JSTORIESでは、革新的な取り組みを行う日本のスタートアップを海外に紹介している人気ポッドキャスト番組 [Disrupting JAPAN]とコンテンツ提携を開始し、同番組が配信している興味深いエピソードを日本語で紹介しています。以下にご紹介するのは、Integral AI(インテグラルAI)の創業者であり、AI開発の最先端で活躍しているジャド・タリフィさんとのインタビューで、4回に分けて記事をお送りします。
*このインタビューは2025年1月に配信されました。
本編(英語版ポッドキャスト)は、こちらで聴取可能です。


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日本はAI(人工知能)分野で遅れを取っていると言われますが、それもそう長くは続かないかもしれません。
今回のゲストは、現在Integral AI(インテグラルAI)の創業者であり、かつてGoogleの初代・生成AI(データを学習し新たなコンテンツを生み出す技術)チームを立ち上げたジャド・タリフィさんです。
対談では、日本がAI分野で持つ強みや可能性、AGI(Artificial General Intelligence、汎用人工知能)※への最も有力な道筋、そして小規模なAIスタートアップが資金力に勝る大手AI企業とどのように戦っていけるのかについて伺いました。
非常に興味深い内容になっていますので、ぜひお楽しみください!
※AGI(Artificial General Intelligence、汎用人工知能)とは、人間のように幅広い知識を持ち、さまざまな課題に対応できる人工知能のこと。現在のAIは、画像認識や文章生成など特定の分野に特化して高い精度を発揮するが、AGIはひとつのAIが多様な知的作業をこなせる能力を持つと期待されている。
(全4回の2回目。Part1の続きから)
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本編
東京を拠点にする強みとは?

ティム:AGIの話は少し置いておいて、特にロボティクスとの関係については、また後で詳しく伺いたいと思っています。その前に、あなたの会社の組織体制について、ひとつお聞きしたいことがあります。Integral AIはサンフランシスコを拠点としていますが、ここ東京にもオフィスがありますよね?今こうして私たちが話しているのも東京のオフィスですし、エンジニアチームもこちらにいると聞いています。
多くの企業が「日本では優秀なエンジニアが不足している」と言って、サンフランシスコのような場所に人材を求めに行く中で、あなたの会社はここ日本で成果を出しています。他のスタートアップが見落としていて、あなた方が見抜いていることは何だと思いますか?
タリフィ:まず、確かにベイエリア(サンフランシスコを中心とするIT・スタートアップの集積地)には優れたAI研究者が多くいますが、米国ではロボティクス産業自体がまだあまり発展していません。それに対して日本は、世界の産業用ロボットの約半分を生産していて、ロボティクス分野では非常に強いエコシステムが東京を中心に存在しています。そこで、AIの中心地であるシリコンバレーと、ロボティクスの中心地である東京を組み合わせるのが理想的だと考えました。
これは結果的に非常に良い判断だったと思います。実際に、日本にはまだあまり評価されていない、優秀なエンジニアがたくさんいます。ただ、言語の壁は確かにあります。そこで私たちは、若くて才能のあるエンジニアが英語環境に慣れ、自信を持って仕事ができるようになるまでしっかりサポートする体制を整えています。経験上、英語に慣れるまでにはだいたい3〜6カ月ほどかかりますが、きちんと支援すればみなさん順調に適応しています。

多様な視点を取り入れた人材発掘の重要性
タリフィ:もう一つのポイントとして、私たちは研究機関ではなく、明確なビジョンを持ってプロダクトの開発に取り組んでいる企業です。ですから、経験豊富なベテラン研究者が何人も必要というわけではありません。むしろ今の段階では、エネルギーにあふれ、誠実で、チームワークを大切にできる若手のエンジニアの方が、業界での経験よりもはるかに価値があると考えています。
ティム:では、優秀な人材を見つけるにはベイエリアに行くしかないと考えているスタートアップの創業者たちに向けて、何かアドバイスはありますか?
タリフィ:オープンマインドでいることがとても大切だと思います。 「ベイエリアに行こう」という発想は魅力的に聞こえるかもしれませんが、実際のところ、私の知っている多くのベイエリアの起業家たちは、「ここはコストが高すぎる」と言っています。人材の流動性もとても高くて、せっかく採用して数カ月かけてトレーニングしても、すぐに次の職場に移ってしまうなどということも珍しくありません。
もっと広い視野で見ると、AGIの発展には多様な視点や意見が必要です。特定の場所や、ひとつの価値観・文化だけで進めるべきものではありません。だからこそ、世界のさまざまな地域にアイデアや取り組みが広がっていくことが大事だと思っています。
なぜ、ロボティクスでビジネスとして成功するのは難しいのか?
