9月17日・18日に東京都のスタートアップ交流拠点「 東京イノベーションベース(TiB)」で行われる「 2024 日本・台湾イノベーションサミット」では、日本と台湾から10名以上の著名なスピーカーが登壇する。
特に目玉として注目されるのがDAY2で基調講演で、台湾の「TSMC サプライチェーン・イノベーション: TSMCの市場価値が10倍になった秘訣」と「日本のディープテック投資と東京大学IPCの活動」の2つを主要テーマに設定されている。
この日本側の登壇者が、2016年に東京大学が100%資本を持つ投資事業会社として設立した「 東大IPC(東京大学協創プラットフォーム開発株式会社)」の投資担当パートナーを務める古川圭祐さんである。
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J-STORIES ー 東大IPCは、医療、宇宙、人工知能(AI)、環境、アグリテックなどといった社会を大きく変える可能性を秘めたディープテック領域において、多種多様な スタートアップ企業を支援している日本を代表するベンチャーキャピタル(VC)である。投資だけではなく、起業支援や、人材マッチアップなどスタートアップのイノベーションエコシステム(※1)そのものを作り上げることを目指して活動を広げる中で、近年では全国の大学や民間企業だけではなく、海外企業との連携も活発になっている。こうした活動を通して、目指す姿や、どのように起業を育成しているのか、古川圭祐さんに聞いた。
※1:「イノベーション・エコシステム」とは、行政、大学、研究機関、企業、金融機関などの様々なプレーヤー が相互に関与し、絶え間なくイノベーションが創出される、生態系システムのような環境・状態のこと。
大学発のスタートアップ企業支援を目的に2016年に官民ファンドとしてスタート
J-STORIES: まず東大IPCについてお伺いさせてください。2016年に東大の100%資本という投資業会社として設立されたということですが、どういう経緯でなぜ東京大学がこういうものを作る必要があったのかご説明いただけますか?
古川 圭祐さん(以下、古川):2013年に発令された官民イノベーションプログラムにおいて、政府が4国立大学法人(東京・京都・大阪・東北)に対して投資事業会社を認める措置をとったことが元となります。国が予算をとって、大学発のスタートアップ企業を支援していかなきゃいけないというタイミングでさらに支援していこうという流れでできたという意味においては、我々(東大IPC)の設立は結構政策目的を強く持っていると言えます。
J-STORIES:東大IPCは、2016年に「協創1号ファンド」を政府・民間の企業から出資を受ける官民ファンドとしてスタートしています。
古川:協創1号ファンドの投資先は、主に2つあって、一つは「ファンド・オブ・ファンズ」と言って、民間VCへの投資と、もう一つは、スタートアップへの直接投資です。当時は、活発になってきている民間VCを多く東京大学周辺に呼び込みたいという時代的な背景があり、私たちとしては、「ファンド・オブ・ファンズ」を通じて新しいファンド、または既存のファンドを補強していく役割を担いたかったということです。
当時は「シード」、「アーリー」(スタートアップの成長段階における初期段階)のスタートアップ企業を支援するVCが多く、「ミドル」、「レーター」(スタートアップの成長段階における単月黒字化、成長軌道に乗ったステージ)企業への支援が足りていない傾向がみられたので、官民ファンドとしてそういう大事なところを直接投資を通じて支援するという意図がありました。要は既存の民間VCさんと連携し、支援していくというようなファンドです。
日本の大企業の中にはまだまだ非常に良いものが眠っている
J-STORIES:2020年には2つ目のファンドとしてAOI1号ファンドが東京大学周辺でのオープンイノベーション活動の推進を目的とし、「企業とアカデミアとの連携によるベンチャーの育成・投資」というコンセプトで作られました。こちらの特徴は何でしょうか?
