【インタビュー・後編】11万人の子供たちの貧困を癒す「デジタル食事券」

大手チェーンも参画、思いやりのネットワークを次世代につなぐ

3時間前
by Toshi Maeda
【インタビュー・後編】11万人の子供たちの貧困を癒す「デジタル食事券」
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JStories ー 著名な音楽プロデューサーから起業家に転身し、レストランなどでの食事をデジタル食事券としてプレゼントできる「ごちめし」サービスを広く展開している今井了介氏が、いま最も注力しているのは、日本における子供の貧困問題への対応だ。
今井氏は独自のデジタルプラットフォームを通じて11万人にのぼる子供たち に食事を提供している。そのサービスは、すでに大手外食チェーンの吉野家などをパートナーとして惹きつけ、デジタルテクノロジーによる寄付や慈善活動の新たな可能性を広げつつある。
(こちらは対談の後半となります。前半はこちらをご覧ください)

「9人に1人が貧困」という日本の子供たちの現実

OECDの相対的貧困基準によると、日本の子供たちの9人に1人は「貧困」の状態にある。ひとり親世帯だけを見ると、その貧困率は45%に達する。これらの家庭は、「本当に子どもにきちんとご飯を食べさせるのに苦労している」と今井氏は語る。
とりわけ、子供たちにとって楽しいはずの夏休みが、多くの貧困家庭にとっては辛い時期になる。栄養バランスがとれたきちんとした食事は、1日のうちで学校の給食だけという子供たちも少なくない。しかし、夏休みの間、子供たちはそうした給食を楽しむことができず、休みが明けると体重が減って栄養不足の状態になった子供たちが登校してくると今井氏は言う。
今の日本は食の貧困に苦しむ人たちがいる一方、食事や食材を無駄に捨ててしまうフードロスも深刻になっている。こうした社会の歪みを少しでも和らげて、子供たちが常に栄養価の高い食事を享受できるようにできないものか。「そういったものをデジタルの力で少しでも解決していきたい」というのが今井氏の思いだ。

なぜ従来の「こども食堂」には限界があるのか 

いま日本では、ボランティア運営のコミュニティ食事サービスである「こども食堂」が増加している。寺院プログラム、レストラン主催の食事会、あるいは地域の親たちが公民館や自宅で月例の集まりなどの形で、貧困家庭やひとり親所帯への「食」の支援が広がっている。 
今井氏はこうした取り組みについて、その意義を「素晴らしいこと」と高く評価する一方、いくつかの懸念も指摘する。
例えば、安全性や頻度についての不安だ。調理師免許を持った人たちが食事を作っているのか、火の元や衛生面の管理は十分なのか。さらに、毎月1回のこども食堂が、おなかをすかした子供たちの食欲を満たすことができるのだろうか、と今井氏は言う。
一般的にこども食堂はメニューが制限され、好きなものを選べるわけではない。「お母さんの仕事が忙しい時に、こども食堂が開催されているとは限らない」という問題もある。
東京都内のJStoriesのオフィスでインタビューに応じる今井了介氏  写真撮影: Desiderio Luna | JStories
東京都内のJStoriesのオフィスでインタビューに応じる今井了介氏  写真撮影: Desiderio Luna | JStories
最大の懸念は、そうした子供たちに対する社会の視線だ。こども食堂を利用すれば貧困家庭などであることが分かってしまう。そして、子供たちの足が遠のいてしまえば、本当に必要としている人たちに支援が届かない状況になる。
「こども食堂に行っている子供は、学校で『お前、こども食堂に行ってたんだろう』、『お前の家、貧乏なんだな』というような心無い言葉を受けることがある。そう言われた子供はいじめられた気持ちになって、こども食堂に行かなくなる。本当に手を差し伸べたいと思う対象の方ほど、こども食堂に来てくれなくなってしまう」と今井氏は指摘する。

「こどもごちめし」が守る利用者の尊厳

その解決策として、今井氏は「こどもごちめし」(子ども向けのごちめしサービス)を手掛け、それに賛同する飲食店が増えている。子供たちは「デジタル食事券」をスマホで受け取って家族などとそうした飲食店で食事をする。
「50センチぐらい離れたところから見てれば、ただ単に外食で食べに来てキャッシュレス決済をして帰っていった親子にしか見えない。ユーザーの尊厳を守るという配慮ができるんです」と今井氏は説明する。
利点はそれだけではない。子どもたちは月に1回ではなく、毎日食べることができ、メニューが豊富なので、何をいつ食べるかを選択できる。「子供には野菜を食べさせたいなどというリクエストにもこたえられるし、お母さんの仕事が忙しい曜日に外食するという使い方も可能なんです」
一部の自治体は、ごちめしを通じてレストランベースの子ども食事支援に資金を提供するために「ふるさと納税」(故郷税寄付)を使用している。「自治体の方なんかもぜひちょっと興味を持っていただけたら、もう前例もありますのでね、いろいろなご提案できるのかなと思っています」