ティム:日本は、伝統的にロボティクス分野において非常に強い国だとおっしゃっていましたが、それでもロボティクスはやはり難しい分野ですよね。実際、多くのスタートアップが失敗しています。というか、ほとんどのロボティクス系スタートアップはうまくいかないと言っても過言ではないかもしれません。なぜ、ロボティクスでビジネスとして成功するのは、こんなにも難しいのでしょうか?
タリフィ:これは本当に良い質問ですね。正直、このテーマだけでインタビューをまるごと一本使えるくらい、深い話ができると思います。まず、ロボティクス分野のスタートアップにありがちなのが、技術の複雑さに圧倒されてしまうことです。解決しなければならないことが多すぎて、「とにかくこの一つのプロダクトを作ろう」と、ものすごく限定的な目標に絞ってしまいがちです。
例えば、「ロボットでピッキング作業を自動化しよう」と決めたとします。そうすると、ロボットアームのメーカーと組んで、さらにシステムインテグレーター(複数の機器やソフトウェアを組み合わせて、ひとつのシステムとして構築する会社や技術者)と連携して、最後はその仕組みを企業に販売する…といった流れになります。しかし、関わるプレイヤーが多すぎて、誰も、その製品全体に責任を持っている状態にならないのです。そうなると、製品を改善していくためのスピード感が失われてしまう。つまり、全体像を持っている人がいないと、うまく前に進めないというわけです。
ティム:つまり、すぐに製品やサービスを市場に出すことが難しいということですね。
タリフィ:そうです。
ティム:関係者のあいだで意見をまとめるのに時間がかかりすぎる、ということですね。
タリフィ:まさにその通りです。結局のところ、スピード感が重要なスタートアップにとっては、この仕組みそのものが大きな足かせになってしまいます。そして、もし製品全体を自社でコントロールしようとすれば、高度な技術力と多くのリソースが必要になります。でも、そうしたものは普通のスタートアップが簡単に持てるものではありません。
ロボティクス導入の課題と経済性のジレンマ
ティム:でも、それには少し反論したいです。例えば、ボストン・ダイナミクス(米国のロボット開発企業)のような企業を見てみてください。彼らには十分な技術力も資金もあって、リソースも豊富です。まるで無限に資金があるかのようにも見えますよね。それでも、本格的な製品を市場に出すのは簡単ではありません。確かに販売実績はありますが、その多くは限られた企業向けの試験導入(いわゆるパイロットプログラム)にとどまっていて、圧倒的な技術力を持っていながら、「ロボティクスで成功したスタートアップ」とはなかなか言いにくい状況です。
タリフィ:実はその点については、少し異なる見方をしています。彼らの技術が「素晴らしい」と言えるかどうかには議論の余地があると思います。というのも、彼らは主に従来型の制御理論に基づいた技術を使っており、そのアプローチは大規模に展開しにくいという課題を抱えています。彼ら自身もその限界に気づき、いま方向転換を進めている最中です。とはいえ、彼らのデモンストレーション映像はとても見応えがあり、印象的で、多くの人を惹きつける魅力があるのは確かです。
ただ、あなたの指摘は非常に重要で、まさに私が次に話そうとしていたことにつながります。それは、「ロボット導入といった自動化の手段が、どれほど魅力的な選択肢として受け入れられるのか」という点です。
たとえば、中国の工場でスマートフォンを組み立てるケースを考えてみましょう。現実には、企業はロボットを導入するか、それとも年収1万ドル程度で人を雇うかという選択肢に直面します。そして、ロボットの部品代だけでも1万ドルを超えることがあるため、単純に経済性だけを見れば、人を雇ったほうが合理的という判断になってしまうのです。こうした背景があるため、ロボットを導入してもらうための「顧客獲得」は非常に難しくなります。
ロボティクス系スタートアップの課題とAIによる解決の可能性
タリフィ:さらにもうひとつのハードルとして、導入までのサイクルが非常に長いという問題もあります。例えば、日本の大手企業と話していると、「新しい工場を計画中です」と言われることがあります。そこで、「いつごろ生産を始める予定ですか?」と尋ねると「2032年です」と返ってくる、そんなことも珍しくありません。
ティム:一度組んだ生産ライン(作業の流れを機械化した仕組み)を毎年変えるのは、現実的ではありませんよね。
タリフィ:そうなんです。実際、この分野は技術ビジネスというよりも、むしろ建設業に近いものです。そして、ロボティクス系スタートアップが失敗する3つ目の理由は、単純に技術がまだ十分に成熟していなかったことです。以前は、各場面ごとに異なる技術が必要で、それぞれの問題に対応するために専用の技術チームを組み、個別に解決策を作らなければなりませんでした。そのため、システム全体のコストが非常に高くなってしまうのです。しかし、今後は生成AIやAGIの進化により、多様な問題に対応できる単一の解決策が登場し、コストも抑えられるようになるでしょう。

ロボティクスのデータ活用と汎用性の向上
ティム:ロボティクスのトレーニングデータ(AIが学習するための基盤となるデータ)は、どの程度汎用的に使えるのでしょうか?例えば、自動車工場のロボットのデータ、ボストン・ダイナミクスが開発した「アトラス」というロボットのデータ、そしてコーヒーを作って提供するロボットのデータがあるとき、これら異なる分野のデータを他の分野で活用することは可能なのでしょうか?