古川:AOI1号ファンドの特徴は企業の事業部門や子会社を切り離して、スタートアップとして起業させる「カーブアウト投資」と、企業の様々なリソースを活用しながら成長しようとするスタートアップについて初期段階から投資(シード投資)を行っていることですね。日本の大企業には人材やお金だけでなく、販路や設備など様々なリソースがあります。同時に、プロダクトにも非常に良いものが眠っています。一方で、そうしたプロダクトを大企業の中で事業化するには限界があるのも事実です。それはもしかしたら決定時間の遅さだったりとか、大企業として事業化するには、需要が小さすぎるから、などといった理由があるかもしれません。ですから、これを切り出して、スタートアップとして起業させることで育てていくことを目指して設立したファンドです。我々は、東大の子会社でもありますので、支援先には、大学で培われた成果もしっかりと活用してもらえるよう、産学連携活動も支援します。
シード投資については、新しいスタートアップがしっかり企業との連携を取った上で投資をすることによって、早い成長を可能にするという投資戦略です。
地方を含めた国内投資環境を支援するため、スタートアップを支援するVCファンドに投資
J-STORIES:2024年には3つ目のファンドとしてASAファンドができました。こちらは大学発スタートアップに投資・支援する大学VCファンド等に投資する「ファンド・オブ・ファンズ」が特徴だということですが。
古川:はい。3つ目のASAファンドに関しては、東京都さまと一緒にやっています。東京都さまがディープテック(社会課題を解決して私たちの生活や社会に大きなインパクトを与える科学的な発見や革新的な技術のこと)をもっと盛り上げ、支援していきたいという中で、ファンドの公募がかかりまして、我々を選んでいただきました。やはりまだまだディープテック周りの投資環境は、足りていないというのは感じていますし、まだまだ地方も含めて国内の様々な大学には、良い技術が眠っていると思っていますので、しっかりそうした大学に眠る技術を事業化する支援をしたいと思います。色々な形があると思います。
J-STORIES:ありがとうございます。このところ、官民をあげて日本国内でスタートアップ投資が活発化している印象がある反面、ユニコーン企業になるようなスタートアップが少ないということも指摘されています。東大IPCの3つのファンドを出すことによって、特にどのような問題を解決しようと考えたのでしょうか?
古川:我々としてはやはりテック系です。大学発、または大学と連携したスタートアップへの支援、投資が足りていないということが一番の課題かなと思っております。
それは、我々だけではなく、政府の方もそう考えていたからこそ、我々のような官民ファンドが立ち上がったということだと思います。足りてないところを、埋めていくというのが我々の一番の役目だと思います。
他のVCとは争わず、連携しながらみんなで支援していく
J-STORIES:そういう意味でも、まさに1つの特徴としては既存の民間のVCと競うというよりは、一緒に協力するような形で底上げしていくようなイメージなんですね?
古川:おっしゃる通りで、我々としては他のVCと争うとかは一切考えておりません。いかに協業して、ディープテックという、非常に時間とお金を要するところを、しっかり連携しながらみんなで支援していくということが非常に大事かなと思っています。
最初のステップがわからない起業家の初期段階を支援する
J-STORIES:東大IPCのもう一つの特徴としては、「1stRound」というインキュベーションプログラムで、起業支援を行っていることが挙げられると思いますが、こちらはどのような特徴がありますか?
古川:「1stRound」は東大IPCが主催している起業支援プログラムで、大学・研究機関発のスタートアップの初期段階を支援するのが一番の目的です。大学などの研究から始まるスタートアップだと、ビジネスが分からなかったりとか、最初の資金調査に向けて何をすればいいかとか、最初のステップがなかなか分からないことも多く、場合によっては資金調達の部分で失敗してしまうケースもあるので、それをなるべく避けるために最初の段階でご支援するという形です。
一番の特徴は、採択されたら最大で1000万円までの活動資金を株式を取らない形でお渡ししているということです。おそらくこれだけの額を株式を取らない形で出すプログラムは他にないと思います。
それだけではなく、プログラムが採択された半年間のインキュベーションの間に、事業計画を一緒に立てたりしながら、スタートアップが一番最初の資金調達を最も良い形で実現できるように支援を行います。一番良いVCから一番良い資金調達を受けることが目的ですので、ベストな投資家が民間にいればそちらからの資金調達が成功するように支援します。このようにオープンに運営されているプログラムです。
これまでに85社採択してきましたけど9割ぐらいは調達をしっかり終えてやってます。我々が投資したところもありますし、そうじゃないところもありますが、9割ぐらいはしっかりと資金調整ができ、残りの1割に関しても会社が潰れるというケースはほとんどありません。案件によっては、助成金等もしっかり活用し、ELYZA、ジェリクルのように資金調達をしないまま事業成長を実現しているスタートアップも存在します。
採択したスタートアップの9割が資金調達を達成
J-STORIES:採択したスタートアップの9割が資金調達を達成しただけでなく、ほとんど潰れないという、高い成績を達成できた理由はどこにあったのでしょうか?
