J-STORIES ー 目が不自由な人が歩行する際に、盲導犬は、曲がり角を教えたり、段差や、障害物があったときに教えてくれる大切なパートナーだ。しかし、カーナビのように自動的に目的地まで案内してくれるわけではなく、利用者自身が道を把握する必要がある他、一部の交通機関や飲食店、病院などでは使用が認められていないなど、課題もある。
こうした中、日本IBMを始めとする大手企業や大学の研究機関などで構成された「次世代移動支援技術開発コンソーシアム」は、盲導犬の代わりとなり、目が不自由な利用者を安全に目的地まで誘導してくれるスーツケース型誘導ロボット「AIスーツケース」を開発した。
現在、様々な施設で実証実験が行われており、近い将来の社会実装が期待されている。
AIスーツケースは、名前の通り見た目がスーツケースのような形をしており、内部に、AIを搭載したコンピューター、画像認識センサー、カメラ、モーターなどが搭載されている。
利用者が、専用アプリの入ったスマホを使って目的地を設定してから、ハンドルを握ると、AIスーツケースが自動的に動き出す。ハンドルにはセンサーがついており、握ると動き、離すと止まる仕組みで、ハンドルの振動で次に進む方向を指示してくれる。
また、AIなどの機能を利用して、目的地に向かう過程で、通りかかる店や、通行者の情報を利用者に伝えるなどといった視覚障がい者がより自然に歩行を楽しむための機能も付いている。
例えば、クラウド上の情報や画像認識を駆使して、移動中に周囲にある店の情報や、店に入った場合には、陳列されている商品の情報を教えてくれたりして、目が不自由な人が街内で買い物を気軽に楽しむことが出来る。
こうした機能を可能にしたのが、自動運転などで利用されているLiDARセンサー(利用者の位置と障害物との距離を正確に測定する機械)や、人工衛星の電波と地上の基準局のデータを測定するリアルタイムキネマティックという技術である。
AIスーツケースには、こうした技術を使って集められた膨大なデーターをコンピューターが高速で処理することで、屋外においても、正確な位置の把握が可能となっている。
このプロジェクトの発起人は、日本科学未来館(東京・お台場)の館長で、東京大学先端科学技術研究センター フェローでもある研究者の浅川智恵子さん。
浅川さんは小学生の時に起きたプールでの事故で視力が弱まっていき、14歳のときに失明した。移動の不安を常に抱える視覚障がい者が自立して街歩きができる社会をめざし、前職のIBM時代から情報アクセスビリティー技術の研究に取り組んできた。
「AIスーツケースを一つのきっかけとしてテクノロジーがここまで変えていくことができるということを示し、新たな技術にアンテナを張っていきたい」。浅川さんは日本科学未来館の館長への就任記者説明会でこう語っている。
AIスーツケースは現時点において、人混みなど障害物が複雑になった場合や、屋外のデータ測定に課題が残り、商品化には至っていない。これまでに大型ショッピングモールや新千歳空港、未来館などの屋内施設や、未来館から最寄り駅までの屋外空間などで、一般ユーザーによるナビゲーション技術の実証実験が行われてきた。
2022年9月に東京都中央区日本橋で1ヶ月実施された、39人の視覚障がい者による実証実験では、AIスーツケースを使って施設(同じフロアー)内の複数の目的地に向かうという実験を行い、利用者全員が衝突などの問題なく、安全に利用できたという。
また未来館では今年4月からAIスーツケースを使って、常設展の展示内容を体験できる実証実験が定常的に行われており、より多くの実証データが蓄積されている。
そして、今年5月には、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の会場内でAIスーツケースの実証実験が行われることが発表された。
次世代の様々なロボットを実装・実証する「ロボットエクスぺリエンス」の一つとして選ばれたもので、「万博特別モデルのAIスーツケース」は、段差の乗り越え機能を強化した新車輪や、低位置の障害物も認識するセンサーを新たに追加するなどの改良を重ねた、屋内外共通利用型となる予定だ。
一般社団法人次世代移動支援技術開発コンソーシアム事務局広報担当の及川政志さんは、J-STORIESの取材に対し「社会実装に向けて、国内外のより多くの方たちに認知してもらうとともに、屋内外走行をシームレスに行える技術性能の向上、非機能要件(社会的受容性や法規制対応)の確認を予定している」として、「万博の全期間中に実験を実施して、視覚障がいの有無に関わらず多くの人(2~3000人単位)に体験してもらうことを目指す」と期待感を示した。
アップデート記事:一色崇典 編集:北松克朗
トップ写真: 次世代移動支援技術開発コンソーシアム
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