JStoriesでは、革新的な取り組みを行う日本のスタートアップを海外に紹介している人気ポッドキャスト番組Disrupting JAPANと提携し、同番組が配信している興味深いエピソードを日本語で紹介しています。以下にご紹介するのは、Antler Japanのパートナーであり、スタートアップエコシステムの発展に尽力しているサンディープ・カシさんとのインタビューで、複数回に分けて記事をお送りします。
*オリジナルの英語版ポッドキャストは、こちらで聴取可能です。


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今回は、起業家であり、世界的なベンチャーキャピタルAntler(本社:シンガポール)の日本法人であるAntler Japanでパートナーを務めるサンディープ・カシさんにお話を伺います。
ベンチャーキャピタルには「アイデアには誰も投資しない」という格言があります。これは、アイデアは簡単に思いつくもので、それだけではほとんど価値がないということを意味しています。
この格言はある面ではまだ真実と言えますが、完全に正しいわけではないようです。
カシさんにはインタビューの中で、Antlerがどのようにアイデアに投資しているのかを説明してもらいました。Antlerは基本的には企業に投資しますが、もしアイデアを持って彼らのもとに行けば、そのアイデアをスタートアップに進化させるために多くのリソースを提供してくれるのです。
また、外国人起業家が日本で直面している課題や、日本の創業者は英語が話せないという偏見についても話しました。そして、外国人起業家たちがどのように日本の創業者のスタートアップの立ち上げ方を変えているのかについても深く掘り下げてあります。とても興味深い内容ですので、ぜひお楽しみください。
(全7回シリーズの5回目。第4回目の配信・Part4はこちらでご覧になれます。)
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市場ごとに異なる起業環境とAntlerの戦略

(前回の続き)
ティム・ロメロ(インタビューアー、以下ロメロ):Antlerでは、世界中で似たようなスタートアッププログラムを実施していますが、市場ごとにどれくらい違いがあるのでしょうか?ここまでは日本市場の話をしてきましたが、英国や米国のように大学発のスタートアップがもっと一般的でよく理解されている場所では、どういった違いがあるのでしょうか?
サンディープ・カシ(以下、カシ):かなりの違いがあります。市場ごとに、その市場の特性に合わせてカスタマイズする必要があります。例えば、Antler Indiaの事例を見てみましょう。私は当初、インドではSaaS(クラウド上で提供されるソフトウェアサービス)系が中心だと思っていましたが、実際にはインドは今、ディープテック(最先端の科学技術を応用した分野)が主流となっています。インドから生まれるディープテック企業の数は非常に多いのです。
ロメロ:それはおそらく驚くべきことではないかもしれませんね。Antlerがインドの未開拓のニーズにうまく対応しているからこそ、ディープテックが主流になったのではないですか?
カシ:そうだと思います。
ロメロ:すでに市場が成熟していたSaaS分野には、資金が集まりやすかったのでしょう。
カシ:はい、SaaS企業には、ベンチャーキャピタルの視点から見て、専門知識があるからこそ投資がしやすいという利点があります。
ディープテックとゲーム、共通する知的財産の課題
カシ:初めの質問に戻りますが、どの国もそれぞれ異なります。日本について言えば、私たちは最も注目すべき分野としてディープテックを選びました。ディープテックは、宇宙技術から海洋科学、ライフサイエンス、メドテック(医療テクノロジー)、そしてゲームに至る広範な分野を内包する「傘」のようなものです。
ロメロ:ゲームですか?
カシ:そうです。
ロメロ:ゲームが含まれるとは、ちょっと意外ですね……。
カシ:ゲームについてお話ししましょうか?
ロメロ:はい、なぜゲームが含まれるのでしょう?
カシ:日本で何十億ドルもの収益を生み出したコンテンツを見てみてください。例えば、「ポケットモンスター(ポケモン)」や「機動戦士ガンダム」のような作品です。それと同じように、まだ棚に置かれたまま活用されていない、価値ある多くの知的財産(IP)が存在します。例えば、「マッハGoGoGo(英題:Speed Racer)」もその一例です。
ロメロ:私は子供の頃、「マッハGoGoGo」の大ファンでしたよ。
カシ:見た目は違うように見えるかもしれませんが、根本的には同じ問題です。ディープテックもゲームも、結局は知的財産の問題です。ディープテックから生まれる特許も、ゲームやマンガの権利も、直面している課題は同じです。それらの知的財産をどうやって市場に送り出すかが重要なのです。
眠る知的財産を起業のアイデアに変える仕組み
ロメロ:それは理解できます。ただ、ディープテックのソリューションを市場に出す場合には計算が立てられますよね。通常は、解決すべき問題がはっきりしていて、「この問題を解決する価値はいくらか」「今、どれくらいの対価が支払われているか」といった試算ができるわけです。でも、ゲームのマーケティングはまるで呪術のようなものです。
カシ:それは単なるゲームのマーケティングの話ではありません。実際には、その資産をどう活用できるかを考えているのです。Antlerの世界に話を戻すと、私たちは世界30都市で、年に2回ずつ30のプログラムを運営しています。約4万人の創業者が新しいアイデアを模索しています。もし日本の知的財産の預金庫、つまり権利のデータベースをプログラムに参加した創業者たちに提供すれば、彼らがどんなアイデアを生み出すかは誰にもわかりません。

異分野に共通する課題、眠る知的財産をどう活かすか
ロメロ:それは野心的ですね。ただ、私たちの世代、あなたと私は「マッハGoGoGo」を知っていますが、ミレニアル世代やZ世代はこの作品を知っているのでしょうか?
カシ:彼らがその作品を知っている必要はありません。重要なのは、その知的資産にはまだ大きなチャンスがあるということです。「マッハGoGoGo」を例に挙げると、例えばNASCAR(米国のカーレースシリーズ)やF1のようなモータースポーツ向けのアプリには、ガイド役となるキャラクターが必要です。その役割に最適なのが「マッハGoGoGo」の主人公です。しかも今では、AI技術の進歩によりキャラクターをアニメーション化することも可能になっています。もしあなたが「マッハGoGoGo」のファンで、同時にF1のファンでもあるなら、レースの状況に応じて実際に動く、そのキャラクターをアプリ内に登場させたいと思いませんか?
ロメロ:なるほど。つまり、知的財産を市場に展開するためのマーケティング力を持つ組織にライセンスを提供し、その周囲に新たなスタートアップを生み出していくということですね。それは納得です。
カシ:まさにその通りです。ディープテックやゲームの分野には、確実に収益化のチャンスを秘めた知的財産がたくさんありますが、今は活用されずに眠ったままです。これは大学でも同じです。棚には使われていない特許が数多く眠っています。もしそれらを解き放ち、起業家たちに活用の機会を与えることができれば、どんな可能性が広がるか、誰にもわかりません。
ロメロ:面白いですね。まったく性質の異なる2つの分野に、共通の課題があるというわけですね。
(第6回に続く)
第6回では、日本のスタートアップを取り巻く制度的課題や政策改善の必要性についてお話しします。
[このコンテンツは、東京を拠点とするスタートアップポッドキャストDisrupting Japanとのパートナーシップにより提供されています。 ポッドキャストはDisrupting Japanのウェブサイトをご覧ください]
翻訳:藤川華子 | JStories
編集:北松克朗 | JStories
トップ写真:Envato 提供
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