タリフィ:これは非常に良い質問で、よく誤解されているポイントでもあります。シリコンバレーの投資家たちは、ロボティクスが難しい理由はデータが不足しているからだと考えています。そのため、それぞれのロボットが動く場所や目的に合わせて、個別にデータを集める必要があると思われているのです。確かに、データ不足が一因であることは否定できません。例えば、人間をサポートするロボットの場合、ロボットの形を統一することでデータを集めやすくなるというメリットがあります。
しかし、実際には人間の学習方法の多くは、他の人が何かをしているのを見て学ぶことによるものです。私たちが研究で見つけたのは、AIが世界を理解できるようにトレーニングすれば、そのAIモデルは異なる形状のロボットにも応用できるということです。もちろん、新しいロボットの形に合わせるためには少し調整が必要ですが、それはジムに行く前のウォームアップのようなものです。そして、実はこのウォームアップを行うほど、そのAIモデルはもっと汎用的に適応できるようになります。つまり、10種類のロボットでトレーニングすれば、11番目のロボットに対応するのがはるかに簡単になるのです。私たちは、これからたくさんの種類のロボットが次々に登場し、多種多様なタスクをこなすロボットの「カンブリア爆発」(約5億4000万年前の古生代カンブリア期に生物の多様性や数が急激に増えた現象)が起こると考えています。
AIスタートアップが大企業と競争する方法
ティム:なるほど、それは今まさに機械学習(AIがデータからパターンを学び、予測や意思決定を行う技術)が取り組むべき分野の一つですね。では、少し視点を広げてAIスタートアップについてお伺いしたいのですが、現在、オープンAI(OpenAI)、アンソロピック(Anthropic)、メタ(Meta)のような米国の大手企業が基盤となるモデルを開発しており、これらの企業は無限の資金と優れた人材を持っています。ハードウェアの領域に踏み込まず、純粋にソフトウェアの分野だけで、小規模なAIスタートアップがこれらの企業と競争するために、今、守るべきビジネスモデルはあるとお考えですか?
タリフィ:ありますね。この質問は、いくつかの異なる問いに分けて考えることができます。まず、大企業と競争する方法についてお話しし、その後にビジネスモデルについても触れたいと思います。
単にトランスフォーマーモデル(文章の文脈を理解し、自然な言葉を生成するAIの仕組み)を訓練するだけでは、正直なところ競争に勝つのは難しいです。なぜなら、それは誰もができることだからです。しかし、アーキテクチャ(システムの構造や設計)やアルゴリズム(計算の手順や考え方)の面で独自の技術的な差別化ができれば、可能性はあります。ただし、それだけでは不十分です。なぜなら、最終的にはどんな技術もコピーされる運命にあるからです。
では、スタートアップの強みは何でしょうか?それは、意思決定を迅速に行い、素早く試行錯誤を重ねる能力にあります。特に、新しいプラットフォームが登場するタイミング(サービスの基盤となる環境やシステムが変わる時)では、その能力が重要になります。プラットフォームが変わると、新たな機会が生まれます。そして、その未開拓の領域を最も早く探索できた企業が、最終的に勝者となるのです。
スタートアップに生まれるチャンスとは?
