業家であり、世界的なベンチャーキャピタルAntler(本社:シンガポール)の日本法人であるAntler Japanでパートナーを務めるサンディープ・カシさんにお話を伺います。
ベンチャーキャピタルには「アイデアには誰も投資しない」という格言があります。これは、アイデアは簡単に思いつくもので、それだけではほとんど価値がないということを意味しています。
この格言はある面ではまだ真実と言えますが、完全に正しいわけではないようです。
カシさんにはインタビューの中で、Antlerがどのようにアイデアに投資しているのかを説明してもらいました。Antlerは基本的には企業に投資しますが、もしアイデアを持って彼らのもとに行けば、そのアイデアをスタートアップに進化させるために多くのリソースを提供してくれるのです。
また、外国人起業家が日本で直面している課題や、日本の創業者は英語が話せないという偏見についても話しました。そして、外国人起業家たちがどのように日本の創業者のスタートアップの立ち上げ方を変えているのかについても深く掘り下げてあります。とても興味深い内容ですので、ぜひお楽しみください。
(全7回シリーズの7回目。第6回目の配信・Part6はこちらでご覧になれます。)
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オンラインバンクにも残る障壁
(前回の続き)
ティム・ロメロ(インタビューアー、以下ロメロ):前回(第6回)、スタートアップ創業者が銀行口座を開設するのがいかに大変かというお話がありました。こうした実務的な課題は、非常に現実的で興味深いテーマです。特にメガバンクのような伝統的な銀行では、最初の口座を開くことが難しいとのことでしたが、新しい形の銀行、いわゆるオンラインバンクではどのように対応されているのでしょうか。
サンディープ・カシ(以下、カシ): 対応策ですか? オンラインバンクが外国送金を直接受け付けていれば利用できますが、GMOあおぞらネット銀行は対応していません。そのため、私たちは代替手段として国際送金サービスであるWiseを活用しています。
ロメロ:なるほど、そうですか。ただ、それだと送金額はかなり小さいですよね。
カシ:私たちは、起業したばかりの企業に小規模な資金を提供するシード投資家です。ですから、Wiseをそのまま活用できます。ただ、例えば1,000万ドル規模のシリーズA投資(事業拡大のための資金調達)となると、問題が出てきます。
だから、もし魔法の杖があったら、スタートアップにとって摩擦となっているような問題をいくつも解決したいと思います。そうした障害を取り除くことができれば、どれだけ多くのスタートアップが新たに生まれるか、きっと驚くことでしょう。
行政支援に見える「改善」と「制約」
ロメロ:では、渋谷区のスタートアップ支援プログラム(Shibuya Startup Support)や、東京都と国が共同で設立したワンストップの法人設立支援制度(東京開業ワンストップセンター:TOSBEC)についてはどうお考えですか? こうした仕組みは、手続きの効率化という点でうまく機能しているのでしょうか。一部では確かに簡素化が進んでいるようですが、まだ解決すべき課題も残っているようです。
カシ:渋谷区のプログラムについては、一つの課題、つまり住居の問題は解決できています。ただし、規模の面ではまだ十分とは言えないと思います。もう一つの課題は「縄張り意識」のようなものです。例えば、渋谷のスタートアップ支援を受ける場合、会社を渋谷区で登記しなければいけません。
ロメロ:それはむしろ良いことではないでしょうか。会社はどこかで登記しなければならないわけですから、渋谷も他の場所と同じくらい悪くない選択だと思います。
カシ:でも、もし売り込みたい相手が、パナソニックのように渋谷に拠点のない企業だったらどうでしょうか?
