J-STORIESでは、革新的な取り組みを行う日本のスタートアップを海外に紹介している人気ポッドキャスト番組 [Disrupting JAPAN]とコンテンツ提携を開始し、最新のエピソードや過去の優れたエピソードの翻訳版を4回に分けて紹介していきます。本編(英語版ポッドキャスト)は、こちらで聴取可能です。
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SaaS(Software as a Service:DropboxやZoom、Salesforceなどクラウド上で提供されるソフトウェアのこと)スタートアップの評価額や成長率は、世界のほとんどの地域で急激に下落していますが、日本ではその傾向は見られません。
日本のSaaSスタートアップは急速に成長しており、このトレンドは今後5年間でさらに加速すると予測されています。
本日は、One Capitalの浅田慎二さんに、日本のまだ開拓されていないSaaS市場の可能性、彼独自のSMB(Small and Medium-sized Businesses:中小規模の企業、特に小規模企業や中堅企業を含む)と製品に焦点を当てた投資方針、そして日本のスタートアップエコシステムで起きている大きな変化についてお話を伺いました。
非常に興味深い対談であり、きっと楽しんでいただけると思います。
(全4回の3回目。Part2の続きから)
日本のSaaS市場が今注目される理由
ティム: それでは、もう一度日本のSaaSについて話しましょう。これはあなたにとって重要なテーマだと知っているので。確かに、SaaSはみんなに人気で、利益率が高く、成果も測りやすく、スタートアップが順調に進んでいるかもすぐにわかります。しかし、アメリカでは実際に、SaaS企業が評価額が下がった状態で資金調達を行うことや、資金調達の条件が横ばいのままで進むことが増えています。また、資金調達の期間を延ばすケースも増えています。一時期非常に注目されていた分野が、少し冷めてきている印象です。対して日本では、SaaSはまだ非常に人気があります。日本にはSaaSが特にフィットする理由があるのでしょうか?
浅田: それは単なるタイミングの違いだと思います。アメリカのSaaS市場は急速に成長し、規模も大きくなりました。その後、ゼロ金利時代が続き、資金の需要と供給のバランスが大きく崩れました。例えば、年商が200万〜300万ドルの企業でも、ユニコーン(評価額10億ドル以上)レベルで評価されることがありました。でも、日本はアメリカの市場より遅れてこの分野に参加しています。日本ではSaaSの普及率がまだ4%程度で、今後伸びしろがたくさんあります。そして、コロナ禍によってデジタル化が一気に進みました。そのため、今の日本のSaaS市場には、アメリカ市場に比べてまだ大きな成長の可能性があります。また、日本のVC市場は世界的に見るとたぶん120位か130位くらいだと思いますが、この市場も成長しています。過去7年で投資額は10倍になり、年間約100億ドルがスタートアップに投資されています。規模としては大きいですが、アメリカに比べるとまだ小さい市場です。ユニコーン企業の数も、日本ではSaaS以外も含めて10~12社程度しかありません。一方、アメリカには約650社ほどのユニコーン企業があります。ただし、アメリカには偽ユニコーンもたくさんあると思います。結局、これも時間の問題だと思います。日本の市場がアメリカと同じ規模になるには、あと5~10年はかかるでしょう。その頃には日本でも300社ほどのユニコーン企業が現れるかもしれませんが、現時点ではまだ小さな市場と言えます。
ティム: なるほど。市場はまだ初期段階にあり、バリュエーション(評価額)も低く、普及率も低いので、日本のSaaSにはまだ大きな可能性があるということですね。
浅田: その通りです。
チーム、数字よりもプロダクト重視の評価アプローチ
ティム: では、素晴らしいSaaS企業を作る要素は何だと思いますか?また、日本でSaaS企業を評価し、投資する際に重視しているポイントは何ですか?