古川:3つあります。1つ目はタイミングの目利きですね。いろんな大学発スタートアップ、大学発のアイディアとかプロジェクトがありますが、タイミングが大事で、まだビジネスに繋がっていかない開発段階では、ダメというか、そこの目利きというのは非常に大事かなと思っています。そういう目利きができるというのが、我々の強みです。
2つ目は支援体制ですね。我々もキャピタリストリストであったり、担当がしっかり支援していくのもそうですけど、いろんな士業の先生方(弁護士・会計士)だったりとか、場合のよってはAWSさんとかクラウドを含めたいろんなITサービスの方々であったりとか、多様な支援を受けながらスタートアップを育てていくこともできています。
3点目には高い注目度で、多くのVCから興味を持っていただいていることから、ある意味エコシステムの流れがうまく出来上がってることも挙げられます。
費用についても我々ファンドが負担しているわけではなく、スポンサー企業さま22社からいろいろご支援いただいています。AOI1号ファンドの時にも話しましたが、初期の段階から大企業と一緒にスタートアップを育てていくか、こちらも大事にしています。あとは実績としては元々このプログラムは2017年に東大だけで始めたのですが、現在19の国立大学、私立大学、国の研究所で、共催でできています。このような大学横断型のプログラムは他に例がないと思います。その部分は非常に我々としても嬉しいことですね。
ディープテック業界の課題である人材のマッチアップを支援
J-STORIES:なるほど。東大IPCでは、他にもエンジニア、研究者、インターン志望者などを含む多彩な人材ネットワークを構築し、スタートアップ界隈の人材の流動を活性化するために、「DEEPTECH DIVE」という人材プラットフォームを運営していますね。スタートアップ支援においてやはり人材確保は資金調達と同じくらい大事なのでしょうか?
古川:そうですね。やはりスタートアップに大事なのは、やっぱり人材になってくるかなと。もちろん技術だったりとかもお金も大事だとは思うんですけど、やっぱり優秀な人材がスタートアップに来て、しっかりそのスタートアップで育てていくってことが非常に大事になってくると思います。特に、ディープテックの分野になってくると、特定の技術がわからないとできないなど、なかなか人材のマッチアップが難しい分野があったりしますし、そもそも良い技術が研究室でできても誰が社長をやるのか、といったビジネスを行う上での課題が、このディープテック界隈の問題だと思っておりました。
J-STORIES:これまで日本のスタートアップからユニコーン企業がなかなか誕生してこなかったことに関連するかもしれませんが、日本では大学内に優れた技術が多くありながら十分に企業化できていなかったとの指摘があります。とりわけディープテックの分野では、人材のマッチアップがうまくいかない、ビジネスを理解している人材がいない、などの問題がスタートアップの成長を阻んでいたという状況はあったのでしょうか?
古川:もちろん人材だけが問題ではないと思いますが、人材は大きな要素かなと思います。どうしてもスタートアップとなってくるとリスクが高いとか、そういうところも含めてなかなか優れた人材が入ってこなかったということは過去にあったかと思いますが、今のスタートアップ界隈自体は流動性が増して、全体の給与の底上げも含めて、そのトレンドというのが来ているかなと思っております。その時にやっぱりいい研究成果またはいい技術といい人材をマッチングしていくというのは我々の役目かなと思っていますので、そこをしっかり支援していきたいですね。
産学官を含めたイノベーションエコシステムを国全体で拡大
J-STORIES:東大IPCの目的として、「国内とグローバルにおけるイノベーションエコシステムのさらなる拡大を目指す」といったことをHPなどでも発表されていますが、このイノベーションエコシステムがなぜ必要かということについて簡単にご説明いただけますか?過去において、日本では、官と民と大学の連携というのがなかなかスムーズに行っていなかった、という課題があったのかなと推測しているのですが、だとしたら具体的にどういうところでこの問題について「エコシステム」が解決に導いていけるのでしょうか?