ロメロ:そうですね……。
カシ:でも確かに、少なくとも私たちが株式の登記を試みた頃に比べれば、状況はずいぶん改善していると思います。
ロメロ:本当に、そうですね。それでも、これまで挙げてきたような実務的な課題は依然としてありますし、それらはきちんと解決すべき問題だと思います。
改善は続けていかなければならない
ロメロ:ただ、スタートアップを立ち上げて成長させていく全体の流れで見れば、正直、そうした問題はそれほど大きなことではないとも感じます。起業すれば、もっと大変なことが山ほどありますからね。
カシ:私も同感です。ですが、問題なのは彼らが努力して乗り越えるべき課題そのものではなく、そもそも存在するはずのない、無駄な障害があるということです。
ロメロ:そうですね。余計な手続きや摩擦が増えるたびに、少しずつハードルが高くなっていきますよね。
カシ:例えば、銀行口座を開設するには判子が必要で、その判子を作るには会社を登記しなければならないのです。
ロメロ:まさに、鶏が先か卵が先かという感じですね。日本の官僚的な仕組みやルールは、時に本当に煩わしいですが、以前に私たちが会社を立ち上げた頃と比べれば、ずいぶん良くなっています。
カシ:かなり良くなったのは確かです。ただ、それで満足してしまってはいけません。これからも常に改善を続けていく必要があります。
ロメロ:本当にその通りです。改善は続けていかなければなりませんね。
カシ:私やあなたが会社を立ち上げた頃と比べて、状況が改善しているのは確実で、おそらく1000倍は良くなっているでしょう。それでも、スタートアップにはまだいくつかの摩擦が残っており、経営や会計、事務処理などに多くの時間を取られてしまうのが現状です。本来なら、その時間をもっとMVP(必要最小限の機能を備えた製品やサービス)やプロダクトの開発に充てるべきなのです。ロメロ:その通りです。こうした摩擦を一つでも減らしていければ、スタートアップが大きく成長して成功する可能性は、確実に高まります。さて、今日は本当にありがとうございました。
カシ: ええ、こちらこそありがとうございました。お話しできて本当に楽しかったです。次は、また近いうちにお会いしましょう。
(インタビューを終えて)
今回の対談を通じて、「日本でスタートアップの数を増やすには何を変えるべきか」、その点についての自分の考えが、時に矛盾していたり、一貫性がないように聞こえるかもしれないと改めて感じました。
私が公の場で話すのを聞いたことがある人なら、政策担当者に話すときと、起業家に話すときとで、私の意見がまるで違って聞こえることに気づいたかもしれません。
政策担当者と話すとき、私は主に「摩擦を減らし、手続きを簡素化し、物事をもっと進めやすくすること」の重要性について話すことが多いです。一つひとつの手続き自体は、それほど理不尽でも負担が大きいわけでもないかもしれません。しかし、それらがいくつも重なると、確かに経済の足を引っ張る要因になってしまいます。だからこそ、そうした無駄な負担は取り除くべきです。たとえ小さな改善でも積み重なれば大きな効果を生みます。
しかし、起業家たちと話すときは少し違います。彼らが「日本でスタートアップを立ち上げるには、官僚的な手続きがあまりにも複雑すぎる」といった意見を口にし、それを理由に「思うように事業が成長していない」と説明する場合、私はむしろ反対の立場を取ることが多いのです。
私は、ついこんなふうに言ってしまいます。「そこは踏ん張りどころですよ。あなたはもう起業家なのですから、どうやってこの状況を打開するかを考えるのが仕事です」。まだ最初のステップにすぎません。この先には、もっと大きな挑戦が待っています。
これは矛盾しているわけではありません。ただ、それぞれの立場に応じて、ふさわしいアドバイスをしているだけです。
政策担当者は、社会の変革を推進できる立場にあります。しかし、その多くは自ら会社を立ち上げた経験がなく、実際にそうした手続きを踏んだこともありません。だからこそ、書類上では些細に見えることが、起業家にとってはどれほど大きな負担や障壁になるのか、その実感をつかむために支援が必要な場合もあります。
一方で、私は「成果を出した者だけがコーヒーを飲む資格がある」といった極端な考えを持っているわけではありません。ただ、起業家としては、官僚的な手続きの煩雑さを嘆いても、それを変える力のない相手に訴えるのは意味がありません。どれだけ時間とエネルギーを使っても、銀行口座が開けるわけでも、次の契約が取れるわけでもないのです。
もちろん、自分の経験や直面した課題を政策担当者に伝える機会があるなら、ぜひそうしてください。そうした声が、少しずつ仕組みを変えていくきっかけになります。特に、自分自身がそのプロセスを実際に乗り越え、成果を上げたうえで語ることができれば、説得力はさらに増すでしょう。
とはいえ、ほとんどの場面では、特にまだ官僚的な手続きの壁に取り組んでいる最中であれば、解決策を見いだすことに意識を向けることが大切です。まずは、自分自身と自分のスタートアップのために、その問題を解決することに集中しましょう。そのうえで、同じような課題に直面する他の人たちの力になっていけばいいのです。
[このコンテンツは、東京を拠点とするスタートアップポッドキャストDisrupting Japanとのパートナーシップにより提供されています。 ポッドキャストはDisrupting Japanのウェブサイトをご覧ください]
翻訳:藤川華子 | JStories
編集:北松克朗 | JStories
トップ写真:Envato 提供
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本記事の英語版は、こちらからご覧になれます
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