JSTORIES ー 2月4日から6日の3日間、名古屋市内でスタートアップ支援施設「STATION Ai」で、この地域で初となる大型スタートアップカンファレンス「TechGALA」が開催された。中部経済連合会、名古屋大学、愛知県、名古屋市、静岡県浜松市からなる「Central Japan Startup Ecosystem Consortium(中部スタートアップ・エコシステム・コンソーシアム)」が主催した。
ここでTechGALAが開催された背景を説明しておこう。日本政府は2020年、世界に通用するスタートアップ・エコシステムの形成を目指し、新制度「グローバル・スタートアップ・エコシステム拠点都市」を創設した。地域の特性を活かし、スタートアップの育成・支援を強化することで、イノベーションを加速し、日本の国際競争力を高めることが狙いだ。
この制度のもとでは、「グローバル拠点都市」と「推進拠点都市」が定められ、グローバル拠点都市には国際的スタートアップハブとするべく、政府からの資金支援や規制緩和などの支援が行われる。
東京、関西、福岡、北海道とあわせ、名古屋・浜松もグローバル拠点都市に指定され、これを契機に、2020年7月に愛知県、名古屋市、浜松市が連携して、「Central Japan Startup Ecosystem Consortium」が設立された。
名古屋や浜松のある東海地域では、特に、製造業の強みと基礎研究の集積を活かし、スタートアップの創出を通じて、経済成長を推進する「次世代社会」の実現を目指すことが明らかにされた。TechGALA は、まさにこの活動を具現化するためのイベントの一つと言える。
このイベントには当初、東海地域や首都圏、それに海外から総勢5,000人程度の参加が見込まれていたが、ソーシャルメディアへの投稿などを見て新たに参加する人が増え、最終的には6,000人程度に達したそうだ。初めて開催されるスタートアップカンファレンスとしてはかなり大規模だ。
イベントの冒頭、愛知県の大村秀章知事、名古屋市の広沢一郎市長、中部経済連合会の水野明久会長、名古屋大学東海国立大学機構の松尾清一総長構長が挨拶し、それに続いてTechGALAのプロデューサーを務めるウィズグループ代表取締役の奥田浩美氏がTechGALAの意義を語った。奥田氏は約30年間、カンファレンスの運営ビジネスやスタートアップ支援に関わってきた人物だ。

奥田氏は、TechGALAの「GALA」はフランス語のパーティーを表すのに加え、Global(グローバル)、Alliance(連携)、Leadership(リーダーシップ)、Advancement(進歩)の頭文字でもあると説明した。将来的には、米国のSXSW(サウスバイサウスウエスト)のようなイベントにしたい、と語った。
Uber元CEOが語った、ビジネスを「ゲーム」として捉える3つの原則

開会挨拶に引き続き、キーノートセッションのスピーカーを務めたのは、Uberの初めての社員であり、CEOやグローバルオペレーションSVPを務めたRyan Graves氏だ。Uberを退いた彼は活動拠点をハワイに移し、複数のスタートアップの取締役を務めるとともに、自身のファミリーオフィスSaltwaterを運営している。
Graves氏は講演の中で、Uber創業者のTravis Kalanick氏と共に経営に参画していた当時を振り返った。Graves氏が「一生に一度、一世代に一度の起業家」と評するKalanick氏とともに、規制当局への対応、企業名からcabの文字を外しUberへの改称、料金体系の明確化など、重要な改革を次々と実行していったという。
その過程でGraves氏は、急速に変化する環境に適応するための新しいアプローチ方法を模索した。そこで到達したのが、ビジネスを「ゲーム」として捉える考え方である。「ゲームとは、ルールに従って行われる競争的な活動であり、スキル、強さ、運によって結果が決定される」と定義し、3つの原則を示した。

第1の原則は「精神的な規律」だ。大学時代に学んだストア哲学、特にマルクス・アウレリウスの「自省録(瞑想録)」から強い影響を受けたGraves氏は、最悪のシナリオを想定して準備することの重要性を説いた。そうすることで、危機的状況でも冷静さを保ち、明晰な判断を下すことが可能になるという。
第2に「Big Picture(全体像)の把握」を挙げた。ボードゲームのプレイヤーのように、個々の局面を全体的な視野から俯瞰的に見ることの重要性を強調した。自身を駒ではなくプレイヤーとして位置づけ、コーチのように全体の戦略を見渡すことで、より戦略的で意図的な判断が可能になるとしている。
第3の原則は「迅速な適応」だ。Graves氏は「船乗り」の比喩を用い、環境を変えようとするのではなく、環境に適応する重要性を説明した。優れた船乗りが風や海の状態を変えようとするのではなく、それらの条件に適応する技術を磨くように、ビジネスにおいても環境への適応力が重要だと説く。
「これらの原則は、人材育成、戦略立案、変化への対応という具体的な経営課題に直結します。ビジネスの本質は『人』にあり、適切なマインドセットを持つレジリエント(しなやかで強靭な)なチームの構築が不可欠です。また、企業の規模に関係なく、自社のスキルや製品を理解した上で明確な戦略が必要です。」
Uberでの経験を通じて、Graves氏は「変化は避けられず、予測することは難しいかもしれないが、準備・適応することは可能」という確信を得たと言う。人材育成から戦略立案まで、変化の激しいスタートアップのビジネスにおいては課題が山積しているが、生き残る上で、準備・適応こそが最大のカギと言えそうだ。
地球から月・火星へ、アフリカから宇宙移民に挑む