浅田: とてもシンプルなアプローチを取っています。それは「プロダクト」に尽きます。多くのVCが特に初期段階では「チーム、チーム」とチームを評価しますが、でも、もし本当に素晴らしいチームなら素晴らしいプロダクトを作れるはずです。それなら、プロダクトの評価にもっと集中するべきではないでしょうか。そのため、私たちは優れたSaaSプロダクトを実際に使ってみるよう努めています。現在、私たちは運営に100以上のSaaSアプリを使っており、それだけでなく、VCには必要ないようなマーケティングオートメーション(リード管理やメール配信を効率化するツール)やDevOps(開発と運用をスムーズに連携させるための手法やツール)、ブログ関連のSaaSプロダクトまで活用しています。そうした経験を通じて、ログインからログアウトまでの視点で「素晴らしいSaaSプロダクトとは何か」を定義しています。もちろん、完璧ではなく、学びながら進んでいますが、私たちは何よりプロダクトを見るのが大好きなのです。
ティム: 面白いですね。多くのVCはSaaSについて話すとき、「これが私たちが見るべき3つの重要な数字です」という感じで、数字をもとに評価すると言います。でも、あなたたちは実際にプロダクトを使ってみて、ユーザー目線での使い心地や感覚を大事にしているんですね。
浅田: その通りです。
成長段階に応じて、具体的な数値で投資判断
ティム: すごいですね。特に注目している指標みたいなものはありますか?それともプロダクトだけに重点を置いているのでしょうか?
浅田: 会社の成長段階に応じて、具体的な数値で確認するポイントを見ています。例えば、まだ収益がない段階では、どれだけのお客さんがサービスを続けて使ってくれているかを示す「リテンションレート」に注目します。シリーズA(比較的初期の段階)の会社では、年間売上が100万ドルくらいを目指すのが理想だと考えており、中期の段階では300万ドル~500万ドル、後期の段階では1000万ドル以上を目安にしています。私たちは特に、収益がまだ出ていない段階から年間売上が100万ドルくらいの会社に注力していますが、年間売上が300万ドル~500万ドルの中期の会社にも投資することがあります。こうした基準を目安にしています。
「projection-ai」:データと生成AIが導くSaaSの新たな可能性
ティム: なるほど、プロダクトの質と市場での反応に注目すれば、間違いは少ないですね。ところで、「One Capital Cloud Index」をまだ続けていますか?
浅田: はい、それを拡張して「projection-ai」という新しいプロダクトを立ち上げました。これは「BVP Cloud Index(Bessemer Venture Partnersが提供するクラウド企業の指標を示す指数)」に似ていますが、より多くのデータを含んでいます。約100社のデータを収集しており、70社がアメリカ、30社が日本のSaaS企業です。ARR(年間定期収益)やNRR(ネット・リテンション・レート、既存顧客の維持率)など、上場している企業のSaaSビジネスに関する指標を記録しています。
ティム: 生成AIについてはどのようにお考えですか?
浅田: 大好きです。毎日使っています。生成AIはすべてのSaaS企業に統合されるべきだと思います。SaaSは基本的に記録システムであり、その中には膨大なデータが蓄積されています。そのデータを活用して、ユーザーの生産性を向上させる学習がもっと進むべきです。だから、私はポートフォリオ企業すべてに、AIを製品に組み込むよう伝えています。
変わりゆく日本の起業家たちとその進化
ティム: それでは少し視点を変えて、日本全体について話しましょう。伊藤忠商事時代から投資のキャリアをスタートされて、これまでの間で日本の起業家たちはどう変わったと思いますか?この間で最も大きな変化は何でしょうか?
浅田: 私がこの分野に足を踏み入れたのは2000年頃のことで、それはかなり昔の話ですね。当時は、起業家と直接会う機会もありました。ただ、あまり否定的な印象を与えたくはありませんが、その頃の起業家の中には、大企業や中堅企業に就職できず、結果として起業以外の選択肢がなかった人たちも少なくありませんでした。それから10年ほど経つと、状況は一変しました。リクルートや三菱商事、伊藤忠商事といった大企業出身の優秀な人材が次々と起業を始めるようになったのです。そして現在では、GoogleやFacebook、Salesforce Japanの元社員たちが新たなスタートアップを立ち上げています。さらに、日本のテック系スタートアップが上場する中で、創業メンバーではない初期メンバーたちが貴重な経験を積み、自信を深め、得た株式報酬を元に資金を調達して自ら起業するケースも増えています。私たちOne Capitalは、米国のテック企業で経験を積んで日本に進出して起業する人々、そして日本のテック企業が上場後に起業する元社員たち、この二つの起業家層に注目し、現在、積極的にスカウトしています。
ティム: 確かにそうですね。起業家の質は、社会的な地位の面でも大きく向上しています。昔は、インターネットバブル(ドットコムバブル)という時期に、他に良い選択肢がなかったために起業した人が多かったと思います。起業家以外に選択肢がなかったという点では、私自身もそのカテゴリに入るかもしれません。しかし現在では、トップ大学の卒業生や大企業の幹部クラスの人たちが、起業するために仕事を辞めるケースが増えており、これは非常に驚くべきことです。また、企業の立ち上げ方に関する教育や、どうやって会社を作るかに関する知識も、以前よりずっと理解されるようになっています。日本ではこれまでにないほど状況が整ってきています。本当に質の向上を感じます。VCについてはこの間でどんな変化を感じますか?