すべての当事者が利益を得られるシステムをめざす 

こどもごちめしは現在、11万人の登録児童をサポートしているが、その原資となるのは様々な寄付や参加レストランからの協力だ。例えば、大手牛丼チェーンの吉野家は昨年1万食を提供し、ブランド認知度や社会貢献活動としてイメージが非常に良好だったため、今年は10万食に増加した。大手コンビニチェーン、うどんチェーン、ファーストフードレストランも現在参加している。
昨年5月5日のこどもの日に、こどもごちめしを利用する子供たちを東京都内の音楽スタジオに招き、レコーディング体験のイベントを楽しむ今井氏     写真提供:Gigi(以下同様)
昨年5月5日のこどもの日に、こどもごちめしを利用する子供たちを東京都内の音楽スタジオに招き、レコーディング体験のイベントを楽しむ今井氏     写真提供:Gigi(以下同様)
「飲食店側にとって、もちろん社会貢献でもあると同時に、やはりマーケティングなんですね。自分たちが応援しているというメッセージをダイレクトに子どもたちに届け、その子たちが大きくなった時に自分たちの企業をさらに応援してくれるかもしれない。次の時代を担う子たちに企業の姿勢や行動をダイレクトに伝えることができるというのは、非常に効果的なマーケティングになるのではないでしょうか」
昔から日本には商売繁盛の教えとして「3方良し」(「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」)という言葉がある。「新しいビジネスを設計する場合、すべての当事者が利益を得られるような『3方良し』の仕組みがないと先に進んでいかないことがあります。システム設計はすべての当事者に利益をもたらさなければならないんです」 
「ごちめし」について言えば、企業スポンサーは寄付のコストを広告費として扱い、デジタルチケットにロゴを表示する。大規模なレストランチェーンは、食事を提供するだけでなく、寄付などの貢献をすることもある。
 「参加企業の中には人の寄付金で利益を出しているのはさすがに肩身が狭いという意識もあって、自分たちのコストで食事を何千、何万食出しますというふうに提供してくださっているところもある。飲食店であると同時に、寄付をする支援者でもあるという形の支援が今広がっている」

社員食堂への不満を改善する「社食ごちめし」の効果

今井氏はコロナ後にリモートワークが一般的になる中、ごちめしのビジネス版として、職場の福利厚生の新しい形である「社食ごちめし」を開発した。 
社員食堂があっても、外回りが多い営業関係の人たちなどはいつも社食を利用できるわけではない。また、東京の本社には社食があるが、大阪や名古屋、福岡などの支社には社食がない企業も少なくない。東京本社だけが優遇されているという不満や福利厚生の不平等感をなくす必要性は今まで以上に高まっている。 
社食ごちめしは、企業の従業員が福利厚生の一環としてサービスに参加しているレストランを利用できる仕組みで、働く場所や業務の内容に関わりなく、食事についての公平性を確保できる。 
社員食堂の維持や運営には場所や設備の確保、業者への支払い、衛生管理や火元の責任者の配置など、いろいろなコストがかかるので、むしろ、自前の社食ではなく、近隣の飲食店を活用するほうが効率的ではないかと今井氏は指摘する。さらに、近隣のレストランを使用することで、福利厚生を柔軟にできると同時に、地域経済を活性化し、企業とコミュニティのつながりにも貢献できるという。

日本の未来のための「ペイフォワード・エコノミー」

今井氏はごちめしサービスについて、「ペイフォワード(pay it forward)エコノミー」を見える化する事業と表現する。ペイフォワードとは、人々が無償の好意や慈善活動を提供しあい、そのつながりのネットワークを次の世代へ伝えていくことを意味する言葉で、それによって互いを思いやり、助け合う社会循環が世代を超えて続いていく。
今年1月22日、東京・六本木で開いた「GGG(Gigi ごちめし Gathering) vol.2」には当時、吉野家の社長だった河村泰貴氏を招き、取引先企業などから約130名が参加した
今年1月22日、東京・六本木で開いた「GGG(Gigi ごちめし Gathering) vol.2」には当時、吉野家の社長だった河村泰貴氏を招き、取引先企業などから約130名が参加した
そうしたペイフォワードのビジネスモデルを広げるため、今井氏はデジタルテクノロジーの重要性を強調する。「未来につながるための新しいモデルを作ることは、人間が汗水を流し、努力するだけでは対応できません。これからはブロックチェーンなども活用し、食のDX、働き方のUX、そして不公平に満ちた世の中の均衡化を図り、子どもたちのためのより良い未来を築いていきたいというのが私のミッションだと考えています」

懐疑論に負けない強さをースタートアップへのアドバイス

音楽プロデューサーとして大きな成功をおさめ、一転して社会起業家となった自らの軌跡について、今井氏は「音楽だけに留まっていたら出会えなかった素晴らしい人々に出会いました。それだけでも価値があります」と言う。
そして、新しい事業にチャレンジし、社会的なインパクトのあるビジネスを構築したいという人たちに対し、今井氏からのアドバイスは「懐疑論に負けず粘り強く続ける」ということだ。
「ビジネスの世界では、昨日までの状況が一日でぱたっと変わることがあります。音楽業界の中でも、売れないよと言われた曲がある日突然、時代にはまったように売れ始めたりする。世の中があなたのアイデアに追いついた時、世界はオセロの盤面のように瞬時にひっくり返る可能性があるんです」
「私はゲームチェンジャーという言葉が大好きなんですが、本当にみんなの価値観とかがコロッと変わる瞬間みたいなものに立ち会えると、自分の人生にすごく誇りが持てる。そういう瞬間はきっとすごくあるんじゃないでしょうか」
 今井氏(右)をインタビューする、JStories の 前田利継 編集長  写真撮影: Desiderio Luna | JStories 
 今井氏(右)をインタビューする、JStories の 前田利継 編集長  写真撮影: Desiderio Luna | JStories 
記事:前田利継 | JStories
編集:北松克朗 | JStories
トップ写真:Gigi 提供
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