編集長インタビュー 〜 株式会社 サイフューズ 代表取締役 秋枝静香さん
世界には細胞組織を作成できる3Dバイオプリンターを開発する企業が約 50社ある。この中でサイフューズのように販売まで行っている企業は約10社程度と言われている。生花の剣山に似た、直径0.2ミリの極細の針が集積する土台の上に細胞を積み重ね、再生医療に使う血管や神経細胞などの組織を作り上げる「剣山メソッド」という独自の技術で、移植可能な組織や臓器を再生できることが同社の売りだ。学生時代、サッカーでは世界を相手にプレーしてきたという「リケジョ」のスタートアップ経営者、株式会社サイフューズ代表取締役の秋枝静香さんに編集長が直撃インタビューを行った。
・・・
J-STORIES - スタートアップの創業者には、学生時代に何かに熱中していた人たちが多い。3Dバイオプリンターを使った再生・細胞医療の先端を走る日本のバイオテック企業、株式会社サイフューズ(本社・東京都港区)の秋枝静香代表が「リケジョ」になる前に熱中していたのは、意外にもサッカーだった。
サッカーボールに似ているというだけで、正六角形を組み合わせた構造を持つ「ベンゼン環」の形が大好きになり、そこから化学の研究にのめりこんだ。
「動機が不純ですよね」と秋枝さんは笑いながら福岡での高校時代を振り返る。サッカーでは、高校・大学時代ともに日本選抜に選ばれるほどの実力だったが、当時はまだ「なでしこジャパン」などといわれる時代でもなく、プロの選手としてやっていけるとは思えなかったという。
その後、大学院を経て骨肉腫の研究をするうちに、足を失ってしまう子供たちのために何かをしてあげたい、という想いを募らせるようになった。その頃に出会ったのが、九州大学医学部の研究チームが進めていた日本独特の再生臓器の作成法、「剣山メソッド」だった。
「剣山メソッド」は、生花の剣山に似た、直径0.2ミリの極細の針が集積する土台の上に細胞を積み重ね、再生医療に使う血管や神経細胞などの組織を作り上げる。「日本人ならではの技術というか、ある意味で職人芸に近い」(秋枝さん)というほど非常に根気がいる方法だ。
秋枝さんは、「剣山メソッド」の研究開発に加わり、その後チームで事業化、サイフューズの代表に就任した。
「(3D)プリンターがない頃は、自分で20時間くらいかけ、手作業で(剣山に細胞を)積んでいました。黙々と、黙々と。それはそれで楽しいですけど」と秋枝さんは今から15年ほど前の様子を語る。
その後、3Dバイオプリンターの導入で作業効率は40倍も改善、「剣山メソッド」は再生医療の選択肢として十分に実用化できるメドがついた。現在は3センチ程度の血管や神経細胞であれば、数時間ほどで作成できる。
この技術を用いて作った神経組織などは、臨床試験としてすでに国内10人ほどの患者に対して移植を実施し、成功しているという。
「剣山メソッド」の最大の利点は、実験・研究用だけではなく、実際に移植可能な組織や臓器を再生できることだ。その理由を、秋枝氏はこう説明する。
「他社のプリンターは必ずゲルとかコラーゲンとか人工の材料が混ざっていますが、細胞だけで積み立てるというものは当社のものしかありません」と秋枝氏。ゲルなどが混ざっていると、臓器としての形はできたとしても、移植すると(体内の温度で)溶けてしまうので、移植用臓器にはならない。
剣山メソッドで作った臓器はそうしたことはなく、縫合もできる。「ちゃんと移植ができる臓器を作るという意味では、おそらく今のところ当社の装置しかできないと思います」と秋枝さんは話す。
世界には細胞組織を作成できる3Dバイオプリンターを開発する企業が約 50社ある。この中でサイフューズのように販売まで行っている企業は約 10社程度と言われている。同社は、これまでに日本とアメリカで約30台ほどのバイオプリンターを販売した。ほとんどは、臓器作りの共同研究を臨床現場で行っている医療機関への提供だという。
市場調査機関 MarketsandMarkets Research によって発表された最新のリポートでは、世界の3Dバイオプリンティング市場の収益は、2024年現在、13億ドル (約2,000億円)と推定され、2029年までに24億ドル(3,800億円)に達すると予測されている。2024年から2029年の間に年平均で約13%のペースで成長する見込みだという。
学生時代、サッカーでは世界を相手にプレーしてきた秋枝氏。再び、今回は再生医療という分野で世界を目指す準備を整えつつある。米国のスタンフォード大学やジョンズホプキンズ大学など、全米の有力大学の医療機関と共同研究を開始。本格的な米国そして欧州への進出を準備している。
「この技術のメリットの一つは、患者さん自身が自分の細胞から、自分の体に移植する組織や臓器を作れるようになることです。」と秋枝さん。「同時に、入口ではなく出口をカスタマイズする技術、つまり、それぞれの患者さんの体内で、必要な臓器の大きさなどに合わせて組織をつくることを可能にするような技術開発を行っていくためにも、アメリカへの進出を目指しています」
秋枝さんは、この3Dバイオプリンター技術が、人類に不老不死をもたらしたり、病気などの苦痛を完全に取り除くものになるとは考えていない。
「私たちはお医者さんではありませんが、新しい治療法をひとつでも増やせたらいいなと思っています。手術もある、薬もある、そして、その中のひとつとして再生医療があって、さらにそれが自分の細胞を使ってできたものがいいのか、他人の細胞でできたものがいいのかなどを選べるようにしたいと思っています。」
こうした状況はあと5−6年後には現実のものとなるというのが秋枝さんのビジョンだ。
「2030年ぐらいまでには、患者の皆さんの近くの病院で、私たちのこういう治療が選択肢に入るようにしたいと思っています」
同時に、海外での競合他社のスピード感を考えると、これは決して早いペースとは言えない、と秋枝さんは自戒を込めて語った。サッカーに続いて、再生医療という舞台で、秋枝さんがめざす世界への2度目の挑戦は、これから本番を迎える。
記事:前田利継(編集長) 編集:北松克朗
トップ写真: 前田利継 撮影
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。
***
本記事の英語版は、こちらからご覧になれます
緑内障の視神経再生をお願いします