飛行機で台風の目に突入して被害を防ぐ 〜 日本で進められている「台風無力化計画」とは? 

台風の威力を抑え、発電にも利用する「一挙両得」な防災対策が2050年に実現?

8月 2, 2024
BY YOSHIKO OHIRA
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J-STORIES ー 地球温暖化を背景に台風や大雨よる深刻な被害が頻発している。今後50年から100年の間に台風や大雨の規模は現在よりも5%―10%増大すると考えられており、人々の暮らしや社会インフラが更なる脅威にさらされる懸念が高まっている。
強大化する台風への防災対策として、台風の威力を人為的に制御して、被害を最小限に抑えようという野心的な取り組みが今、日本政府の国家プロジェクトとして進められている。広い地域に防災インフラを整備するよりもコストが抑えられるだけではなく、その制御したエネルギーを電力に変えて「資源」として利用もできる、という一挙両得の仕組みづくりを目指している。
「タイフーンショット」計画の目標は「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会」を実現すること。 台風科学技術研究センター 提供
「タイフーンショット」と名付けられたこの計画は、台風の巨大化プロセスに関わる「暖気核」と呼ばれる領域を冷却・弱体化することが狙いだ。暖気核が発達すると水蒸気を集める力がさらに強くなり、台風の勢力が強まる。計画では、飛行機に積んだ大量の氷やドライアイスなどの冷却物質を暖気核に散布するなどの手段で、既存の防災インフラが耐えられる水準にまで台風の勢力を人工的に弱らせる。
「タイフーンショット計画」では、台風が発生・発達するメカニズムを遮断する制御法が検討されている。      台風科学技術研究センター 提供
「タイフーンショット計画」では、台風が発生・発達するメカニズムを遮断する制御法が検討されている。      台風科学技術研究センター 提供
「タイフーンショット」計画は、2022年に内閣府が進める国家プロジェクト「ムーンショット型研究開発事業」の研究課題として採択された。目標は「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会」を実現すること。気象学的アプローチ、工学的アプローチ、影響評価、ELSIの研究開発項目の各視点から調査・研究が進められている。
同様のプロジェクトとしては、米国が1947年から行った実験がある。複数の飛行機でドライアイスなどの物質をハリケーンの目の外側の雲に散布する方法で、69年にはハリケーン・デビーにヨウ素を散布し、風速を30%減速させることに成功した。しかし、実験の影響で台風の方向が変わり予想外の被害がでてしまう恐れが指摘されるなど、様々な理由により米国では69年に実験がストップしている。
Envato 提供
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しかし、現在ではより高精度の台風予測ができるようになるなど、台風のメカニズムについての観測・分析技術が向上し、コンピューター上のシミュレーションを通して、台風制御の効果を確認できるようになった。
日本国内では2010年代以降から横浜国立大学などで台風研究が活発化し、同大学に日本初の台風専門研究機関である台風科学技術研究センターが2021年に創設されるなど、気象学や航空科学などといった様々な学問領域を横断的に連携させた産学共同の研究体制が整った。
令和元年の台風第15号(房総半島台風)をモデルにしたシミュレー ションでは、上記物質を散布すると、散布後の中心気圧が3~5hPa上昇(台風が弱化)し、風速は1~3m/s 弱まることが分かった。わずかな差のようにも見えるが、建物被害に換算すると、台風が通過した神 奈川県では実に40%の軽減効果が見込める数字だという。
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もちろん、現状では、冷却物質の大量散布は飛行機を使う以外の方法がなく、安全に低コストで運ぶ方法が確立されていないなど、実現への課題は少なくない。しかし、2017年には日本で30年ぶりに台風の航空機観測が行われるなど、「タイフーンショット」の社会実装に向けたチャレンジは着実に進展している。
タイフーンショット構想が目指す、2050年の未来像。 
タイフーンショット構想が目指す、2050年の未来像。 
この計画で気象制御理論の構築および、気象制御技術の研究開発を進めている横浜国立大学総合学術高等研究院主任研究者で台風科学技術研究センター長の筆保弘徳(Fudeyasu Hidenori)さんは、これまで20年ほど台風の研究を進めてきた。しかし、筆保さんは「令和元年の房総半島台風時に20年前と何ら変わらない被害状況を目の当たりにした。自分たちの提言が世の中に役立っていなかったという敗北感にさいなまれた」と振り返る。
筆保さんらは、暖気核に冷却物質を散布し勢力を弱める方法だけではなく、海面活性剤を敷き詰め水蒸気の蒸発自体を抑制するなど、台風の発達メカニズムを遮断するいくつかの研究を進めている。
タイフーンショット計画のもう一つの目玉は、制御した台風のエネルギー(風力)で無人の船を動かし、海中のスクリュープロペラが回った力で発電するという台風を資源(恵み)として生かす研究だ。
海底発電については、既に深海部と表層部の温度差のある海水を混ぜ合わせることで起こるエネルギーを活用し発電させる試作モデルがある。筆保さんは「私たちが進めているのは、台風の力を活用して生まれた電力を船に蓄電させ、台風の被害エリアにそのまま運び活用するもの」だという。
「タイフーンショット計画は、台風を自分たちの思い通りにコントロールするものではなく、その風力や中心気圧を少しでも弱め、今あるインフラで耐え得るようにするための準備。研究を進めていくことで、これまでにない脅威が目前に現れた際に、防御する選択肢があることを目指すもの」ー 横浜国立大学総合学術高等研究院主任研究者で台風科学技術研究センター長の筆保弘徳さん  
「タイフーンショット計画は、台風を自分たちの思い通りにコントロールするものではなく、その風力や中心気圧を少しでも弱め、今あるインフラで耐え得るようにするための準備。研究を進めていくことで、これまでにない脅威が目前に現れた際に、防御する選択肢があることを目指すもの」ー 横浜国立大学総合学術高等研究院主任研究者で台風科学技術研究センター長の筆保弘徳さん  
筆保さんは「タイフーンショット計画は、台風を自分たちの思い通りにコントロールするものではなく、その風力や中心気圧を少しでも弱め、今あるインフラで耐え得るようにするための準備。研究を進めていくことで、これまでにない脅威が目前に現れた際に、防御する選択肢があることを目指すもの」と強調する。
研究をさらに加速していくためにも、筆保さんは「国際連携を強化することに加え、今後は研究者の世代交代も必要」と訴える。「50年後、100年後の未来へ向けた世界規模の研究。その魅力を、私たちが若い世代の研究者に伝えていかなければならない」
記事:大平誉子 編集:北松克朗
トップページ写真: 台風科学技術研究センター 提供
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

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