J-STORIES ―がんの治療では、患者ひとり一人の腫瘍の特性を分析し、投与する薬物などの影響を事前に把握することが重要だ。時間との競争でもあるこのプロセスを3次元培養したがん細胞の「アバター」(分身)で行い、より速く、的確に個別治療のオプションを提案する新しい技術の開発が進んでいる。
新しい個別化技術に取り組んでいるのは、台湾のスタートアップである CancerFree Biotech(精拓生技、CEO 陳柏翰 Po Chen )。同社は今年5月、東京都が主催するアジア最大級のスタートアップイベント 「SusHi Tech Tokyo Global Startup Program」のピッチコンテストに参加し、507社の中から、ファイナリストに選出された。現在、台湾、日本、中国、ベトナムで個別化がん薬物検査技術のサービスを提供している。
がんの検査は、これまで平面(2次元、2D)培養によってがん細胞を成長させる手法が主流になってきた。しかし、平面培養は費用対効果が高い反面、生体内の環境とは大きく異なることから腫瘍内の細胞の複雑さや他の組織との相互作用などを十分に反映できないという課題があった。
この限界を克服するために研究されているのが、ヒトの臓器や細胞を体外でアバターのように3次元(3D)で再構成する「オルガノイド(臓器もどき)」という技術だ。3D環境で培養することにより、がん細胞の特性や多様性をより正確に再現できるうえ、これまでより短時間で数多くの細胞を低コストで作ることが可能だという。
CancerFree Biotechが独自開発した3次元のオルガノイド培養プラットフォーム「Ex-Vivo Avatar(生体外アバター)」は、血管に浸潤し血液中を流れているがん細胞(CTC、Circulating Tumor Cells)を3D培養し、AIの画像認識を活用して、様々な薬剤の感受性を検査するシステムだ。
検査はわずか20mlの患者の血液があれば可能。効果の有無が明確でない薬剤による副作用を軽減するだけでなく、対象患者に適した治療法を検討するまでの時間も短縮することができるという。血液採取から、およそ3週間で個別化治療のオプションを医療機関に提供している。
同社によると、この検査は、ステージ2以降のがんで、特に固形腫瘍に有効とされている。「現在、検査技術を利用した約75%の患者の治療において有効性を認めている」と陳CEOは語る。
陳さんは、がんに罹患した父親の治療中、台北医科大学が取り組んでいたがん治療の個別化薬物検査技術の革新性を知り、がんの治療がさらに個別化されれば、より多くの患者を救えると考えた。2018年にCancerFree Biotechを設立、同大と連携し、「EVA」(生体外アバター)を確立させた。現在は台湾をはじめ、日本、中国、ベトナムで個別化がん薬物検査技術のサービスを提供している。
陳さんは、日本での事業展開について「距離的にも近く文化的にも台湾と似ている」として「以前から視野に入れており、パートナー契約もすでに進んでいる。年内にも日本に研究の拠点を整備したい」と語った。
こうした準備の一環で、今年5月には、東京都が主催するアジア最大級のスタートアップイベント 「SusHi Tech Tokyo Global Startup Program」に参加し、台湾唯一のスタートアップとして出場したピッチイベントでは、見事参加507社の中から、ファイナリスト7社に選ばれた。イベントで受賞した特別賞には、1年間のオフィススペース使用権などを含んでおり、今後は日本国内の拠点として、東京のみならず、大阪や沖縄での視察も行う予定だという。
Startup Island TAIWAN 提供
陳さんは「この技術が、さらに多くの業種に広がることで、がんの細胞療法だけでなく、がんワクチンの進展、新薬開発にも寄与できるはず」と話している。
記事:大平誉子 編集:北松克朗
トップページ写真: CancerFree Biotech
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