J-STORIES -「あまおう」「とちおとめ」などの日本ブランドのイチゴは、アジア各国などでも高級品として人気だが、生産地域や栽培できる季節が限られている上に、輸送コストも高く、世界各地のマーケットで大きく存在感を高めるまでには至っていない。
この問題を解決するためには、日本ブランドの果物や野菜が通年で栽培できて、さらに従来は育てられなかった高温多湿の地域でも栽培可能な形に品種改良する必要がある。
また、気候変動による農産物被害や都市化・砂漠化による農耕地面積の縮小など、世界の農業は様々な試練に直面している。日本も例外ではなく、高いクオリティーを持つ農産物をどのように効率的に生産していくか、新しい技術の展開力が農業の未来を支えるカギとなる。
そうした対策の一つとして、日本企業による「高速育種」と呼ばれる新しい生産技術が大きな成果をあげている。従来は10年ほどかかっていた品種改良の時間を5分の1のおよそ2年に短縮できる技術で、気候の変動に柔軟に対応できるとともに、高品質の「日本ブランド」農作物を継続的に生産することも容易になった。
この技術を開発、内外で事業展開しているのは、東京都渋谷区に本社を持つ農業ベンチャーのCULTAだ。 代表を務める野秋収平さんは、東京大学大学院農学生命科学研究科で学んだ農業分野の画像解析技術と東京都中央卸売市場やイチゴ農家での業務経験などを生かし、東大在学中の2017年11月に同社を起業した。
同社の高速育種は、遺伝情報(ゲノム情報)を活用するが、ゲノム編集は行わない。遺伝情報を解析して、作物の「表現型」(実際に現れる形や性質)を予測。その結果をもとに最適な品種を生む交配(組み合わせ)や選抜を行う。遺伝情報の解析・予測結果に基づいて仮説・検証を高速で繰り返すことにより、従来の交配育種にかかる時間を5分の1に短縮、効率的な品種改良を可能にした。
また、同社は東大での研究成果である植物に特化したAI画像解析・3次元点群解析技術を持っており、この技術によって遺伝情報解析のボトルネックだった植物の表現型の取得も迅速化した。同社では、この技術は今後農産物サプライチェーンに応用され、弊社の契約栽培における品質管理に役立つとしている。
野秋さんが農業ベンチャーを志した大きなきっかけのひとつは海外での経験だ。「学生時代に留学やインターンで東南アジアを訪れる機会が多く、以前は街を見渡すと大きな日本の電機メーカーの看板が目に入ったが、それが過去のものになっていて日本ブランドの虚しさを感じた」と振り返る。
また留学先のフィリピンで生産されたトマトを食べた際に、日本のトマトとは全く違う味に驚き、同時に日本の「食」の強さを実感、世界で勝てる領域であると確信したという。
同社では現在、高速育種によるイチゴの生産を重点的に事業展開している。数ある農作物の中でイチゴに着目したのは、海外の農産物に対して日本ブランドの価値をアピールしやすいためで、海外を含めた市場規模の伸びや日本国内での需要の高さも重視した。
現在、イチゴ生産について試験的に栽培契約している農家は国内に15か所、マレーシアに3か所ある。「四季のないマレーシアに生産現場があることで、日本のように季節ものの農産物ではなく周年供給が可能になる。年間を通して市場に出回ることで1年を通して認知ができ、ブランド構築の強みとなる」と野秋さんは話す。さらに、「販売先の近くで生産することで(輸送費などの)中間コストが抑えられ、新鮮で高品質で、かつ日本ブランドのおいしいイチゴを提供できる」と強調する。
海外生産について、野秋さんは「日本の技術を持って、現地の農業生産を底上げしていけることから、政府関係者とも好意的なコミュニケーションがとれている」という。
今後はオーストラリア、ベトナムにもイチゴの登録農家を増やすことを視野に入れており、2025年内には日本とマレーシア両国でのパイロット規模での生産、販売を開始する予定だ。また、より現地に即した品種をスピーディーに開発できる体制を整えるため、マレーシア国内の大学と連携。研究の一部を現地化する準備も進めている。
品種に関しては、現在のイチゴに加え、2028年からはメロンやスイカなどにも開発を拡大。長期的にはブドウやリンゴなどの果樹のほか、コーヒーやカカオなどの開発も視野に入れている。販売エリアは、シンガポール、マレーシア、タイからスタートし、アジア太平洋地域、オーストラリアへと展開していく。
またこの先端育種技術を用いて、キリンホールディングス(東京都中野区)と、暑さや乾燥に強い気候変動に適応したビールの主原料となるホップ生産の共同開発も進めている。
今後の収益について、野秋さんは2030年をメドに日本産のイチゴで20億円以上、海外産においては、それ以上の売上げを見込んでいる。「そのためにも、マレーシア、オーストラリア、ベトナムなどの生産パートナーとの連携を拡大し、より良い関係性を築いていきたい」と意欲を語っている。
記事:大平誉子
編集:北松克朗, 一色崇典
トップページ写真:CULTA
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