[PODCAST]不妊治療を支える日本の新テクノロジー (Part 2)

In partnership with Disrupting JAPAN

6時間前
BY DISRUPTING JAPAN / TIM ROMERO
[PODCAST]不妊治療を支える日本の新テクノロジー (Part 2)
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JStoriesでは、革新的な取り組みを行う日本のスタートアップを海外に紹介している人気ポッドキャスト番組 Disrupting JAPANと提携し、同番組が配信している興味深いエピソードを日本語で紹介しています。以下は、iPS細胞を用いた次世代の不妊治療法を開発するDioseve(ディオシーヴ)の共同創業者兼代表取締役である岸田和真さんとのインタビューで、複数回に分けて記事をお送りします。
*オリジナルの英語版ポッドキャストは、こちらで聴取可能です。
Disrupting JAPAN:Disrupting JAPANは、Google for Startups Japan の代表で東京を拠点に活動するイノベーター、作家、起業家であるティム・ロメロ氏が運営するポッドキャスト番組(英語)。ティム氏が数年後には有名ブランドになるポテンシャルがあると見出したイノベーティブな日本のスタートアップ企業をピックアップして、世界に紹介している
Disrupting JAPAN:Disrupting JAPANは、Google for Startups Japan の代表で東京を拠点に活動するイノベーター、作家、起業家であるティム・ロメロ氏が運営するポッドキャスト番組(英語)。ティム氏が数年後には有名ブランドになるポテンシャルがあると見出したイノベーティブな日本のスタートアップ企業をピックアップして、世界に紹介している
Disrupting Japan の創立者で自ら番組ホストも務めるティム・ロメロ氏
Disrupting Japan の創立者で自ら番組ホストも務めるティム・ロメロ氏

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(イントロダクション)

日本の最前線で活躍する起業家や投資家(VC)たちと本音で語る「Disrupting Japan」、ティム・ロメロです。
日本の少子化は世界的にも頻繁に取り上げられる問題ですが、実は近い将来、同じ課題に直面する先進国は他にも数多くあります。社会制度や経済面での大きな変革が求められる一方で、テクノロジーも解決に向けて大きな役割を果たしつつあります。
今回は、人の誕生に関わる先端医療をテーマに、Dioseve(ディオシーヴ)の共同創業者兼代表取締役である岸田和真さんにお話を伺います。Dioseveは、iPS細胞から卵子を作り出す技術を開発しており、これは体外受精(IVF)だけでなく、生殖医療全般にとって大きな前進となることが期待されています。また、同社が進める技術の一部は、早ければ来年にも商用化に向けた動きが始まる可能性があります。対談では、Dioseveの技術の仕組みや期待される社会的インパクト、そして避けて通れない倫理面・安全性の課題に至るまで幅広く議論します。さらに、日本には豊富な研究力と人材があるにもかかわらず、なぜバイオテック系スタートアップのエコシステムがまだ十分に成長していないのか、その背景にも迫ります。とても興味深い内容ですので、ぜひ最後までお楽しみください。

生殖医療における最大の安全性リスクとは

Dioseve(ディオシーヴ)の共同創業者兼代表取締役である岸田和真さん  写真提供:Dioseve
Dioseve(ディオシーヴ)の共同創業者兼代表取締役である岸田和真さん  写真提供:Dioseve
(前回の続き)
ティム・ロメロ(インタビュアー、以下ロメロ):iPS細胞を用いた生殖医療の新しい技術には、安全面でどのような懸念があるのでしょうか。
岸田和真(以下、岸田):最大の懸念は、「自然に生まれた子どもと比べて、遺伝的な差異が生じないか」という点です。ただし現在は、遺伝子発現(遺伝子が働いて細胞が特定の性質や機能を示すこと)の状態を詳しく調べる技術が整っているため、そうした異常の有無を非常に高い精度で評価することができます。

