JStories ― 暮らしや育児、教育、医療など「生活のフロントライン」を熟知し、社会課題を解決する様々な経験やアイデアを持ちながら、女性の存在価値と人材力は多くの分野でいまだに十分に評価されているとは言い難い。社会改革を推進するスタートアップ支援においても、女性たちの声は男性優位の圧力に遮られ、かき消されてしまう現実がある。
シリコンバレーを拠点に女性起業家の支援と育成に大きな成果を上げている「Women’s Startup Lab(ウィメンズ・スタートアップ・ラボ)」。創設者の堀江愛利さんは、自身のキャリアと育児の経験を通して、女性が起業へ踏み出す際に直面する見えにくい壁と向き合い続けてきた。その挑戦を貫いていたのは、「女性だから支援する」のではなく、社会の改善に不可欠なアイデアを持つ女性たちの声が正しく評価されるひとつのスタンダードを作りたい、という思いだった。
Women’s Startup Labは2013年の設立以来、起業家支援プログラムで国内外の2万人以上の女性起業家を育成し、彼女たちのアイデアや活動を世界に届く価値へと変えてきた。堀江さんに「Women’s Startup Lab」にかける熱意と取り組みを聞いた。
大企業、スタートアップ、在宅ワーク…自らの働き方の試行錯誤
― Women’s Startup Lab 設立に至るまでの経緯を教えてください。
私は17歳でアメリカに留学し、大学卒業後は米国IBMで働き、さらにスタートアップに転職しました。新しい職場での仕事はベンチャー企業特有のスピード感と学びの濃さが面白くて、やりがいはあったんです。ただ、夜中の3時に電話が鳴るのが当たり前で、休む暇がないという仕事漬けの毎日でした。
それは子どもが生まれたばかりの時期で、「これだけ働くなら、自分でやったほうがいいのでは?」と感じ、その後、在宅の副業など様々な働き方を経験しました。その中で「女性のアイデアが組織に届かない」という現実に何度も直面しました。
―女性のアイデアが届いていないという実感が湧いたのは特にどんな時でしたか?
育児の分野でした。シリコンバレーは世界的なテックの中心地なのに、育児領域は驚くほど「ローテック」だったのです。書類は紙ばかり、情報は分散し、子どもの習い事一つ探すにも延々と調べる必要がありました。3歳と5歳の子供たちをサッカーのクラスに通わせる時間と場所を合わせるだけでも、ひと苦労……。共働き家庭にはとても非効率です。
「なぜ育児や生活領域にはテクノロジーが届かないんだろう?」と不思議でしかたありませんでした。生活の課題をリアルに知っている人の声が、社会に届いていない。結果的に、社会の課題解決に必要な視点が欠けてしまうのではないかと強く感じたのです。
―米IBMからなぜスタートアップへ転職したのですか?
当時はスタートアップに行くのが“勝ち組”と言われていた時代。私がIBMを選んだときは、周りから「なんであえて大企業?」と言われたほどです。私は手を動かす仕事が好きで、クリエイティブにマーケティングをやりたいタイプなのですが、大企業だと本社の決定に従うだけで、自分で動ける部分が少ないということが(IBMに就職してみて)わかりました。
「もっと能動的に働きたい」と思い、一念発起してスタートアップに飛び込み、いくつかの企業を経験しました。買収で会社が変わって仕事も異動になったり、転勤を断ったりしながら、さまざまな環境で働いてきました。寝ずに仕事をするようなハードさもありましたが、スタートアップのスピード感は性に合っていたと思います。
女性アイデアの“軽視”を目の当たりにしたハッカソン
―Women’s Startup Lab創設に強く背中を押したきっかけとは?
はい、あるハッカソンに参加したときのことです。女性の参加者からも素晴らしいアイデアがいくつもありました。約20年、看護師として働いてきたある女性が「患者、看護師、医師の間のコミュニケーションを改善するデータ基盤を活用した、患者により良い看護」を提案しました。現場の課題そのものを突いた、非常に有用なアイデアです。
ところが、若い男性エンジニアが多かった会場では、その価値が理解されず、誰も彼女のアイデアを選びませんでした。代わりに選ばれたのは、「週末にどのバーに“可愛い女の子”がいるかリアルタイムで表示するアプリ」のようなもの。彼女はショックを受け、翌日は姿を見せませんでした。このままでは、女性が諦めていってしまう……。
この光景を見た瞬間、私はWomen’s Startup Labを始めることを決めました。そして、私自身の起業家としての経験とシリコンバレーの著名人ネットワークを複合的に組み合わせ、独自の起業家支援プログラムを開発しました。
―起業するうえで男女差が出てしまうのは、なぜでしょうか?
