J-STORIES ー 塩分を取りすぎると高血圧などの発症や重症化につながるリスクがあるとわかっていても、減塩食は味気なく、食生活の改善はなかなか進まない。そんな悩みを電気の力で解消しようという新しい食器の開発が実用化に向け進んでいる。
明治大学(東京中野区)の宮下研究室とキリンホールディングス(東京中野区)が共同研究で開発する減塩デバイス「エレキソルト」。人体に影響しないごく微弱な電気によって、食品の中に含まれる塩味やうま味の素となるイオンの動きを調整し、疑似的に食品の味を濃くしたり、薄くすることが可能だ。共同研究による臨床試験では、デバイスを用いると減塩食を食べたときに感じる塩味が約1.5倍に増強されることが世界で初めて確認されている。
デバイスは、2022年4月に、スマートウォッチにケーブルを繋いで使用する箸型デバイスが開発され、その後、同年9月にはスプーン型やお椀型のデバイスも開発されている。いずれも食器から発生する電気刺激で、減塩食品の味わいを増強させる。
電気味覚の研究は明治大学の宮下芳明教授が2011年に発表した論文で、ストロー・箸・フォークによって電気刺激を与えることで飲食物の味を変え、食体験や味覚を拡張するビジョンを発表したことがきっかけとなり、世界中の研究者が様々なデバイスを用いて実験を行っている。宮下教授は、過去10年間に渡り論文が数多く引用され、広くインパクトを与えた功績を認められ、国際学会からラスティングインパクトアワードを2021年に受賞し、2023年には「人々を笑わせ、そして考えさせる研究」を対象としたイグノーベル賞や日本オープンイノベーション大賞も受賞した。減塩食をおいしく食べ続けることで、塩分の取りすぎによる健康被害という社会問題の解決に貢献できる研究として産業界や、学会だけではなく、行政からも広く注目されている。
現在のデバイスが塩味を増強できるのは約1.5倍までだが、宮下教授は、「味を効果的に出す原理はわかっている。この知識に合わせて減塩食品の化学的組成減塩食品の組成を最適化すれば、電気味覚のデバイスとの相乗効果が狙え、味の感じ方は1.5倍以上の効果を出すこともできると考える。」と語る。
また、宮下教授は、電気味覚のデバイスを使えば、塩味だけではなく、酸味や旨味など他の味についても同じ原理で強く感じさせることが可能だと指摘する。「例えば酢豚を食べると塩分を抑えながらも酸味も旨味も引き上がるため、塩が強くなったというよりは旨味などが加わり全体が美味しくなったと思ってもらえる」(宮下教授)。
宮下教授はJ-STORIESの取材に対し、2022年に発表当時は、デバイスの効果が出るまでの時間に微妙なタイムラグがあったり、塩味に微妙な違和感があったが、この約2年間で時間差は短縮され、塩味の美味しさも大幅に改善されたと話す。「電気を使うという表現に恐怖心を与えてしまう不安がある。一度体験し、このデバイスの良さを理解してもらった上で偏見なく普及して欲しい」(宮下教授)。
キリンは2024年の夏に「エレキソルト -スプーン-」を発売を目指して、販売機の開発と実験機を用いた耐久性や効果が出るまでの時間など実証実験を続けている。イグノーベル賞でも話題になった箸型デバイスは、市場調査の結果、ケーブルを手首に装着することに違和感を示したユーザーがいたため、発売第一弾はスプーン型のデバイスになったという。今後は実用化に向けたコップやストローなどの食器全般の開発も検討している。
キリンはJ-STORIESの取材に対し「生活習慣病の発症、重症化を予防する1つの手段として、国内での実用化をまずは目指していきたい」と答えている。
記事:澤田祐衣 編集:北松克朗
アップデート記事:平川エリン アップデート編集:一色崇典
トップ写真:キリンホールディングス
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