「水の深呼吸」を促す新技術、澱んだ水域に命を吹き込む 

化学薬品を使用せず、水自体を動かして低コストで自然の浄化作用を促進

5時間前
by Kei Mizuno
「水の深呼吸」を促す新技術、澱んだ水域に命を吹き込む 
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JStories ー「地球温暖化」と聞くと、氷河の溶解や海面上昇といった現象に耳目を奪われがちだが、温暖化は水質汚染をもたらす大きな要因でもある。水温が上昇すると、植物プランクトンが大量発生し、アオコなどが異常増殖して水中の酸素濃度が低下する。魚類や藻類などを窒息死させるだけでなく、異臭や有毒物質が広がって水環境を破壊することもある。
温暖化による水質や生態系の連鎖的な悪化はここ数年、日本だけでなく世界各地の海や川、湖沼などで顕著に観測されている。世界で最も透明な湖と言われるロシアのバイカル湖でさえ、アオコの発生が確認されている状況だ。
地球温暖化による被害の例     写真提供:Envato
地球温暖化による被害の例     写真提供:Envato
こうした水質の悪化を食い止め、美しい水域を取り戻す最善の方法は、”琵琶湖の深呼吸”という呼び名でも知られる自然の浄化作用を人工的に促すことだ。琵琶湖では、冬場の寒気と風の影響で、水面の冷たい水と湖底の温かい水が自然に混じりあって酸素濃度や水温が均一になる。「全層循環」と呼ばれるこの浄化現象は、海洋においても台風による波の動きなどによって生み出されている。
澱んだ水の再生策として、水中に空気の塊を吹き込んで全層循環を促す方法がこれまでも行われてきたが、装置が大きすぎて川など水深が浅い場所では使用できない、コストが高いなどのデメリットも指摘されてきた。薬剤の散布で短期間に改善する方法もあるが、水中に長期間残存し、生態系にさらなる悪影響を与える懸念もある。
こうした中、新しいテクノロジーで水の深呼吸による自然浄化を促進しようというスタートアップの動きも広がっている。そうした企業のひとつが、世界25カ国で特許を取得し、様々な水域の浄化に取り組んでいる環境技術ベンチャー、エビスマリン(本社:長崎市)だ。
「世界の水を元気にする」をミッションに掲げる同社の中核技術は、空気の塊ではなく水自体を動かし、より効率的に低いコストで水の自浄作用を再生できる水流発生装置、ジェット・ストリーマーだ。エビスマリン会長で、親会社であるイービストレード(本社:東京・神田)の社長を務める寺井良治さんは「化学薬剤を使用せず、水で水を動かして表面から水底まで全水域における水質を改善する技術」だと語る。
エビスマリンの会長、イービストレード(エビスマリンの親会社)の社長を務める寺井良治氏  写真提供:エビスマリン株式会社 (以下同様)
エビスマリンの会長、イービストレード(エビスマリンの親会社)の社長を務める寺井良治氏  写真提供:エビスマリン株式会社 (以下同様)
ジェット・ストリーマーを一つのダムに設置した場合、5000万円から1億円程度の費用がかかるが、それでも従来使用されてきたタイプの装置に比べ約1/3程度のコストに抑えられるという。空洞構造なので水中のゴミがほとんど詰まることなく、メンテナンスも最小限で済む。また、主な素材には軽量でありながら高い強度と耐久性を持つFRP(Fiber Reinforced Plastics/繊維強化プラスチック)を採用しているため、一度設置をすれば、10年単位で使用可能だ。
稼働中のジェット・ストリーマー、効率的な水の動きで循環を促進し、水質を改善する様子
稼働中のジェット・ストリーマー、効率的な水の動きで循環を促進し、水質を改善する様子
従来の装置に比べ小型で軽いため、設置場所の変更や撤去となった場合にも対応が容易で、川などの浅い場所でも設置することができる。小型で軽量という特性を生かし、水質が悪化する夏場の数か月間のみ使用するなど、季節稼働のプロジェクトにも利用しやすい。
同社はジェット・ストリーマーのほか、超音波装置やオゾン発生装置なども手掛けており、アオコの発生状況や水深・地形など自然の状況に合わせて装置を使い分けたり、オプション追加など柔軟な対応ができる強みがある
稼働中のジェット・ストリーマー、水質と循環の改善に使用されている技術
稼働中のジェット・ストリーマー、水質と循環の改善に使用されている技術
寺井さんによると、ジェット・ストリーマーはすでに北は秋田県から南は沖縄県まで、海でのクラゲ対策や赤潮・青潮対策、ダム、湖沼、魚の養殖場、工場プラントの水質改善など様々な現場に導入されており、海外からもオリンピック開催地やアジアの国々などから問い合わせが届いているという。
沖縄・長浜ダムにおけるジェット・ストリーマーの設置、大規模な水域での水の循環促進効果を示す
沖縄・長浜ダムにおけるジェット・ストリーマーの設置、大規模な水域での水の循環促進効果を示す
2024年には地元長崎県とタッグを組み、ジェット・ストリーマーを活用する「水流制御による赤潮対策共同事業体」の実証実験を行った。今夏には、長崎県を中心に本格的に赤潮対策事業の稼働が予定されている。長崎県では、広範囲に及ぶ赤潮被害で養殖魚53万匹がへい死するなど、約15億円とも言われる深刻な被害が出ており、漁業分野での今後の活用に期待が寄せられている。
エビスマリンが設計した太陽光で動く浮遊型デバイス「アオコウォッチャー」、水面から青緑藻を監視し除去するための装置
エビスマリンが設計した太陽光で動く浮遊型デバイス「アオコウォッチャー」、水面から青緑藻を監視し除去するための装置
同社ではストリーマー技術を応用し、水流だけではなく「空気で空気を動かす」装置開発にも挑み、下水道工事用の送風機を東京都下水道サービス株式会社と共同開発。現場での活用も始まっている。
「私たちは“流動屋”。澱んで停滞しているものをかきまぜ、活性化させるのが使命です」と寺井さんは言う。
エビスマリンの代表取締役である寺井良治氏
エビスマリンの代表取締役である寺井良治氏
同社のある長崎県は、山と海が迫っていて湾も多く、地形的に水がよどみやすい場所が数多くあるという。加えて地域経済も停滞し、2023年の転出超過は全国で3位となるなど、人口減少も進んでいる。
工場見学の際に高校生と一緒に環境技術に関するワークショップを行うエビスマリンのスタッフ
工場見学の際に高校生と一緒に環境技術に関するワークショップを行うエビスマリンのスタッフ
「水も空気も経済も、すべては“澱んでしまうこと”で問題が起きてくる。そういったものを流動させ、流れを作り、活性化させていきたい。国内外で我々の技術を必要としている現場はたくさんある。長崎から世界中にこの技術を広げ、自然環境だけではなく長崎の経済も元気にしていきたい」と、寺井会長は語った。
記事:水野佳 
編集:北松克朗
トップ写真: エビスマリン株式会社 提供 (Collage from JStories)
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

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