J-STORIES ー 高齢化や人口減少が進む中、世界各地でウェアラブル(身体に装着できる)ロボットの開発が進んでいる。加齢によって衰えた運動機能を補助したり、強化するだけでなく、医療、介護、製造業、建設業、物流業などの様々な作業現場で働く人たちにとっても、ウェアラブルロボットは身体の負担を和らげる役割を担っている。
社会や暮らしの必需品にもなりつつあるウェアラブルロボットを、重々しい装置ではなく、もっと気軽に利用できる製品として開発できないか。信州大学の繊維学部で研究に従事していた橋本稔さんがめざしたのは、衣服のように軽く装着でき、身体にパワーを与える「着るロボット」の実現だった。
橋本さんは2017年に信州大学発のスタートアップ企業としてAssist Motionを設立。「curara(クララ)」と名付けた独自開発のウェアラブルロボットを生み出し、病院や介護施設だけでなく、2022年からレンタルと販売で一般利用者への提供も始めている。
ウェアラブルロボットといえば、物流や介護などの現場で作業負担を軽減させる役割のものも多いが、curaraは加齢や事故、病気などで歩行に支障をきたした人たちのリハビリトレーニング専用の設計で、「歩く力」を取り戻すサポートに特化している。命名の由来は人気アニメ『アルプスの少女ハイジ』。ハイジの友達のクララが車いすから一人で立ち上がって歩き始めたように、このロボットを使って一人でも多くの人たちに自分の力で歩いて欲しい、という願いを込めているという。
衣服を着たり脱いだりするような手軽さを考え、curaraの重さは4関節をカバーするフルセットコントローラー一体型で2.9kgに抑えてある。2関節だけをアシストするハーフセット型は1.8kg。一般的なウェアラブルロボット(作業時に腰の負担を軽減するタイプや歩行補助タイプなど)は、ロボット自体が骨格を持っていて全体を支える構造になっているため、重さは15kg程度が主流だ。
Curaraは各モーターを身体の関節の近くに取り付け、人の動きだけを抽出してアシストする「非外骨型ロボット」なので、ロボット自体を支える骨格が必要ない。繊維の研究を活かした衣服のような形状のため、より動きやすい。さらに体に電極を貼る手間がなく、ベルトを巻いて体に固定するだけで使用できるため、装着の負担も少ない。「リハビリに用いて歩行速度を上げたり、歩幅を広げたり、左右のバランスを改善したりできる」と橋本さんは言う。
人の身体にくらべ、外骨格型のロボットは人の動きが拘束されてしまい、関節などを動かせる自由度がはるかに小さい。たとえば、人の股関節は前後左右、回転の動きができるが、一般的なロボットは前後しか動かせない。これに対し、curaraは「人がロボットに無理に合わせるのでははなく、ロボットも人の動きに合わせる。互いに動きを合わせ、歩行を可能にしていくことが大きな特徴」(橋本さん)」と話す。
橋本さんにはcuraraの開発に取り組んだ大きな理由がふたつある。ひとつは信州大繊維学部という研究環境だ。「着るロボット」というコンセプトは繊維学部らしいロボットをめざす研究となじみやすく、また学部には衣服の研究者も多く、着心地などの知見の共有が可能だった。
もうひとつは、10年ほど前に介護施設に入った母の姿だった。「母はそれまで自分の足で歩いたが、介護施設に入って1年もしないうちに車いすをあてがわれ、歩く機会が減って歩行が困難になっていった」。日常生活で自分の足で歩く機会が与えられていれば、今も歩けていたのにという思いが橋本さんにはある。
今のところ、curaraの利用者は、高齢者よりもリハビリテーションなどで神経難病や股関節の骨折患者が中心だ。次のステップとしては、高齢者の歩行支援も視野に入れ、軽量化とコストダウンの課題をクリアし、歩行のみならず生活動作を助ける新しいロボットを市場に出していくことを目標としている。
「青信号のうちに横断歩道を渡り切れない高齢者や子どもを抱えながら歩く方のサポートをできるロボットを開発していきたい」。そのためには起立、着座、階段や坂道の上り下りなどのほか、それ以外の生活動作をアシストするロボット機能を開発する必要性があるという。
今後の最も大きな課題は、一般の人が求めすい価格の実現だ。curaraをフルセット(4関節)で購入すると、現在は税込1,749,000円という高額の費用がかかり、市場に出回りにくいハードルとなっている。「将来的に介護保険の適用になる福祉用具として安価に提供できるようになれば」と橋本さん。
コスト削減と同時に、新しい利用分野の拡大もめざす。いま取り組んでいるのは、子ども用のウェラブルロボットの開発。乳幼児から未就学児を念頭に、身長90㎝から145㎝まで身体をサポートする。
「脳性まひや二分脊椎のお子さんは、生まれたときから歩き方を知らないため、歩く動作を獲得していかなければならない。長野県立こども病院(安曇野市)と共同で開発を進めており、今年中に実証実験を行い、来年には実用化できればと考えている」。
また2年後を目途に、海外進出にも取り組む方針だ。特に東南アジアの国々では、自国だけではなく海外からの患者に対して介護や治療を行うことも多いため、市場は広がる可能性があるという。
記事:石井広子 編集:北松克朗
トップ写真: AssistMotion提供
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。
***
本記事の英語版は、こちらからご覧になれます