J-STORIES ベテラン翻訳者が警鐘「対外発信を真剣に考えるなら、ただ英訳するだけでは不十分」

翻訳者が語る海外情報発信の秘訣。ベンチャー・中小企業は「アドバンテージがある」

8月 9, 2024
BY TAKANORI ISSIKI
J-STORIES ベテラン翻訳者が警鐘「対外発信を真剣に考えるなら、ただ英訳するだけでは不十分」
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編集長インタビュー 〜 日英翻訳家・コピーライター、We Do Japan 代表、 トニー・マクニコルさん
日本の企業がグローバル市場に進出する際、単に日本語のウェブサイトを英語に翻訳するだけでは十分ではない。特にスタートアップ企業が海外での成功を目指す場合、英語話者に向けたメッセージを明確に伝えるための戦略が必要だ。この記事では、J-Storiesの翻訳者でありコピーライターであるトニー・マクニコル氏に、日本企業のグローバルコミュニケーションの課題とその解決策について尋ねた。

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J-STORIES ー 日英バイリンガルメディアのJ-STORIESでは、日本語の記事を英文化する場合、英語のネイティブスピーカーであり、かつ日本の事情を深く理解し、ニュースライティングのスキルも高いジャーナリストがファクトチェックを改めて行ない、英文記事を作成するようにしている。どれだけ優秀なネイティブのライターであっても、日本の事情に詳しくなければ誤解に基づいた誤った内容に変換されることもありえるし、優秀な翻訳家であっても、現地のジャーナリズムの作法がわからなければ、現地の読者に読みやすく、一定のクオリティを保った記事として文章を再構成することは困難である。
J-STORIES前田編集長とウェブサイトを確認する、トニー・マクニコルさん     J-STORIES 撮影    
J-STORIES前田編集長とウェブサイトを確認する、トニー・マクニコルさん     J-STORIES 撮影    
現在、J-STORIESでそうした英文の執筆を行っている英国人のトニー・マクニコルさんは、そのような条件を完璧に満たす数少ないジャーナリスト兼翻訳家・コピーライターの1人だ。

海外に正しくメッセージを伝える為には、日本人向けの文章を英訳するだけでは不十分

マクニコルさんは、2002年から日本でジャーナリストとして活動し、文化からサイエンス、テクノロジー、政治経済に至るまで様々な取材を担当してきた。その後、10年前に英国に帰国してからは、日本についての幅広い見識・知識を生かして翻訳家兼コピーライターとしても活躍している。
歌舞伎の小道具を作成する工房を取材する、トニー・マクニコルさん    トニー・マクニコル 提供
歌舞伎の小道具を作成する工房を取材する、トニー・マクニコルさん    トニー・マクニコル 提供
HITACHIのイギリス工場を取材する、トニー・マクニコルさん    トニー・マクニコル  提供
HITACHIのイギリス工場を取材する、トニー・マクニコルさん    トニー・マクニコル  提供
J-STORIESの記事を英文化するにあたって、マクニコルさんが記事で取り扱われている企業や団体の日本語のウェブサイトを必ず確認し、記事の内容と照らし合わせる。記事が報道しようとしていることについて、より正確な理解が得られるからだ。対象となる企業や団体が英語のウェブサイトを持っている場合は、そちらも必ずチェックして正確な表記方法などを確認する。
バイリンガルな編集のプロであるマクニコルさんが、対外発信をしようとしている多くの日本企業に伝えたいと感じている懸念がある。
それは、「日本語のウェブサイトを英語に翻訳するだけでは不十分」であるということだ。

単に英訳するのではなく、対象のマーケットに合わせた新しいメッセージを作成する

日本語のウェブサイトは日本人向けに作成され、その後に英語に翻訳される。そのため、日本人読者向けに書かれた英語のメッセージをそのまま逐語訳的に英語に置き換えても、英語話者には響かないことが多いと指摘する。
「まず日本の企業が海外の顧客や投資家に伝えたいメッセージを考え、そのメッセージを英語にする必要があります」ートニー・マクニコルさん
「まず日本の企業が海外の顧客や投資家に伝えたいメッセージを考え、そのメッセージを英語にする必要があります」ートニー・マクニコルさん
「まず日本の企業が海外の顧客や投資家に伝えたいメッセージを考え、そのメッセージを英語にする必要があります」とマクニコルさんは語る。「単に日本語を英語に翻訳するのではなく、(対象とするマーケットに合わせた)新しいメッセージを作成することが重要です」

翻訳とコピーライティングを組み合わせた「トランスクリエーション」

例えば、日本では特定の製品やサービスが人気であっても、海外にそれとは異なる需要がある場合、日本国内向けの内容では海外読者には十分なメッセージとはなりにくい。マクニコルさんは、企業が自社の製品やサービスについて伝えたいメッセージを明確にし、それを市場に合わせて調整することが必要であると強調する。
「ざっくりとした翻訳で済む場合はChatGPTのようなツールを使っても良いでしょうが、特定のターゲットに向けた強力なメッセージが必要な場合は、新しいメッセージを作成する必要があります」ー トニー・マクニコルさん
「ざっくりとした翻訳で済む場合はChatGPTのようなツールを使っても良いでしょうが、特定のターゲットに向けた強力なメッセージが必要な場合は、新しいメッセージを作成する必要があります」ー トニー・マクニコルさん
「トランスクリエーションと呼ばれる手法がありますが、これは翻訳とコピーライティングを組み合わせたもので、実際には英語話者向けに新しいメッセージを作成することです」とマクニコルさんは説明する。「ざっくりとした翻訳で済む場合はChatGPTのようなツールを使っても良いでしょうが、特定のターゲットに向けた強力なメッセージが必要な場合は、新しいメッセージを作成する必要があります」

