J-STORIES ー 少子化と人口減少が深刻化する日本にとって、不妊症や胎児発育不全など妊娠、出産に関わる疾患の克服は大きな医学的課題だ。これらの疾患は発症メカニズムがまだはっきりわかっておらず有効な治療法も確立していないが、その大きな原因として「ネオセルフ抗体」と呼ばれる新しい自己抗体の発生が影響していることを日本の研究者グループが世界で初めて立証した。
ネオセルフ抗体とこうした疾患の関係性が判明したことで、不妊の治療に使える新しい発想に基づくワクチンの開発など、免疫内科学の分野にも革新的な発展をもたらす可能性がある。
人間の体が作り出す抗体は本来、体内に入り込んだ細菌やウイルスなどの異物を排除する役割を持つが、何らかの理由で免役システムに異常をきたすと、自分の細胞や組織を攻撃する自己抗体と呼ばれる異常な分子が発生する。
自己抗体は膠原病、多発性筋炎、バセドウ病などの自己免疫性の難病を引き起こすとされている。2015年、神戸大学と大阪大学の共同研究により新たなネオセルフ抗体(抗β2GPI/HLA-DR抗体)が発見され、血栓症などの原因となることがわかった。
また今年5月には、山梨大学、手稲渓仁病院との共同研究で、ネオセルフ抗体が不妊症、子宮内膜症性不妊、反復着床不全にも関連することが明らかになり、さらに6月には神戸大学などによる研究グループが、妊娠高血圧症候群や不育症、胎児発育不全などにもネオセルフ抗体が関与していることを発表した。ともに世界で初めての研究成果だった。
5月に研究成果を発表したのは、山梨大学医学部附属病院の小野洋輔特任助教、吉野修教授、手稲渓仁会病院不育症センターの山田秀人センター長、および神戸大学大学院医学研究科産科婦人科学分野の谷村憲司特命教授らを中心とするグループ。6月の発表は、神戸大学大学の谷村特命教授、手稲渓仁会病院の山田秀人センター長、大阪大学微生物病研究所の荒瀬尚教授らのグループが行った。
谷村特命教授らは不妊症だけでなく、妊娠はできても流産や死産を繰り返す不育症にも、ネオセルフ抗体が深く関わっている可能性があると考え、富山大学、岡山大学、東京大学、兵庫医科大学と協力してサンプリングを行い、ネオセルフ抗体との関連性を示す研究を進めてきた。
「妊娠・出産を望み、妊娠はできても、10回以上流産を繰り返す不育症に悩む妊婦さんもいる」と話す谷村特命教授。研究の結果、不育症の女性の約1/4においてネオセルフ抗体が陽性となり、不育症の主な原因となる可能性があることがわかった。
また、6月に発表された研究では、4つの大学病院を含む、全国5病院に通院もしくは入院した「不育症の女性」、「過去もしくは現在の妊娠中に妊娠高血圧症候群や胎児発育不全、早産となった女性」、「持病も過去の妊娠中にも産科異常症がなく、正常の大きさの赤ちゃんを出産した女性」の採血を行い、それぞれのグループにおけるネオセルフ抗体の陽性率を比較した。
対象年齢や BMI 、喫煙など高血圧症候群や胎児発育不全に影響を及ぼしそうな他の要因を考慮してし統計計算した結果、「ネオセルフ抗体と産科疾患との関連性の強さを示す指標であるオッズ比は、不育症が3.3倍、妊娠高血圧症候群が2.7倍、胎児発育不全が2.7倍となり、関連性が明らかになった」と谷村特命教授は語る。
2015年から続く研究、発表を経て、ネオセルフ抗体検査ができる医療機関が全国に増える中、谷村特命教授は「不育症の女性に対して有効性が期待できる治療法についての研究成果を発表したいと考えている。それから数年かけて臨床治験などで治療法の有効性のエビデンス(証拠)を示したい」という。
さらには、「ネオセルフ抗体の研究は産科分野だけでなく、リウマチやバセドウ病など、いろいろな自己免疫疾患の謎を解く鍵となり、これらの疾患の治療に使える新しい発想に基づくワクチンの開発など、免疫内科学の分野にも革新的な発展をもたらす可能性がある」と語った。
記事:大平誉子 編集:北松克朗
トップ写真:envato 提供
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