J-STORIES ー 虫歯や高齢などにより失った歯は、義歯もしくはインプラントなど人工物で代替するのが従来の方法だが、将来、失われた永久歯に代わる“第3の歯”を作る医療への道を開く新薬開発が進んでいる。
世界初となる歯の再生治療薬の開発に取り組んでいるのは、京都市に拠点を置くトレジェムバイオファーマ(京都市)。2024年9月から治療薬の安全性を確認する臨床試験を開始し、その後、生まれつき一部の歯が生えない「先天性無歯症」の人への治験を経て、2030年に実用化する目標だ。
現在、この再生治療薬が対象にしているのは、生まれつき歯が無かったり、本数の少ない希少疾患「先天性無歯症」の患者だ。その患者数は全人口の1%になると言われ、現在の一般的な治療としては義歯やインプラントなどが使われている。しかし、子供の場合はインプラントが使えず、多くが不自由な生活を余儀なくされている。将来的には、高齢者や虫歯などで歯を失った人も対象にする。
同薬は、京都大学大学院で口腔外科の専門だった高橋氏らが開発した。現在、公益財団法人田附興風会医学研究所北野病院(大阪市)に所属する高橋氏は約30年前から、歯の再生の可能性を探ってきた。
開発の転機となったのは2018年。当初、遺伝子組み換えウイルスで歯を増やそうとしていたが、なかなか成果を上げられなかった高橋氏らは、「USAG-1」と呼ぶタンパク質に着目した。
USAG-1遺伝子が欠損したマウスは、通常は退化して消失する「歯の芽」が退化しない。それを突き止めた高橋氏らは、USAG-1タンパク質の働きを抑える抗体を投与することで歯を生やす実験に成功した。
「USAG-1というタンパク質がないと抗体はできない。タンパクを作ることが難しかった」と髙橋氏は言う。タンパクの開発は、大阪大学蛋白質研究所の高木淳一教授が担った。
2020年5月、高橋氏らはトレジェムバイオファーマを設立、代表には京都大大学院時代に高橋氏の研究室にいた歯科医、喜早ほのか氏が就いた。今は京都大学や福井大学や、企業など計100人超のチームで開発を進める。
現在、臨床試験に入る前段階はほぼ完了している。2024年9月からは1年間かけて、一部の歯が欠損している健康な30歳から65歳の男性に対して薬の効き目を試す第一相の臨床試験を行う予定だ。その後、2〜7歳の無歯症の患者向けにも投与し効き目を確認した上で、2030年内の実用化を目指す。
同社は2023年7月、第三者割当増資で総額3億8000万円を資金調達した。治験用製剤の製造などに充てる。薬の実用化に向けては、製薬会社と組むことを模索する。
高橋氏は「歯は器官で、完全な形の器官ができるというのは私たちの夢だった。無歯症の患者さん、特に成長期の子供たちの栄養摂取の促進や、快適な生活につなげたい」と話している。
記事:国分瑠衣子 編集:北松克朗
アップデート記事:肱黒勇正 アップデート編集:一色崇典
トップページ写真: トレジェムバイオファーマ 提供
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