J-STORIESー迫害、紛争、暴力、人権侵害などにより望まぬ形で故郷を追われた人々は現在、第2次世界大戦以降で最大の1億2,000万人に達している。日本の人口とほぼ同じ規模で、地球上の約80人に1人が難民という計算だ。
しかし、難民救済が世界的な課題になっているにもかかわらず、日本の難民認定率は他の先進国と比べ極端に低い。コロナ禍の入国制限が緩和されて以降、日本への難民申請者は急増しており、昨年(2023年)には1万3,823人が申請を行なっているが、認定者はわずか303人に留まっている。
こうした中、国連が定める「世界難民の日」(毎年6月20日)に合わせ、難民受け入れと社会改革のイノベーションを結び付ける新しい視点のイベントが6月19日に東京都内で開かれた。
難民となった人々を受け入れ、彼らの人材価値や多様性を活用すれば、画期的なビジネスのアイデアが生まれ、社会改革にもつなげることができる。それを可視化させることで、避難民支援の必要性を訴えようというのがイベントのねらいだ。
イベントを開催したのは、難民の就労支援をする都内のNPO法人「WELgee」。 「世界難民の日アイデアソン2024」と題されたこのイベントは、難民問題に取り組む海外の専門家や日本の様々な業種の企業担当者がチームに分かれ、人権課題を解決するビジネスアイデアを競った。
イベントには、シリア、コンゴ民主共和国、ウクライナなどの国から来たエンジニア、デザイナー、医療研究者など、命の危険を感じて日本に逃れてきた11名の外国人が参加。企業からは、アクセンチュア株式会社、パーソルホールディングス(株)、PRTIMES株式会社など、17社から約34名が加わった。
アイデアソンの形をとることで、難民と支援する側の人々が直接出会うだけではなく、難民受け入れの価値を高めるアイデアを一緒に作り出す機会にもなった。参加者に「ダイバーシティ(多様性)を生かすイノベーション」の可能性を体験してもらう場を提供した、と主催者のWELgeeは話している。
「日本にたどり着いた方々が持っているキャリアを活かし、彼らの人生の再建を後押しする。難民認定を待っているだけではないゴールを作りたい」と、WELgee代表の渡部カンコロンゴ清花さんは語る。
難民希望者の多くは、紛争、差別、迫害により故郷を捨てざるを得なかった人たちで、様々な職業経験や高い語学力、特別なスキルを持つ人も少なくない。WELgeeは、そのような人たちを難民としてではなく、高度人材として日本で暮らせるようキャリア教育を行ったり、企業への紹介、定着支援などをしている。
震災時用化粧品ボックス、VRプチ遊園地
この日開催されたアイデアソンでは、難民当事者や企業関係者らが4-6名のチームに分かれ、難民という人権問題をビジネスの力で解決するソリューションのアイデアを作って競い合った。
各グループには事前に消費者向けの小売り、化粧品、携帯電話、インターネットなど8つの業態が議論のテーマが与えられた。新たなサービスや事業コンセプトをめぐる白熱した議論の結果、「震災時に使える化粧品ボックス」や「誰もが非日常を味わえるVR(仮想現実)プチ遊園地」など、ユニークな事業アイデアが数多く生まれ、最後にチームごとのプレゼンを行った。
優勝したのは、VRプチ遊園地の事業を提案したチーム。そのチームに参加したシリア人のイスカンダー・サラマ (Iskandar Salama)さんは、現在BonZuttnerというIT企業のCTO(最高技術責任者)で、シリア難民のエンジニアと日本企業をつなぐ仕事をしている。「難民キャンプにいる子供たちや障害や貧困のせいで実際に遊園地に行けない人たちのために、VRで遊園地を楽しめるサービスのアイデアを議論した」と話す。
「最初は、遊園地と人権というテーマをどう結び付けるかが難しかった。VRを使えば、ディズニーランドやディズニーシーなどに実際に行かなくても、その場の雰囲気を楽しむことができる。そして、このVR機材を設置した場所では、訪れた人々がVRグラスをかけるのを手伝ったりする人が必要になるので、難民やお金のない人たちを雇うこともできます」。サラマさんは今回の議論で出たアイデアがいつか投資を得て、実現することを願っていると話す。
両親がベトナムから日本にやって来た難民でPERSOL Global Workforce株式会社社員の竹原光明(ベトナム語名:Huy)さんは、会社の上司に誘われて今回のイベントに参加した。彼のグループでは、外国人の男性が、「自分は外国人で信用がないからスマホの分割払いを組ませてもらえず困っている」という発言をしたところから議論が進み、スマホと送金サービスをセットにしたビジネスアイデアを考えたという。
「ちょっとしたきっかけで新しいビジネスというのが生まれるんだと感じました。他の人からのヒントが大きなひらめきになりました」と、竹原さんは今回の議論を振り返った。
他の日本の参加者からも、様々なバックグラウンドの人達から新しい視点が得られた、ディスカッションの幅が広がったなどとの感想が寄せられた。
産業界を巻き込む
WELgeeでエンゲージメント推進部統括を務める林将平さんによると、近年、世界では政府が難民として認めるだけでなく、産業界を巻き込んだ動きがあるという。
アメリカでは2022年9月、アマゾン、ヒルトン、ファイザー、ペプシなどアメリカを代表するグローバル企業が3年間で22,725人の難民雇用をすると宣言した。
今回のイベントのスポンサー企業でもある株式会社オウルズコンサルティンググループのプリンシパル、矢守亜夕美さんは、「人権」という概念が今、企業経営にとって非常に重要になってきていると語る。
同社には昨年から企業から人権についてどうしたらよいかわからないという相談が多く寄せられているという。
「人権侵害に関与しない企業であるというのは非常に大事ですが、今後は企業として当然のことになってきます。守りだけではなく、攻めの人権対応が同時に必要。そしてその最先端の例が難民の雇用や就労支援なのです。日本のビジネスセクターでもこれを進めていくべきだと思っています」
記事:大門小百合 編集:北松克朗
トップ写真: WELgee 提供
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