J-STORIES ー 生活に必要な水の確保に苦しむ地域は世界中に存在するが、そうした状況が悪化しているのは、世界でもサブサハラ地域(アフリカ大陸のサハラ砂漠以南に位置する地域)だけだ。この地域では、未だに3.9億人近くの人々が安全に管理された水の確保が難しい状態で暮らしており、その数は2000年から10%増加している。水問題の解決には、上下水道などインフラの新規建設が欠かせないが、一方で既存のインフラである井戸の相当数がメンテナンスされず壊れたままで放置されていることも状況を悪化させている。
こうした既存の井戸を住民たち自身で公平に維持・管理する仕組みを作り、水問題の解決に取り組む日本のスタートアップ企業がある。アフリカ農村部におけるハンドポンプ井戸を始めとした水設備向けの自動料金回収システムを製造・販売するスタートアップ Sunda Technology Globalだ。
モバイルマネーからチャージするプリペイド料金システム
同社は、サブサハラ地域の大半の農村部に存在するハンドポンプ式井戸に直接取り付けることが可能なプリペイド料金システム「SUNDA」を開発した。
井戸の利用者は1世帯に1つずつ配られるIDタグに、使いたい分量だけをスマホを使ってモバイルマネーから入金(チャージ)する。チャージされたIDタグを「SUNDA」に差し込むことで井戸ポンプのバルブが開き、水が得られる仕組みで、残高を超えると、バルブが閉じて水が出なくなる。
SUNDAで解決!使用料金の不公平感と金銭管理への不信感
サブサハラ地域では、井戸の維持・管理は、村の代表者が担い、世帯ごとに均一の額の管理費を徴収する形が一般的だ。しかし、家庭により使用量が大きく異なることや、回収したお金の持ち逃げやごまかしなど金銭管理への不信感もあり、支払い拒否が続出するなど、維持費を賄えずに、井戸が壊れたままに放置されることも珍しくない。
また定額で使い放題の為、水を必要以上に使ったり、ポンプを雑に扱うことで、井戸の劣化が早まる問題もあり、例えばウガンダ農村部にある約6万基の井戸うちの15%以上が壊れた状態にあるという。
同社は、ウガンダ国内でこれまでに250基以上のハンドポンプ井戸(約5万人の利用者)にSUNDAを設置した。その結果、いずれの村においても、利用者は必要なだけの水をくむようになり、公平に回収された水の使用料金で井戸の維持が行われるようになったという。
ビジネスとしてアフリカの水問題解決を行う意義
同社はこうした活動を無償の援助ではなく、ビジネスとして行っている。同社の坪井彩代表取締役CEOは、事業化においては、SUNDAの品質の向上と量産体制が鍵だと語る。
「将来的に研究開発がちゃんと完了し、量産できるようになればモノを売ったら利益が出るので、それをたくさん売れば売るほど利益が出ます。まずは量産向けのプロダクトをしっかりと確立させることが重要だと考えています。現在は定期的なメンテナンスが必要ですが、品質を上げて、設置後にメンテナンスフリーでずっと使える仕組みにしたいと思っています。その為に、日本のエンジニアと一緒になってプロダクトの開発を進めているのが現状です。」(坪井さん)
また、坪井さんは、ビジネス化のメリットの一つは「頑張った分だけ対価が得られる」ことで、一緒に働く現地のパートナーや職員たちのモチベーションを上げる為に必要だと強調する。
「アフリカ全体でハンドポンプ式井戸は70万基あり、仮にその半分に設置できたとすれば合計3,000億円ぐらいの売り上げになる想定です。社会問題解決だけじゃなくて、事業を大きくすることに夢があるからこそ、現地の社員達も頑張れるのだと思います。」
起業のきっかけは、社会人で参加した青年海外協力隊
そもそも坪井さんがアフリカでの起業を選んだきっかけは、社会人として参加した青年海外協力隊で、ウガンダを訪れた体験がきっかけだった。
学生時代には、夢や将来やりたい仕事が定まらず、起業する気もなかったという坪井さんは、大学院を卒業後に入社したパナソニックで、アフリカの課題解決プログラムに参加。テーマとして選んだウガンダの水問題を理解する為に、海外協力隊に参加し、1年間現地での活動を行った。現地で実際に困っている住民に接し、アイデアを練り、SUNDAのプロトタイプを作って、井戸に設置をするとすごく喜ばれた。この経験をきっかけに、料金回収システムの必要性を強く感じた坪井さんは、日本への帰国後に、SUNDAの事業化を社内の事業として続けることを目指すが、難しいとわかり、起業を決意したという。
国や行政との連携で、広範囲にスピーディーでスムーズな普及を
同社のビジネスモデルは、「機器としてのSUNDAユニット」設置と「システム維持のためのメンテナンス」という二つの費用を直接村から徴収するのではなく、より大きな行政区分である県庁が委託した担当部署「井戸サービスセンター」から一括して徴収するというものだ。国や地方自治体との連携により、ユニットを購入する余力がない個々の村へのシステム導入と、広範囲にわたるスピーディーでスムーズな普及を目指している。
2020年に起業して以来、ウガンダ国内におけるSUNDAの導入数は徐々に広がっており、成長に従って坪井さんは行政や住民からの期待とプレッシャーを以前よりも感じるようになってきたと語る。
「SUNDAが地域の重要なインフラを支えるような仕組み・システムになったと感じるので、最初やっていた頃よりも責任がどんと重いです。乗っかっている感じ。期待とプレッシャーもあって、改めて気が引き締まるような思いです」。
「10年以内にアフリカ全体の水問題の解決を目指す」
現在は、ウガンダでのみ事業を行っている同社だが、これを2024年、25年中には隣国のケニアにも拡大する予定だ。また同社は従量課金システムをハンドポンプ井戸だけではなく、水道向けにも応用するシステムの開発も続けている。坪井さんは近い将来に事業をサハラ砂漠以南地域からアフリカ全体に広げ、10年以内にアフリカ全体の水問題の解決を目指すとしている。
「『なるべく早く』というところが重要だと思っています。アフリカの社会問題に関しては、過去何十年と色々な援助が行われてきていますが、いまだにちゃんと解決されてない状況です。問題解決するにしても、50年かかるのであれば意味がないと思います」
記事:小林陸 編集:一色崇典
トップ写真:Sunda Technology Global 提供