J-STORIES ー 絶滅の危機が叫ばれるサンゴ礁生態系の再生に向け、人工的な飼育技術を研究している日本発の取り組みが新しい段階に入った。東京・虎ノ門にある東大発のベンチャー企業が今年1月、社内の水槽に再現した環境下で2回目のサンゴ抱卵を実現。その時期も自然環境とは異なり、人工的にコントロールすることに成功した。
サンゴ礁の人工再生に取り組んでいるベンチャー企業、イノカでは、人工知能(AI)やIoT(モノのインターネット)とアクアリスト(水生生物の飼育専門家)の知見を組み合わせ、海の水を使うことなく、サンゴが育つ自然環境を水槽の中に再現している。
同社を2019年に創業した高倉葉太・最高経営責任者(CEO)によると、水槽には沖縄の海と同じ水質や海水温などの条件を再現しているが、沖縄の自然環境で抱卵がみられるのは毎年6月頃で、真冬の抱卵はありえないという。今後、水槽内での産卵が実現すれば、世界では4例目、国内では初の成果となる。
イノカでは海の自然環境を人工的に再現できる環境移送技術を持つ。その基幹となるのは水槽管理システム「Moniqua」(Monitoring Aquariumの略)で、同社広報の勝西さんによると、サンゴが生育する環境を任意の水槽に構築できるだけでなく、その水温制御技術でサンゴの白化(サンゴの体内の褐虫藻が大幅に減少し白くなる現象)を再現し、研究することが容易になったという。
サンゴ礁のある海域は地球全体の海の表面積のわずか0.2%に過ぎないが、海洋生物の25%が生息している。サンゴ礁は護岸や漁場の提供という役割があるほか、医薬品や建築材料になる素材を持つなど、大きな経済的な価値がある。しかし、20年後には気候変動に伴う海水温の上昇によりサンゴ礁の70ー90%が消滅する可能性が高いと言われている。
自然環境下でのサンゴ礁再生について、代表取締役の高倉葉太さんはJ-Storiesの取材にメールで回答。その中で、人工産卵できるサンゴの種類を増やし世界中の海に戻すことは可能とする一方、「根本的な 環境問題の解決を目指すことが最優先だ」との考えを示した。
同時に、サンゴは観光や漁業だけではなく、最近ではがんの治療薬に使われるなど新薬の開発などにおいても注目されていると指摘。「環境移送技術によりサンゴ研究が進めば、製薬業界にとってサンゴのニーズが高まり、サンゴに経済的な付加価値が生まれる」との期待を示した。
同氏は、サンゴ礁の保全に取り組む企業の姿勢が「きれいだから守る」ではなく「価値があるから守る」に変わることが重要とし、それが「人と自然の双方に利益を生む社会」の実現につながる、と述べている。
記事:高畑依実 編集:北松克朗
トップ写真:ivankmit/Envato
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