古川:そうですね、なかなかどう答えていいか難しいですね(笑)。産官学という大きい話より、もっと小さなスタートアップと大企業の連携という話で言いますと、もちろんうまくいったケースもある一方で、そうじゃないケースも過去にたくさんありました。大企業はどうしても大企業的な思考というか、行動規範というのがあり、スタートアップ側としては、大企業と一緒にやりたいと思いつつも、なかなか考えがマッチせずに、事業化まで至らないといった問題はあったと思います。現在は以前に比べて、オープンイノベーションが進んでいます。単純に、我々が間に入ったからというだけではなく、全体の市況感であったりとか大企業が自分たちだけではなく、スタートアップと連携する必要性をより持つようになったという変化もあります。他にもこの2、3年で、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)が増えましたし、連携に向けた流れが来ていて、以前に比べて産業界と大学、スタートアップ界のつながりというのはすごく深くなってきたのかなというふうに思います。
ですから、我々としては今のこのモメンタムをしっかり維持して、投資する大企業がリターンを得られるよう、しっかりと事例を作っていかないといけないですね。一度だけではなく、それを繰り返すことによって、産学、また官も含めたエコシステムを国全体で拡大させて、成長期間のロスも減らすことができるのではないかと思います。
J-STORIES:産官学の連携は重要ですが、一方で経営に関与するステークホルダーが多くなり、迅速な意思決定が難しくなるという面もあると思います。スタートアップには迅速さが必要だと思いますが、その点をどう考えたらいいでしょうか?
古川:大きい企業や、中堅企業も含め、しっかりした会社基盤があって、株主もいるわけですから、そうしたステークホルダーとコミュニケーションを行う上で、意思決定がどうしても遅くなってしまいます。一般的に、海外の大企業は日本企業に比べて、意思決定が早いと言われてるような気がしますけど、実際には海外もそんなに変わらないのかなと思います。要はしっかりと、応えていく(決断する)ことが大事で、日本の場合、そこに関しては慎重すぎることも含めて、大企業の特有の問題としてあるのかなと思っています。
一方で、今は大企業の中でも、出島というか、意思決定の権限を例えば部長または課長レベルで持っているという企業も増えていますので、スピード感は、上がってきているように思います。
J-STORIES:東大IPCが支援した大学の研究が、具体的に起業した過去の成功例を挙げていただけますか?
古川:いくつかパターンがありまして、大学の研究室から出てきたものを事業化したパターンとして、創薬、素材系、ロボティクスなどの分野が挙げられます。こうした支援に関しては非常に時間がかかりますので、我々としては、将来の次の産業を作るスタートアップを見据えて、この活動は続けていかなければいけないと思ってやっています。
一方で、我々が創業に関わっていない形でスタートアップができて、そこに出資していくというパターンもいっぱいあります。
J-STORIES:投資先は、やはり東京大学で研究された技術などのスタートアップが多いのでしょうか?
古川:東京大学から出てきたスタートアップの支援はもちろんですが、それだけではなく、いかに東京大学の研究アセットを使っていただくかということが大事なポイントだと思っています。東大との関係を持たなかったスタートアップ企業が、共同研究等を通じて東京大学の成果の活用を通じた事業成長を図るのとともに、、我々も支援提供を行うという形です。我々のポートフォリオをみると、その10%ほどが海外にあります。いずれの投資案件も東大のアセットが活用されています。
ユニコーンを出すことも大事だが、エッジの効いた技術を持った企業をもっと輩出したい
J-STORIES:海外の話が出ましたが、東大IPCは、「世界のベンチャー創出拠点の一つ」となるというのが一つの目的として公言していると思うのですが、これまで順調に拡大を続ける中で、近い将来もしくは遠い未来も含めてですけども目指しているものだったりどういう形で拡大するのか古川さんのビジョンを教えてください。
古川:我々としては、今の形でファンドも含めて拡大していくと一番良いと思っています。スタートアップの数を100倍にするといったようなことも含めて、活動を広げていければと思っていますが、一番大事な事は、ファンドリターン出すことです。リターンが東京大学に還元されると、還元された予算で研究が活発化し、その研究から更に新しいスタートアップや技術がいっぱい出てきて、といったエコシステムを発展させていくことが最大の目的ですね。我々はまだ始めたばかりで、道半ばでありますけど少しずつ証明しているかなというところです。
J-STORIES:敢えてネガティブな話をします。日本のGDP成長率は長年低迷していますし、少子化高齢化の影響など、日本の経済成長についてのネガティブな見方が世界で指摘されている中で、日本経済が活性化するためには、海外企業や研究機関との連携が欠かせないと思うのですが、今後日本が、グローバルなビジネスにおいて、どのような立ち位置を確立していくべきとお考えですか?