VCの役割とプロダクト作りの重要性
浅田: スタートアップや起業家が進化し、高い質を持つようになったのに対し、VCの進化は少し遅れていると感じます。だからこそ、One Capitalでは、資金調達方法にユニークなアプローチを取り入れ、コンサルティングをサービスとして提供するという考え方をLPにも適用しました。日本のVC、あるいは世界のVC業界にも、もっと革新が必要だと思います。投資に関しては、SaaS領域で3つのプロダクトを開発しました。一つ目は先ほど触れたデータベース、二つ目は3クリックで非常に堅牢な財務モデルを作成できる、財務モデルビルダーです。VCも製品を作り、どのように事業を拡大するかを理解すべきです。もちろん、事業を拡大することが私たちの主な使命ではないので、適切なレベルで行っています。
ティム: それは非常に興味深いポイントですね。確かに、多くの日本の投資家は投資を非常に狭い視点で考えています。賢い金融の専門家でありながら、プロダクトについてはあまり考えないことが多いですね。それがポートフォリオ企業に提供する製品であれ、クラウドインデックスのような情報製品であれ…。
浅田: 私自身、それらのプロダクトを作り上げて世に出す過程で、教科書だけでは得られない、実際のSaaSに関する多くのことを学びました。
ティム: そうでしょうね。
浅田: 新しいバージョンを出した後、不具合を直したり、お客様からクレームを受けたりする経験があります。そして私は、このプロダクトの販売活動も実際に自分で行っています。ある時、このプロダクトを使いたいという方とのミーティングに参加した際、「浅田さん、どうしてあなたがここに?」と驚かれました。でも私は「販売担当です」と答えました。実は、こうした活動が新しいビジネスチャンスを探す方法の一つでもあります。特に、まだ立ち上げたばかりの企業に私たちのプロダクトを使ってもらえるよう働きかけています。
起業家を選ぶ立場から、選ばれるVCへ
ティム: そうした経験が、起業家たちからの信頼につながるのですね。たとえ自分自身で大規模なスタートアップを立ち上げたわけではなくても、プロダクト開発や販売を実際に経験することで、彼らの信頼や好意を得られるわけですね。
浅田: そうなんです。以前の投資の仕事をしていたとき、自分に足りなかったのがまさにその部分だと思います。当時は企業を選ぶ側の立場でしたが、実際はその逆なんです。本当に素晴らしい起業家たちこそがVCを選ぶべきであり、そういう企業に投資すべきなんですよね。それで考えたんです。どうすれば、そういった優れた起業家に選ばれるVCになれるのかと。その答えは「同じ目線で話すこと」でした。私が企業を調べたり、詳しく話を聞くときにする質問は、「市場規模は?、市場戦略は?」みたいなよくある質問ではありません。たとえば、彼らがどうやってARR(年間経常収益)100万ドルに到達したのかを聞くのです。「私自身はまだ10万ドルで苦労しているので、どんなマーケティングや営業をしてきたのか教えてください」といった感じです。典型的なVCの「なんでまだ300万ドルに達してないの?」みたいな質問とは全く違うアプローチです。そのVCは自分でやったことがないですから。私自身もまだ大成功を収めたわけではないですが、プロダクトを作って世に出し困難を経験したおかげで、自然と謙虚になり、起業家たちに対するリスペクトも深まり、その結果、アプローチが変わったことを実感しています。
ティム: それはいいですね。その通りだと思います。特に日本の成功している昔ながらのVCの中には、起業家が投資家を選ぶ時代になっていることを、まだ受け入れられていない人も多いですよね。最初はなかなかピンとこないのも無理はないですが。
浅田: 本当にそうです。
(第四回に続く)
第四回では、この1年での浅田さんご自身の変化と、10年後に向けた日本のスタートアップの展望についてお伺いします。
[このコンテンツは、東京を拠点とするスタートアップポッドキャストDisrupting Japanとのパートナーシップにより提供されています。 ポッドキャストはDisrupting Japanのウェブサイトをご覧ください]
翻訳:藤川華子
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