具体性を欠いたメッセージだけを発信することは有効ではない

マクニコルさんはまた、日本の企業、特にスタートアップが掲げる目標が感情に訴えることを重視しすぎて、具体的な説明を疎かにしていることがマイナスに働いていると指摘する。「日本の企業は『世界を変えたい』、『未来を変えたい』という大きな夢を持っています。これは素晴らしいことですが、具体性を欠いたメッセージだけを発信することは有効ではないように思います。海外では具体的な事実や製品の詳細に関心があるため、感情に訴えるメッセージは通じにくいことが多々あります」
英語話者は、製品がどのように機能し、どのような利点があるのかといった具体的な情報を求めている。そのため、日本企業が海外市場向けにメッセージを作成する際には、スタイルや構造を見直し、重要なポイントを最初に伝えることが求められるというのだ。

「日本向け」と「海外向け」 〜 何が違うのか?

日本のウェブサイトは、詳細な情報を最初に提供し、最後に重要なポイントを伝える傾向があるが、英語のウェブサイトでは逆に、最初に重要なポイントを伝え、その後に詳細を補足するスタイルが一般的だ。これは、英語でのニュース記事の構成などでも標準的なスタイルとなっており、「『逆三角形 (Inverted Pyramid)』の原則」などとも言われる。このように、最も重要な要素を最初に持ってくることは、「忙しい人々が、重要な情報をすぐに理解できるために大切」であると、マクニコルさんは強調する。
また、スタイルだけではなく、物事の背景をどこまで説明する必要があるか、そして説明の際に使用する用語や概念も、日本と海外では大きく変わってくる。
「日本では少子高齢化が進んでいますが、海外ではその状況が異なるため、その点(少子高齢化とは何かという概念そのもの)を説明する必要があります」ートニー・マクニコルさん
「日本では少子高齢化が進んでいますが、海外ではその状況が異なるため、その点(少子高齢化とは何かという概念そのもの)を説明する必要があります」ートニー・マクニコルさん
例えば、日本の企業が少子高齢化を前提とした製品を紹介する場合、海外の市場向けには、まず日本の少子高齢ががどうなっているのかなどという基本的な背景説明が必要になる、とマクニコルさんは述べる。「日本では少子高齢化が進んでいますが、海外ではその状況が異なるため、その点(少子高齢化とは何かという概念そのもの)を説明する必要があります」
そうした具体例として、「SDGs(持続可能な開発目標)」についても、日本では広く認知されているが、海外ではまだ知られていないことが多いと指摘する。海外への情報発信をする場合、日本企業は対象となる市場に合わせたメッセージを作成したり用語を選択する必要がある。

ベンチャー企業や中小企業にはアドバンテージがある

マクニコルさんは、大企業が英語のコンテンツを作成する際に、そのワークフローの最終段階に英語の理解が不足している人が関与し、内容に変更を加えることで、ブランド価値が損なわれてしまうことがあると警告する。
「特定の企業名は挙げたくはないですが、私はかつてとても大きな日本の会社で働いたことがあります。その会社では英語コンテンツを制作するために、多額の費用と、とても複雑なプロセスを費やして、コンテンツを制作していましたが、最後の最後で、英語ネイティブがその英語をどのように理解するのかについて、全く分かっていない「責任者」がやってきて、内容を変更してしまうことがありました。ほんの少しの変更でしたが、それによってコンテンツの内容は悪い方向に変わってしまいました。とても勿体無いことです」
マクニコルさんは、自身の過去の経験においても、様々なステークホルダーがいて意見の集約が難しい大企業や政府機関では、コンテンツ制作担当者による迅速な意思決定や自由な判断は簡単ではない、と一定の理解を示す。一方で、そうしたしがらみが比較的少ないスタートアップや中小企業は、海外の読者に届きやすい直接的なメッセージを発信しやすいアドバンテージがあることに気づいて欲しいと語る。
「大企業にありがちな官僚主義を心配する必要がないベンチャー企業や中小企業にはアドバンテージがあると思います。私がやりたいことは、彼らとの直接会話を通じて、彼らが伝えたいメッセージとは何か?そのメッセージをどのように伝えるべきなのか?そして、なぜそのような表現が必要なのかについて議論し、理解してもらうことです。」

対外発進には、良質な英語コンテンツが必要不可欠

最後に、マクニコルさんは、良質な英語コンテンツの重要性を強調する。「外国人パートナーを探していると言いながら、英語のウェブサイトがない企業が多いことに驚かされます。また、英語ウェブサイトがあるからと言ってもそれだけではまだ不十分で、(日本企業の対外発信には)英語のネイティブスピーカーにしっかりと内容が伝わるような英文コンテンツが必要不可欠です。」
特に、スタートアップ企業は、会社名やキャッチフレーズ、事業内容を簡潔に説明する必要がある。また、企業の顔となる人物を紹介することで、企業に対する信頼感を高めることができる。
日本企業がグローバル市場で成功するためには、単なる翻訳ではなく、ターゲット市場に合わせた新しいメッセージを作成することが求められる。マクニコルさんは、企業と直接対話し、そのメッセージを効果的に伝えるための支援の提供を目指している。

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J-Storiesでは、海外への情報発信を真剣に考える企業の皆様を応援しています。対外発信に関してのご相談や、英語記事の執筆、トランスクリエーションを担当するマクニコル氏を含む専門家チームへお問い合わせ info@pacificbridge.jp までメールでご連絡ください。
記事:一色崇典 編集:北松克朗
トップ写真: J-STORIES 撮影
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