古川:まず、日本は確かに少子高齢化になっていますし成長率は低迷しているとはいえ、今でもGDPは世界4位の大国です。つまりは、お金が一定程度あるということですし、相当数の世界的な大企業も健在ですから、その地位はそう変わっていないと思います。その中で我々のいるスタートアップ界隈では、「ベンチャーエコシステム」を更に強化することで、様々な企業が次々に輩出される。国内に限らず、世界で闘っていけるスタートアップというのを作っていくことが必要だと思います。
これは個人的な話になりますけど、ユニコーンを出すことも大事だと思いますが、経済的にはそこまで大きく成長できなくても、エッジの効いた技術を持って、しっかりマーケットシェアを取れて、世界中で通用する強みを持つ企業をもっと輩出できてもいいのではないかなと思います。
また、海外のスタートアップの皆さんには「日本にはお金があります、大企業のCVCを含めてお金があるので、ぜひご活用いただきたい」と伝えたいですし、日本は大きなマーケットがあるので、日本を進出する際に例えば我々東京大学というアセットを活用して、日本で活動いただくための架け橋にしていただきたいと考えております。
J-STORIES:「エッジの効いた技術」というご指摘はとても意味深いと思います。弊社が運営するメディア「J-STORIES」でも、例えば少子高齢化に対応した高齢者サポートの新技術、台風などの天災に立ち向かう壮大なプロジェクト、被災地支援の新しいアイデアなど、世界経済を左右する半導体のような基幹技術ではないものの、世界を良くするために絶対に必要となる取り組みを積極的に報道しています。こうした分野は日本がおそらく世界に対してアドバンテージを持っていると思いますが、「エッジの効いた技術」として、そういう分野での支援をお考えになっているということでしょうか?
古川:仰った通り高齢化や、災害への対策などの技術については、スタートアップとしてまた企業体として成立するんであれば、ご支援する意味はありますし、起業後も含めて支援していけるところがあればしていきたいなと思っています。
高齢社会に関して言うと我々は例えば「カイゴメディア」という動画を中心とした介護職向けデジタルメディア開発などを行う会社に出資しています。災害で言えば、道路点検AIを全国自治体に提供し、老朽化するインフラ維持管理に貢献する「アーバンエックステクノロジーズ 」という会社に出資をしています。こうしたある意味、エッジの利いた起業に関しても我々としては投資を進めさせていただきたいと思います。
積極的に台湾企業に投資の可能性も含めて交流
J-STORIES:なるほど。海外企業への投資という点で、台湾などアジア地域の企業とのコラボレーションについてもお伺いします。9月に東京で開催される「日本・台湾イノベーションサミット」への出席など日本と台湾のスタートアップ連携がここにきて結構活発化している印象を受けているんですけども、東京大学IPCと台湾スタートアップとのつながりはいかがでしょうか?
古川:我々は、まだ台湾企業への投資ができてはいないのですが、今積極的に台湾企業に投資の可能性も含めて交流し、見させていただいている状態です。その過程で、色々と見えていなかった繋がりが見えてきています。例えば我々の投資した会社が、元々は台湾の工業技術研究院(ITRI)と一緒にプロダクト開発をするなど、台湾とつながりが深い企業だったりしますし、半導体周りに関して連携を深めていきたいなと思って、今様々なキープレイヤー様とディスカッションをさせていただいております。
J-STORIES:台湾企業については半導体製造の競争力が高いなどというイメージがありますが、日本と台湾がスタートアップにおける連携をするとなると、お互いにどういう相補関係を期待できるでしょうか?
