JSTORIES ー 現在、日本には24,000社ほどのスタートアップ社数があり、その6割は東京に集中、残りの4割が大阪、神奈川、福岡、京都に分散している。世界のどの国でも経済主要都市がスタートアップハブになっているわけではないが、日本の主要な産業が集積し、三大都市圏のひとつにもなっている名古屋は、スタートアップのハブとしてまだ国内のトップ5にもランクインしていない。
この理由としてよく指摘されるのは、名古屋が地理的に東京に近いという点だ。東京から遠い福岡が地理的な不利を逆手に、アジアの新興企業を自ら呼び込むなど、スタートアップを育成する独自エコシステムの構築に尽力してきたのとは対照的に、名古屋で創業したスタートアップは、人材や資金の調達の効率性から東京に拠点を移すことがしばしばあった。
しかし、スタートアップハブとして出遅れていた名古屋は今、その存在感を徐々に高めつつある。その変化の大きなきっかけとなったのは2018年に誕生したMTG Venturesの動きだだ。このファンドは、名古屋を本拠地とする美容・健康家電大手MTGが、同社を上場へと導いたJAFCO出身の藤田豪氏を代表に招いて開設し、名古屋で生まれたスタートアップに積極的に投資していった。
続く2019年、MTG Venturesは廃校になっていた那古野小学校跡地に「なごのキャンパス」を開設。2年ほど先行していた福岡市の「Fukuoka Growth Next(FGN)」などにヒントを得て、名古屋市が集中的にスタートアップの起業を支援する体制を整えた。東海地域を地盤とするトヨタ系の東和不動産などが施設の運営を支援している。
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こうした支援策として、最近の大きな話題になっているのが愛知県肝入りの施設として2024年11月に正式オープンした「STATION Ai」だ。フランス・パリにある「STATION F」からインスピレーションを得て作られたこの施設は、これまでよくあった既存施設のリノベーションではなく、全く新しい施設として建設された。
名古屋を中心とする東海地域には、トヨタを頂点に自動車産業の大きなサプライチェーンが存在する。スマートフォンの一大生産地だった中国・深圳がドローン生産のハブとして発展したように、自動車製造で技術を培ってきたこの地域は、宇宙開発や次世代モビリティ分野のスタートアップを育む一大拠点にになる可能性を秘めている。
また、名古屋大学などのアカデミアには、洗練された高度な技術がありながら、事業化や社会実装されずに研究室で眠っている「技術シーズ」が多く存在する。こうしたシーズを事業経営できるビジネス人材と融合する動きが広がれば、世界に影響を与えるディープテックのスタートアップを生み出す流れにもつながっていくことが期待される。

最近では、東海地域の製造業やライフサイエンス分野の厚みに気づいた東京のスタートアップが、名古屋に営業拠点を設置するケースも散見される。名古屋から東京へと本拠を移していたスタートアップも、重要な経営資源である人材と資金を現地で調達できるようになれば、名古屋で事業を続ける意味が増すことになる。
今後、名古屋がスタートアップハブとして花咲くために必要なのは、現地に根を張るエンジェル投資家と独立系のシードVCの存在だ。創業直後のアーリーステージを支える存在があれば、多くのスタートアップが芽吹き、成長に応じて、東京や海外のVCからの資金調達も可能になる。
名古屋は堅実な事業展開と高い技術力で知られる製造業の街だ。モノづくりの歴史と未来志向のスタートアップ文化が融合すれば、他の地域にはない独自の強みを生み出すことができるだろう。単なる工業都市から、次世代のテクノロジーとイノベーションを生み出す新たな拠点として、名古屋は着実にその存在感を高めていくかもしれない。
記事:池田将
編集:北松克朗
トップ写真: Tomio344456 - Own work, CC BY-SA 4.0 via Wikimedia
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