生殖医療以外にも。広がる応用可能性

ロメロ:iPS細胞から卵子や卵巣細胞をつくる技術は非常に革新的で、不妊治療への応用も期待されていますよね。では、こうした技術は生殖医療以外にも応用できる可能性があるのでしょうか?
岸田:はい、あります。少し先の話にはなりますが、若返り(リジュビネーション)への応用が考えられます。私たちがつくる卵子を使えば、細胞の若返りを実現できる可能性があるのです。もちろん、これはまだ概念段階で、現時点で「確実にできる」と言えるわけではありません。ただ、可能性があるのは事実です。というのも、卵子には細胞内のDNA損傷を修復する力が備わっているからです。
本来、卵子と精子にはそれぞれ、年齢に関する遺伝情報があるはずですが、受精して生まれる赤ちゃんは「ゼロ歳」ですよね。これは、卵子が遺伝子の状態を初期化し、細胞をいわばリセットする働きを持っているためです。
ロメロ:それは本当に驚くべきことですね。
岸田:そのとおりで、現在、特に米国の西海岸では、多くのスタートアップが若返りの研究に取り組んでいます。主なアプローチは、ウイルスを使って細胞に特定の遺伝子を導入する方法ですが、ウイルスは制御が難しいという課題があります。一方で、もし私たちが開発している卵子由来のツールで細胞を若返らせることができれば、より安全で扱いやすい仕組みになる可能性があります。
ロメロ:それからもう一つお聞きしたいのですが、生殖細胞に関わる技術ということは、卵子だけでなく精子をつくることにも応用できるのでしょうか。
岸田:はい、理論的には可能だと考えられています。ただし、人間での実現にはまだ至っていません。少なくとも、近い将来に臨床の現場で使えるような技術段階にはありません。
ロメロ:なるほど。研究としては興味深いけれど、医療として実際に使える段階ではないということですね。
岸田:はい、そのとおりです。
ロメロ:なるほど。研究としては興味深いけれど、医療として実際に使える段階ではないということですね。
岸田:はい、そのとおりです。
写真提供:Envato
写真提供:Envato

最大の倫理的論点:赤ちゃんの安全をどう守るか

ロメロ:これまでのインタビューを拝見すると、倫理面の課題について繰り返しお話しされています。では、この種の研究や治療には、具体的にどのような倫理的な懸念があるのでしょうか。
岸田:卵子をつくる技術に関して、最大の課題は安全性です。この技術を臨床で使えるかどうかは、リスクとメリットのバランスで判断されます。リスクが高すぎれば、もちろん実用には踏み切れません。さらに、人工的につくった卵子の遺伝子発現が、自然な卵子とまったく同じであると証明するのは簡単ではありません。そのため、この分野は非常に議論を呼びやすいテーマでもあります。
ロメロ:いまお話しされた点は、「技術的にどこまで安全にできるか」という話なのでしょうか? それとも、「倫理的に許されるかどうか」という本質的な問題なのでしょうか?
岸田:倫理の問題は、安全性と切り離せません。もしこの技術で生まれた子どもに何らかの障害が出た場合、それは誰の責任なのか。赤ちゃん自身なのか、親なのか。しかし、実際に苦しむのは赤ちゃんです。だからこそ、最優先すべきは赤ちゃんの安全性です。
そのうえで、「卵子をつくれるなら、何歳になっても子どもを産めるのか? たとえば60代でも可能なのか? それは倫理的に許容されるのか?」といった問題も出てきます。こうした議論は避けられませんが、私としては、最も大切なのはあくまで赤ちゃんの安全だと考えています。

生殖医療をめぐる倫理的懸念と研究規制の緩和

ロメロ:こうした研究に何らかの国際的な合意があるわけではありませんが、米国では長年、iPS細胞を含む幹細胞(さまざまな組織の細胞に分化できる能力を持つ細胞)の研究に反対する声が根強くありますし、中国で行われた遺伝子操作の研究が国際的に批判された例もあります。では、日本では遺伝子研究や幹細胞研究に対して、一般的にどのような受け止め方がされているのでしょうか?
岸田:日本はやや保守的な傾向がありますが、幸いにも近年は規制が緩和されつつあります。以前は、iPS細胞からつくった卵子や精子を受精させる研究は認められていませんでした。しかし現在は、科学的・社会的に意味がある研究にに限って政府から許可される方向に進んでいます。
ロメロ:禁止されていた理由は、安全に発育するかどうか不確かだったからですか? それとも、もっと根本的な倫理的懸念があったのでしょうか?
岸田:倫理的な懸念の根底にあるのは、「受精卵は将来の生命になり得る存在である」という考え方です。では、その「潜在的な生命」を人工的につくってよいのか、ここが大きな論点となってきました。そのため、現在多くの国では、人工的に作られた受精卵(人工胚)は研究目的に限って使用することが認められています。そして、人工胚については、胚が個体としての性質を持つ前段階とされる14日以内に必ず破棄しなければならないという国際的なガイドラインが設けられています。しかし、そうすると「研究のためだけに受精卵を作り、最終的には破棄することを本当に許容してよいのか」という問題が改めて浮かび上がってきます。
ただ、近年は政府が「研究から得られる知見に十分な価値があるのであれば、一定の範囲で認めるべきだ」という立場を取りつつあり、iPS細胞から作った生殖細胞を用いて人工胚を作る研究を容認する方向へ動き始めています。こうした意味で、倫理面でも徐々に前進が見られる状況と言えます。
写真提供:Envato
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最初の市場として英国を選んだ理由