女性はキャリア形成の途中で家庭と向き合う時期があり、どうしてもネットワークが途切れがちなのも一つの理由です。男性は年齢を重ねるほど仕事仲間が増えていきますが、女性はそうはいかない。さらに、スタートアップの世界では「男性の感覚」が中心になっているため、女性のアイデアは理解されにくい構造があります。これは誰かが悪意をもって差別しているという話ではなく、社会構造全体がそうなっているということ。「自分は差別していないから関係ない」と言ってしまう男性が多いのですが、それでは何も変わりません。
「女性のために」ではなく「(男女の違いを問わず)自分たちの業界を良くするため」という視点が必要です。業界を前進させたいなら、まず自分たちがどんな思い込みや落とし穴にはまりやすいのかを知り、小さくても行動を重ねることが欠かせません。未来をつくるスタートアップの世界では、過去を基準に判断していては新しい可能性を逃してしまう。だからこそ、「自分の価値観は過去に由来する」という事実を一度は自覚し、その外側に目を向ける姿勢が重要になると思います。
支援の対象を女性に特化する意義と成果
―なぜ女性に特化する必要があるのでしょうか?
日本もアメリカも「ビジネス文化が男性中心」で形成されており、女性は男性と同じふるまいをしても評価されにくい、起業しても投資家が付きづらい、あるいは逆に叩かれてしまうなど、無意識のバイアスが存在します。
さらに、子育てなどライフステージの変化もビジネス機会に影響しやすいため、女性特有の視点やつまずきやすいポイントを可視化するプログラムが不可欠だからです。また、女性起業家を支援したいと考えるトップレベルの投資家やリピートアントレプレナー(連続して事業を立ち上げる起業家)が自主的に関わってくれるため、より質の高い支援が受けられる点も強みです。
― 印象に残っている起業家はいますか?
特に記憶に残っているのが、「Boatsetter(ボートセッター)」の創業者として知られ、今はベンチャーキャピタリストとして活躍する女性起業家です。彼女は30代後半でプログラムに参加し、資金調達のため戦略的に動き、私を通じてAirbnbのCMOやCFO、共同創業者とも繋がり、最終的にAirbnbからの投資を獲得。米国市場を押さえ、ヨーロッパにも事業を広げました。起業プロセスは過酷で、何百回も断られ、涙を流す日も多かったそうです。そうした起業家達が気分転換できる個室「Entrepreneur Recovery Room!」も用意し、中にはモーチベーションの上がる本やクッションなど気兼ねなく休める環境づくりもしていました。
国内発の女性起業家支援プログラムも開設
―堀江さんが代表を務め、2022年に国内でスタートした女性起業家支援のAmelias の活動内容についても教えてください。
こちらは、日本国内の女性起業家支援プログラムや高校生向けプログラムです。日本では若い世代の起業人口がまだ少ないため、「課題を見つけたら小さく始められる」という起業のワクワクを、高校生の段階から体感してほしいという思いで始めたものです。現在は経済産業省からの受託事業として、女性起業家向けの支援に特化しており、高校生向けプログラムは一時休止中です。
これまでに行ったアクセラレーション(スタートアップの支援活動)は約10バッチ(群)あり、累計では300名(300社)ほどを支援してきました。ワークショップやイベントまで含めると数千人が参加しています。年齢も高校生からシニアまで幅広く、70歳近い女性が応募し合格した例もありました。
毎月継続していた定例活動は2024年4月で一区切りとなりましたが、現在はプロジェクト単位で活動を続けています。例えば今年度は、The Coca-Cola Foundationとのパートナーシップのもと、アーリーステージの女性起業家を対象に「スタートアップ支援金」の募集を実施しました。
今年度は8名が採択され、最大15,000ドル(約230万円相当)の資金給付に加え、メンタリングやスキル育成を組み合わせた実効性の高い支援を行っています。来年、3月には東京で成果発表会を実施し、金銭的支援に加え、Ameliasプログラムを卒業した先輩起業家や女性起業家を応援する投資家との交流を通じて、成長とつながりを創出します。
女性のアイデアは、生活や医療、教育といった重要な領域の課題解決にとても近いところにある。でも、それが社会に採用されないまま埋もれていくのは、社会全体にとって大きな損失になります。Women’s Startup Labは、女性が諦めずに挑戦できる環境をつくり、彼女たちのアイデアが社会に届くようにするための場所となっています。女性の可能性がもっと自然に広がっていく世界を、これからも目指していきたいと思います。
記事:石井広子
編集:北松克朗
トップ写真: Women’s Startup Lab 提供
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。
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本記事の英語版は、こちらからご覧になれます。
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