J-STORIES ー 気候や土壌の影響で農耕が難しい地域でも高品質の農作物を栽培できる日本企業の「フィルム農法」が、国内外の農業改善に役立てられている。土を使わず、人工血管などの医療技術が生んだ特殊フィルムの上で農作物を育てる方法で、国内では被災地の復興や就農機会の拡大に貢献しているほか、海外ではアラブ首長国連邦、中国に続いて、3月からケニアでのプロジェクトが始まる。
この企業は神奈川県平塚市に本社を置くメビオール。同社が開発した特殊フィルム「アイメック」は、人工血管や透析膜など医療用材料に使われるハイドロゲル(多量の水分を保持できるゼリー状の素材)で作られている。
フィルムの表面にはナノメートル(100万分の1mm)サイズの穴が無数に空いているが、細菌やウイルスは侵入できない。作物を栽培するには、このフィルム上に種を蒔き、フィルムの下にある潅水チューブから清潔な栄養と水分を供給しながら発芽、発根する。
「植物の病気を防ぐことに加え農薬の使用量も大幅に減らせる。通常栽培に比べ、使う水の量も10分の1に抑えられる」と同社の吉岡浩代表取締役社長は話す。
フィルム農法は一般の農業に比べて初期投資が割安で、栽培技術も短期間に習得できるため、女性や高齢者などを含め未経験者でも農業を始めやすく、日本農業活性化への貢献も期待されている。
すでに国内では、女性だけで運営する農場(茨木県水戸市)やシルバー人材センター(愛知県犬山市)などを含め、フィルム農法に取り組んでいる例は少なくない。同社によると、アイメックを導入した日本国内の農場は現在、約160カ所に拡大しているが、それらの約6割は農業の未経験者がスタートした農場だという。
アイメックは土を使わないため、土壌環境に問題を抱える被災地や砂漠などでも農業生産が可能になる。東日本大震災による津波で深刻な塩害が起きた岩手県陸前高田市では、塩害農地でフィルム農法による大規模なトマト生産をスタートした。
「(アイメックは)特にトマト栽培に向いており、フィルム内の水分を管理することで糖分やアミノ酸、グルタミン酸などの濃度が高くなり、高品質で栄養価の高いトマトが育つ」と吉岡さんは話す。地下水の除塩に費用の掛かる砂漠地帯でも栽培が可能で、「糖度の高いトマトは高品質の野菜としてはもちろん、フルーツとしての商品価値も高まり、新たな収入源になる」という。
アイメックには、開発者である森有一代表取締役会長の 「世界が直面している食の安全性や水不足、土壌汚染などの課題解決に貢献したい」という思いが込められている。今後の事業展開について、吉岡さんは「将来的にはワクチンなどの医薬品開発も目指していきたい」と語る。ワクチンの製造には水耕栽培技術を活用する例が出始めており、同社のフィルム技術を生かす余地がさらに広がると吉岡さんはみている。
記事:大平誉子 編集:北松克朗
トップ写真:メビオール 提供
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