J-STORIESでは、革新的な取り組みを行う日本のスタートアップを海外に紹介している人気ポッドキャスト番組 [Disrupting JAPAN]とコンテンツ提携を開始し、最新のエピソードや過去の優れたエピソードの翻訳版を4回に分けて紹介していきます。本編(英語版ポッドキャスト)は、こちらで聴取可能です。
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SaaS(Software as a Service:DropboxやZoom、Salesforceなどクラウド上で提供されるソフトウェアのこと)スタートアップの評価額や成長率は、世界のほとんどの地域で急激に下落していますが、日本ではその傾向は見られません。
日本のSaaSスタートアップは急速に成長しており、このトレンドは今後5年間でさらに加速すると予測されています。
本日は、One Capitalの浅田慎二さんに、日本のまだ開拓されていないSaaS市場の可能性、彼独自のSMB(Small and Medium-sized Businesses:中小規模の企業、特に小規模企業や中堅企業を含む)と製品に焦点を当てた投資方針、そして日本のスタートアップエコシステムで起きている大きな変化についてお話を伺いました。
非常に興味深い対談であり、きっと楽しんでいただけると思います。
(全4回の4回目。Part3の続きから)
自分一人ではなく、チームに任せるように
ティム: さて、日本は変化が早いですがこの1年くらいで考え方が変わったことはありますか?
浅田: はい、1号ファンドの時は、ほとんど私一人で回しているようなものでした。というのも、投資家として最も経験があるのは私でしたので、案件を探して選び、投資先企業を調査し、実際に投資した後の支援まで、ほとんどの仕事を自分でやらなければならなかったのです。それが当たり前だと思っていました。まるで、CEOが商品を作り、営業やマーケティング、採用を一手に引き受けるように、VCもそうあるべきだと考えていたのです。でも、この1年で幸運にも素晴らしい人材を採用することができました。今はプロセスを拡大し、VCとしてより良い成果を出せる方法を模索しています。これまで「すべて自分でやらなければならない」と思っていた仕事を、チームに任せるようになりました。それでも、私は「One Capitalの顔」として、市場で目立つ存在であり続けなければなりません。重要な案件を獲得する場面では、私が積極的に動いて結果を出す責任があるからです。ただ、投資先企業を詳しく調査したり、経営に直接関わって支援をしたりするような業務は、今ではチームのメンバーがしっかり担ってくれています。その結果、以前の10倍の成果を出せるようになりました。一人で抱え込むよりも、チームで取り組むことで、はるかに大きな成果を上げることができています。
ティム: それでもご自身での販売活動を続けるんですよね。
浅田: もちろんです、そのための時間をもっと確保するつもりです。
10年後の日本のスタートアップエコシステムは起業が当たり前に
ティム: 素晴らしいですね。さて、浅田さん、最後にお伺いしますが、10年後の日本のスタートアップ・エコシステムはどのようになっていると思いますか? そして、10年後に5号ファンドを募っている時のOne Capitalはどんな状況になっているのでしょうか?
浅田: 10年なんてあっという間ですね。その頃には、起業が当たり前すぎて、逆に驚かれるかもしれません。 今、5年や10年前に比べて、起業が主流でなかったことが変わりつつあります。 起業がこれからの主流になると、あなたがずっと強調してきた、まさにその転換期にいると思います。 それが今、始まっています。 10年後には、起業が日常的なことになっていると感じています。みんなが起業を試みるようになるのではないでしょうか。もちろん、それが絶対にそうなるとは思っていませんが。政府も関わり始め、才能もどんどん集まってきています。そして、アメリカの優れた起業家たちが日本に来て、Sakana AIのような新しい事業を立ち上げたのも見ました。
ティム: 私も同感です。そのトレンドはすでに始まっていると思います。実際、高校でスタートアップに関するワークショップを行ったことがあるのですが、すごく盛り上がっていて、熱意があふれていました。もう、スタートアップとは何かを説明する必要はなく、学生たちはそれが素晴らしいものであることを理解していました。変化はすでに進行中だと感じています。
浅田: そうですよね。あなたが高校生たちをサポートしているおかげで、彼らは、20歳か25歳くらいになる頃には、きっと起業家になっているでしょうね。
日本の起業が急激に成長する転換点はいつくるのか?
ティム: そうですね。私も自分なりに少しずつ貢献しているつもりです。私たちはもう、その転換点に達したと思いますか?政府や大学、そして高校生たちが、私のような人間を招いて話をする機会を設けているので、社会全体が、少なくとも精神的にはこの動きを後押ししているように感じます。それで、これから起業活動が急激に増えていくと思いますか?それとも、ここ10年ほど見られたように、毎年20%程度の安定した成長が続くと思いますか?
浅田: 安定した成長は間違いなく続いていくと思います。 それが日本という国の成長の仕方で、常に着実に前進してきました。それが日本の文化とも言えますね。 ただ、素晴らしい起業家たちが大規模なIPOを果たすことで、急激に成長する瞬間も訪れると思います。 それがまさに転換点になるでしょう。そして、私たちはその段階にほぼ到達していると感じています。今、VCの支援を受けた企業が、数十億円単位の資金を調達しています。これらの企業は、将来的に売上を100億円、200億円、300億円以上に成長させる可能性を秘めており、日本国内外の市場で非常に大規模な上場を果たす企業が出てくるはずです。そういった企業がさらに増える必要があります。それらの企業が象徴的な存在となり、この転換点を確かなものにしていくでしょう。そして、その後は歴史が物語るように進んでいくと思います。
私たちには、マーク・ザッカーバーグのような、象徴的な起業家が必要です。アメリカでは、そうした存在が起業家精神の象徴となっています。同じような存在が日本にも必要です。日本には、それを実現するだけの潜在能力もあり、また支援するVCも十分にそろっていると思います。
ティム: 本当に楽しみですね。今日はお時間をいただき、ありがとうございました。
浅田: こちらこそ、ありがとうございました。
アウトロ
さて、ここで一旦お別れです。
正直に言うと、私はこれまで小規模なSMB向けSaaS(中小企業向けソフトウェア)よりも、エンタープライズ向けSaaS(大企業向けソフトウェア)の方を好んでいました。しかし、浅田さんの指摘には納得させられる部分があります。特に日本では、SMB向けのSaaSは導入しやすく、さらに、収益性が高く競争力のある中小企業が数多く存在しています。
また、浅田さんがおっしゃったように、日本ではまだSaaSの普及率が低いため、SaaSスタートアップの評価額も比較的手頃な水準にあります。そして、業界への投資は引き続き活発です。
こうした背景から、日本のSaaSスタートアップがこれからも成長し、イノベーションを起こしていく姿には大きな期待が持てます。
さらに頼もしいのは、日本のVC業界が進化し、スタートアップのエコシステムに実質的な価値を提供し始めている点です。 浅田さんの場合、投資家がデジタル変革の戦略を立てる支援をしたり、スタートアップとスムーズに協力できるように手助けしたりしています。 また、スタートアップの成長に必要な要素を、一件一件の営業活動を通じて掘り下げているのも印象的です。
今、日本のVC業界は大きな転換期を迎えています。特に優れたファンドの多くが、従来の「投資して見守るだけ」のモデルから脱却し、投資先のスタートアップ(ポートフォリオ企業)に対して具体的な価値を提供する方法を模索しています。それに加えて、起業家たちが「自分たちは大切にされている」と実感できるような支援を行っていることも、業界の特徴として挙げられます。
こうした取り組みが、日本で意義のあるスタートアップ・エコシステムを構築する上で欠かせない鍵になるのだと思います。
翻訳:藤川華子
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