ティム:もう少し具体的に、どのような分野や事例が考えられるのでしょうか?AIスタートアップをたくさん見てきましたが、大半は「それは面白いアイデアだな」と思うものの、市場が十分に大きくなった瞬間に大企業が少し方向転換するだけで、その市場を奪われてしまいそうなものばかりです。
タリフィ:重要なのは単なる機能の追加ではなく、「プラットフォーム自体の変化」であるという点です。現在進行中のプラットフォームの変化の一例が、LLM(Large Language Model、大規模言語モデル)の普及です。その代表例がオープンAIでしょう。オープンAIは、データや才能、資金といった面でGoogleよりも遥かに少ないリソースしか持っていませんでした。しかし、今ではGoogleがオープンAIに対して苦戦している状況です。そして、これは今回が初めてではありません。かつてGoogleも、同様の状況でMicrosoftに対して競り勝ったことがありました。新しいプラットフォームが登場すると、スタートアップにはチャンスが生まれるのです。
突破口となる新技術を開発
タリフィ:もう一つ重要なのは、強固な競争優位性、いわゆる『モート(競争から守る防壁)』を築けるかどうかです。特に物理的な世界では、データが蓄積されることで大きな優位性が生まれます。例えば、継続的に学習を続けるAIモデルを持つことで、既存のデータを活用しながら進化し続けることができるのです。現在使用されている一般的な生成AIでは、モデルを訓練し一度学習を終えると、その後は推論モードで動作する(事前に学習した内容を元に動作する)ため、新しい情報を取り込むことができません。
私たちの会社では、AIが継続的に学習し続ける技術、つまり突破口となるであろう技術を開発しました。私たちのAIモデルは、新しいデータや経験を追加し、それを忘れずに学び続けることができます。ニューラルネットワーク(AIシステムを構成する、情報を処理するための神経回路のようなもの)には、「破滅的忘却(新しい情報を学習する際に、過去に学んだ情報を忘れてしまう現象)」という問題がありますが、私たちはそれを効果的に解決しました。これにより、データが蓄積されることで、AIの性能が向上し、さらなる学習が進むという強力なネットワーク効果が生まれ、競争優位性をさらに強化することが可能になります。
企業の成功と技術そのものの価値は別である
ティム:では、逆の視点から質問します。基盤となるAIモデルを構築することに本当に価値があると思いますか?ChatGPT、Llama(ラマ)、Claude (クロード)といった複数の生成AIモデルを使い比べると、それぞれに個性はありますが、性能に大きな違いがあるわけではないと思います。それに、どれもGoogleが開発したトランスフォーマーモデルを基にしていて、その技術自体は誰でも利用できる形で公開されているため、知的財産に関して強い独占的な価値があるとは言えません。それでも、オープンAIの企業評価額は1570億ドルに達し、オープンAIの元幹部たちによって創業されたスタートアップである米セーフ・スーパーインテリジェンス(SSI)は、創業初期の資金調達で10億ドルの資金を集めました。これらの企業の評価は長期的に正当化されるのでしょうか?技術がオープンで、他の企業も同様のものを提供できる中で、これらの企業が今後もその評価を維持できると思いますか?
タリフィ:まず、一つの企業の成功と、技術そのものの価値を区別することが重要です。その技術が間違いなく世界を変える可能性を持っており、もしどこかの企業がうまく事業を拡大できれば、その投資は十分な利益を生み、投資家や業界全体にとっても納得のいく結果をもたらすことになります。しかし、「基盤モデルをゼロから構築すること」に本当に価値があるかと問われると、答えは「ノー」です。最大のメリットは、せいぜい「先行者利益」に過ぎません。私たちの技術はトランスフォーマーモデルを基にしておらず、完全に新しいアーキテクチャですが、それだけでは競争優位性にはならないと考えています。重要なのは、ビジネスの仕組みを作り、実際に使ってくれる人たちとの強い関係を築くことです。
生成AIの未来
ティム:それが、私が非常に現実的だと思うシナリオです。全く違う話かもしれませんが、1990年代後半から2000年代初頭の太陽光発電業界を思い出します。当時、膨大な資金が投入され、多くの企業が倒産しました。しかし、技術自体は着実に進歩し、今では世界に大きな変革をもたらしています。もしかしたら、生成AIでも同じようなことが起きるのではないでしょうか。つまり、技術そのものは社会を変革し続けるものの、20年後に投資家たちが現在の状況を振り返り、かつて多額の資金を投じたことは必ずしも正しい選択ではなかったかもしれないと思うようになるかもしれません。
タリフィ:その見方には同意します。大半の企業は消えていくでしょう。しかし、全体的に見れば、それはそれほど重要ではありません。なぜなら、社会的な利益は確実に残るからです。そして、投資家の視点から見ても、いくつかの企業は生き残り、それらには十分に投資する価値があるからです。
(第3回に続く)
第3回では、AGIの定義や意図、自己認識、そしてそれがどのように進化していくのかについてお話しいただきます。
[このコンテンツは、東京を拠点とするスタートアップポッドキャストDisrupting JAPANとのパートナーシップにより提供されています。 ポッドキャストはDisrupting JAPANのウェブサイトをご覧ください]
翻訳:藤川華子
編集:一色崇典
トップ写真:Envato
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