JStories ー 名だたるアーティストやセレブリティたちが魅力的に着こなし、洗練されたスタイルとして定着したストリートファッション。市場調査会社「Fortune Business Insights」によれば、世界の市場規模は2024年の347億ドル(約5兆円)から、2032年にはおよそ2倍の637億ドル(約10兆円)に成長すると予測される。とくに欧米やアジア圏での需要の伸びが目覚ましいという。
日本では1990年代、東京の裏原宿と呼ばれるエリアで独自のストリートカルチャーが生まれ、世界に大きな衝撃を与えた歴史がある。その流れを汲む日本のファッションブランドは多く、世界で高い評価を受けているが、中でも目覚ましい急成長で注目を集めるのがHUMAN MADEだ。

HUMAN MADE社の売上は、この4年間で18億円から112億円とおよそ6倍にまで増加、営業利益は31億円、営業利益率は28%に及ぶ。しかも、海外での需要はとくに高く、売上高の約63%を占めている。高成長が可能になった理由の一つは、2022年から現CEOの松沼礼氏が経営全般を管掌するようになったことだ。
「私が経営に参画したのは2021年のことでした。以後、創業者のNIGO氏がクリエイティブに専念し、クリエイティブと経営をいい意味で分離して、順調に成長しています。ファッションを一過性のものとして扱うのではなく、ブランドの特質や価値が永続的に続く仕組みづくりに着手したことが成功の要因だと考えています」
創業者のNIGO氏は裏原宿を起点としたストリートファッションブームの立役者の一人であり、現在HUMAN MADEのアドバイザーを務めるファレル・ウィリアムス氏やKAWS氏をはじめとする世界の大御所アーティストたちと親交が深い。グローバルなファッショントレンドを牽引する彼らがHUMAN MADEを愛用し、彼らをリスペクトする若きアーティストたちもこぞって身につけてはSNSで発信することで、世代を超えてファンが増え続けている。

「アーティストたちの世界観をいかにして世界中の人たちに熱量を持って届けられるかということと、それをどのように販売につなげ、サプライチェーンマネジメントを充実させるかということを同時に考えてきました」と松沼氏は言う。
「たとえば現在、お客様にワクワクする感覚を味わってもらうために、毎週木曜に新製品をオンラインストアで公開、土曜に発売するという販売サイクルを採用しています。こうした仕掛けを考える際には、以前、私自身がユニクロで得た知見、経験が生きているのではないかと思います」

経営とクリエイティブを分離することで収益拡大に成功した例は世界にも多く、広く知られているものとしてLVMH(旧Louis Vuitton)の存在がある。大和総研の分析によれば、LVMHが成功した要因は「ファミリーによる経営からプロ経営者による経営の変化」にあるという。
1977年に経営のプロであるHenry Racamier氏を迎えるまではフランス国内に2店舗を構えるのみだったが、経営とクリエイティブの分離により、わずか十数年のうちに世界130店舗を展開するまでに急成長。その後、現在の会長Bernard Arnault 氏のもとで、LVHM は世界最大のハイクオリティブランドを多数有する企業になっている。
松沼氏は、HUMAN MADEが成長していく中で、「どれほど優れたブランドであってもクリエイターの寿命とともに終わる可能性があるという構造的な危機を感じていた」と話す。
「日本が後世に残してゆくべき知的資産がそこで消えてしまうとしたら、あまりにももったいない。埋もれかねないブランドを後世につなげるビジネスの仕組みづくりの必要性を感じました。漫画やアニメ、ゲームが日本の誇る文化として未来永劫残り続けるように、HUMAN MADEもこの世界観を文化資産と捉え、時代を超えて成長し続けるブランドでありたい。そのためのビジネスを確立させることが使命であり、存在意義であると考えています」
コーポレートスローガンは「CULTIVATE CULTURE」。松沼氏は「文化を育てることは心を耕すこと」だと語る。
「映画や音楽、ファッションなどの文化は、人が生きる上で絶対必要なものではないかもしれません。けれども、豊かな心が育まれることでリテラシーが生まれ、豊かで平和な世界につながります。世界中でHUMAN MADEがその地域のカルチャーの起点になり、多くの人の心を豊かにし、よりよい世界の実現に寄与できたら嬉しい。そんな願いをこめた言葉です」
松沼氏が思い描くHUMAN MADEの将来像は、日本を起点にして世界の文化の創造に貢献する企業の姿だ。
「今後は長期的な成長を見据えて、インテリアやアウトドアなど衣食住にまつわるすべてのものにブランドの世界観を派生させ、会社のミッションを実現させる新規事業を展開していきます。そしてIP力を活かしたライセンスアウトや、ブランドの世界観によって相乗価値を生む事業に対しての投資も考えています。AIが活躍する時代だからこそ、『HUMAN MADE』という言葉自体、価値のあるものではないでしょうか」

これから日本発の文化やライフスタイルを世界に、そして未来に伝えていくための活動を加速させる中で、HUMAN MADEはこれまで以上に海外市場での存在感を高めていくだろう。
具体的な計画の一つは、世界的なHUMAN MADEの店舗展開だ。現在、32の国と地域、82の店舗でプロダクトを展開しているが、原宿のオフラインストアのように世界観がまるごと伝わるような発信拠点を世界中に構えることを目指す。各地域の文化発展に寄与できるブランドになるためには、それぞれの国にふさわしい経営陣、組織の確立も必要となる。

「HUMAN MADEはブランドそのものを文化的な知的財産と捉えている」と松沼氏は話す。日本発の文化や資産を世界に伝え、未来へ向けて育むという目標を掲げるHUMAN MADE社は、日本を代表する企業としてますます世界に大きな影響を与えていくことが期待できそうだ。

記事:嵯峨崎文香
編集:北松克朗
トップ写真:Moritz Brinkhoff | JStories
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