1日目、最後のセッションでは、南アフリカの理論物理学者で技術者のAdriana Marais氏が人類の多惑星種族化への展望と、自身の取り組みについて語った。彼女はケープタウンに本拠を置くNPO「宇宙開発財団(Foundation for Space Development)」のディレクターで、アフリカ初の探査機を月に送るクラウドファンディング・プロジェクト「Africa2Moon」のリーダーでもある。
「宇宙探査という未知のものを考えると、それは恐ろしく感じるかもしれません。しかし、地球に留まるにせよ、他の惑星に行くにせよ、私たちは毎日、未知のものに直面しています。」
彼女は1997年の高校生時代、火星上の都市を紙粘土で制作した。その時から「火星に生命は存在するのか」「人類は火星に生活基盤を確立できるのか」という大きな問いを持ち続けてきたそうだ。
2016年、メキシコのグアダラハラでSpaceXのElom Musk氏が火星輸送システムの開発計画を発表した際には、彼女はその場にも立ち会った。この発表は、民間企業による壮大な火星進出計画は前例のないものだった。
その後、Marais氏はフロリダでSpaceXによる民間宇宙飛行士の国際宇宙ステーションへの打ち上げも見学。SpaceXは再使用可能なロケット技術を確立し、打ち上げコストを大幅に削減することに成功している。

火星での生活を実現する準備として、Marais氏は地球上の極限環境での実験に着手した。ナミビアの砂漠は地球上で最も古い砂漠であり、5500万年前は海底だった。現在は火星同様、太陽光は豊富だが水資源が限られている。ここでは太陽光発電と効率的な水管理システムの実験が可能だ。
南極では、冬季は外部からのアクセスが困難で、氷点下60度という火星に近い気温環境下での技術検証を行える。また、フロリダの海中研究施設では、特殊なスーツを着用し、閉鎖環境での生活を体験した。これらの環境で、電力、水、食料、通信などのインフラ整備や、チーム運営の手法を検証している。
また、Marais氏は南アフリカのツィツィカマで、インフラのない場所での生活実験を実施。約2トンの資材を1.2キロメートル、標高差300メートルの道のりを人力で運び、300時間かけて小屋を建設。ガスと薪による暖房・給湯、雨水の利用、通信手段の確保など、限られた資源での生活を6カ月間実践した。

Marais氏は現在、オーストラリアと南アフリカに建設された世界最大の電波望遠鏡「Square Kilometer Array」にインスピレーションを得て、新しい設計の月面望遠鏡の開発を進めている。この望遠鏡は地球の大気で遮られる0-10メガヘルツの周波数帯での観測を目指しているそうだ。
2055年までにアフリカの子供人口は10億人に達する見込みだ。Marais氏は「Africa2Moon」プロジェクトを通じて、アフリカの若者たちに宇宙開発への参画機会を提供し、技術革新の担い手となることを期待している。そして、宇宙という目標を通じて、人類共通の未来を創造する重要性を強調した。
「私たちは宇宙船『地球号』の乗客ではなく、乗組員なのです。」
登壇者400名以上、メインセッション100以上、サイドイベント90以上

TechGALAは初回とはいえ、メインセッションの数は100以上という大台に乗った。また、メインセッション終了後のアフターファイブに市内各地で開催されたサイドイベントは90以上に達したようだ。アンオフィシャルのサイドイベントも含めれば、総数は優に100を超えているだろう。
これはTechGALAが単に知見を深めたり、スタートアップが製品やサービスを宣伝するだけではなく、直接的には利害関係のないエコシステムのプレーヤー同士さえも、互いに親交を深める環境づくりにも重きを置いたからだ。中には、サウナやジョギング愛好家によるイベントも開催されていたようだ。
この日、名古屋はこの冬一番の冷え込みとなり、夜半には雪さえぱらついたものの、起業家たちの熱気と情熱に満ちた語らいは、市内各所で夜更けまで続いた。
記事:池田将
編集:北松克朗
トップ写真: J-STORIES (池田将)
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