ロメロ:今後について、研究の視点だけでなく、企業として実用化・市場展開していくうえでの観点からも伺いたいと思います。製品化までの道のりは長いと思いますが、市場に出すまでにはどのようなステップが必要だと考えていますか?
岸田:私たちがまず技術を展開したいと考えているのは、英国市場です。
ロメロ:なぜ英国なのですか?
岸田:歴史的に、英国は生殖医療の分野を牽引してきた国です。体外受精そのものが最初に成功したのは米国ですが、生殖医療の革新という点では、2015年に英国が「ミトコンドリア置換療法」を世界に先駆けて実施した例が象徴的です。
ミトコンドリア病を持つ女性の卵子には、問題のあるミトコンドリアが含まれており、そのままでは病気が子どもに遺伝してしまいます。そこで、卵子のミトコンドリアだけを健康なドナーのミトコンドリアに置き換えることで、子どもへの遺伝を防ぐのがミトコンドリア置換療法です。
もっとも、この方法では3人の親が存在するように見えるという点が大きな議論を呼びました。父親、母親に加えて、ミトコンドリアを提供したドナーがいるためです。この点を理由に「受け入れられない」と反対する意見も多くありました。しかし英国政府は、マウスやサルでの実験で異常が確認されなかったこと、そしてミトコンドリア病で苦しむ患者が多く存在することを踏まえ、「人間にも適用すべきだ」と判断し、ミトコンドリア置換療法を法律として正式に認めました。これは生殖医療における大きな前進でした。
このように、英国は生殖医療分野で先導的な役割を果たしてきた国です。だからこそ、私たちの技術を実現する場として英国が最もふさわしいと考えています。

Dioseveの実用化戦略

ロメロ:市場選びという点では、よく理解できます。現時点で本格的に受け入れてくれる可能性がある国は、英国だけかもしれませんね。では、Dioseveという企業として、実際に市場投入まで進めるためには、どのようなステップを踏む必要があるのでしょうか?
岸田:人工的に卵子をつくり、そのまま商用化するには高いハードルがあり、段階を踏む必要があります。まずは、iPS細胞から卵巣細胞をつくり、それを体外受精のサポートに用いて「健康な子どもが生まれる」という確かな実績を積むことが第一歩です。こうした成果によって世界中の医師から信頼を得て、ようやく卵子の創出に本格的に取り組む正当性が生まれます。その頃には、人工卵子の安全性に関するデータも十分に揃っているはずです。
写真提供:Envato
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ロメロ:人工的につくった卵巣細胞は、既存の体外受精治療を支える役割を果たすことになるのですか?
岸田:はい、そのとおりです。私たちがつくる卵巣細胞は受精を助けるサポート細胞ではありますが、単に補助するだけでなく、現在の体外受精のプロセス全体を置き換え得る可能性があります。現在の体外受精は患者さんの負担が非常に大きく、約10日間にわたり毎日ホルモン注射を打ち、さらに6回以上の通院が必要になります。
一方、私たちの人工卵巣細胞が使えるようになれば、患者さんは自分の卵巣を使わず、私たちがつくった卵巣細胞で卵子を成熟させることが可能になります。そのため、ホルモン注射はほとんど不要となり、注射回数を80%以上削減できると見込んでいます。
ロメロ:それが実現するまでには、あとどれくらいの時間がかかるとお考えですか?
岸田:私たちは、この技術を2026年中に商用化することを目標にしています。
ロメロ:来年ですか?
岸田:はい。
ロメロ:それは本当にすごい計画ですね。ですが、通常は複数の臨床試験を段階的にクリアする必要があるのではないでしょうか。
岸田:いえ、日本では必ずしもその必要はありません。すでに、医薬品や医療機器の承認審査などを担う PMDA(医薬品医療機器総合機構)に相談しており、その結果、私たちのプロダクトは、人体に投与する「医薬品」ではなく、「培地(細胞が成長しやすいよう人工的に整えられた環境)」として扱われる、という見解が示されています。
ロメロ:なるほど。卵子を成熟させるプロセスがすべて体外で完結するため、医薬品ではなく培地として分類されるということですね。
岸田:はい、そのとおりです。ただ、安全性については私たち自身がきちんと確認する必要があります。そのため、さまざまな実験を計画しており、段階を踏んで検証を進めていく予定です。
ロメロ:本当に素晴らしいですね。
(第3回に続く)
第3回では、日本のバイオテック系スタートアップ・エコシステムの現状と課題、そしてその背後にある構造的な壁について伺います。
[このコンテンツは、東京を拠点とするスタートアップポッドキャストDisrupting Japanとのパートナーシップにより提供されています。 ポッドキャストはDisrupting Japanのウェブサイトをご覧ください]
翻訳:藤川華子 | JStories
編集:北松克朗 | JStories
トップ写真:Envato 提供

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