古川:まずコラボレーション自体はいろいろ考えられると思ってはいます。まず我々のような大学同士の連携だったりとか、そこから出てくるスタートアップ同士の連携とか、一番いいのがお互いの投資ですね。入口として、お互いのスタートアップに投資していくことで、お互いのエコシステムに入っていくというのが大事だと思っています。
J-STORIES:近隣の台湾や韓国は、日本と文化やライフスタイルがかなり近かったり、政治的な規制も似ていて、コラボレーションをしやすい環境にあると、スタートアップ側からそのような話を聞いたことがありますが、VCの立場としてはいかがでしょうか?
古川:そうですね。私も初めて台湾に行った時、ほぼ日本じゃないかって。ここは、日本なのではないかと錯覚するほどでした(笑)。文化的にお互い非常にリスペクトし合ってる間柄だと思いますし、いい意味でプラスになっていくんじゃないかなと思います。
J-STORIES:台湾に限らないかもしれませんが、敢えて日本に足りないものを海外との協力によって補うという視点で見たときにどういうものを期待したいですか?足りないというとネガティブな言い方になってしまうのかもしれないですけども、刺激を受けると言い換えてもいいかと思います。
古川:日本に足りないというよりは、刺激を受けるということかと思います。政治情勢も含めて色々な情勢があった中で、短い期間で産学官が一体となって産業を作ってきたというところは、我々としても学ばなければいけない事だと思っております。もちろん、同じことがまるまる日本には当てはまらないでしょうが、例えば日本が今後ある分野で力を入れていくとなった時には、参考にできることがあるのではないかと思います。半導体に限らず様々な分野において連携したり、台湾側がリソースを持っている部分もありますので、そこは我々としても頼らせていただきながら、一緒に世界を戦っていけるようなパートナーになっていけたらと考えております。
J-STORIES:台湾の産官学の連携の良さ、スピード感というのが特に身近な例で出てきましたが、今後日本でも台湾と大規模な連携を進める際に、文化が異なる海外のステークホルダーを加えることが刺激となって、意思決定のスピードが早まる、などといった期待もあるのでしょうか?
古川:期待はしています。日本は日本の良さがありますが、一方で、台湾には台湾のよさがありますので、お互い様といいますか、我々からご提供できるものもあると思いますし、台湾側からがいろいろこうお手を拝借するところもあるかなと思っています。
そのために今いろんなところと会話も含めて始めてますし、我々としても提供できるものというに関してはご提供できるようになるべくしていきたいと思ってます。
大学にいるといろんな研究者に直接出会えることもモチベーション
J-STORIES:最後に、古川さんご自身についての質問をさせてください。2019年に東大IPCに参加されるまでは、ソニーなど民間企業で働き、かつINSEAD(インシアード:フランスなどに校舎のあるビジネススクール。国際色豊かで世界中で注目されている)でMBAを取られているということですが、どういうきっかけでこのスタートアップ支援という仕事に興味を持たれたのでしょうか?
古川:私自身が、大手の企業を離れて、起業などのスタートアップの世界に初めて触れたのがインシアードでMBAを所得した時でした。ベンチャーキャピタルという仕事があることを初めて知ったのもその時です。
私自身が起業するというのも一つ選択肢としてあったのですが、どちらかというと、いろんなものに関わっていたい、いろんな分野を見ていたい、いろんな起業家に会いたいというのがモチベーションとして高かったので、VCの仕事も面白いと思っていました。
その中で2019年に、東大IPCに加入したのは、偶然ご縁をいただいたことが大きいです。その前から官民ファンドと言いますか、国が関わったファンドで働いて、国に貢献するというところにも興味がありました。
他にも、普通のVCだと難しいのだと思いますが、大学にいるといろんな研究者に直接出会えることも、モチベーションになっています。大学にいるからこそ見える世界があって、非常に面白いです。
J-STORIES:いろんな研究に出会えるということですが、東京大学をはじめとして、国内の研究機関発の研究を実際に見ている古川さんからみて、今の日本の大学発の研究にはポテンシャルを感じますか?
古川:そうですね、本当に我々が知らない基礎研究、応用研究も含めてたくさんあります。事業になったら面白いなと思うものはとってもたくさんありますので、どんどん支援していきたいです。
記事:一色崇典 編集:北松克朗
トップ写真 提供:J-STORIES (高畑依実) 撮影
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東大IPCパートナー(投資担当)古川 圭祐さんは、「2024 日本・台湾イノベーションサミット」DAY2(9月18日)午前の部にて、基調講演を行います。
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