J-STORIES ー オスのマウスのiPS細胞から卵子を作り、別のマウスの精子との人工授精によって子どもを誕生させるという新たな成果を今年3月、大阪大学医学系研究科の林克彦教授らのグループが世界で初めて実現した。オス同士が両親となって子どもが生まれることを突き止めた研究で、理論的にはヒトへの応用も可能になるという。
ヒトをはじめとする哺乳類が持つ性染色体は、オスがXとY1本ずつ、メスはX2本が基本になっている。しかし、細胞には不安定な性質があり、オスの性染色体であっても細胞分裂を繰り返すと、まれにY染色体が消失したり、メスと同様にXが2本になることがある。
林教授らは長期培養したオスのiPS細胞からY染色体が消失した細胞を選び出し、それを元に卵子を作成。
精子と受精させて子どもたちが誕生した。2匹のオスから生まれたマウスは、成長した後に、交配して出産するなど順調に成長を続けている。
現在はマウスの段階だが、林教授はJ-STORIES の取材に対し「細胞レベルでは、人間にも同じテクノロジーが応用できる」と指摘。「早ければ数年で成功するかもしれない。卵ができるかどうかはまだ先のことになるけれども、不可能という理由は何ひとつない。時間の問題ではないか」と語っている。
そもそも林教授がこの研究を始めたきっかけには、難病で苦しむ人への思いがあった。現在、女性でありながらXYの性染色体を持つスワイヤー症候群や、X染色体が1本しかないターナー症候群など、染色体の異常によって妊娠が叶わない女性が存在する。
「そういう人たちの抱える課題を解決したいというのがもともとのモチベーションだった。それが、結果的に男性から卵子を作るのと同じ方法だった」(林教授)
マウス実験の段階ではあるが、オス同士から子どもが誕生し、ヒトへの応用にもつながる成果は大きな反響を呼んでおり、難病患者だけでなく、LGBTQ+(性的少数者)の視点からも期待の声が上がっている。その反面、自然の摂理に反するという倫理面からの批判もあり、ヒトへの応用については賛否両論が広がりそうだ。
「研究が進めば人間への応用の可能性はあるが、人間社会に適用するか否かはまた別問題で、社会的な議論が必要だ。個人的に言えば、自然で起こり得ないことを科学技術で行うのはよくないことではないかという思いもあるが、社会的に認められる場合は従おうと思う。科学者の役目は、技術の安全性を担保し、世の中の議論の俎上(そじょう)に乗せることだと考えている」(林教授)
この技術の用途として、絶滅の危機にある野生動物の保護にも応用できる可能性がある。実際に林教授は、密猟や環境破壊によってすでに2頭しか現存しないキタシロサイの種を保存する国際プロジェクトに参加しており、J-STORIESではその様子を報じている。
今回の研究成果により、生殖医療やiPS細胞に新しい分野が開けたことは間違いない。今後は倫理的な判断や家族の多様性などの議論を深めながら、どのように社会貢献に結び付けるか、実用化への道筋が注目を集めそうだ。
林教授はまた、この12月、イギリスの国際的科学雑誌「ネイチャー」で、その年とくに注目度の高い研究を発表した「今年の10人」のひとりに選出されている。
記事:嵯峨崎文香 編集:北松克朗
トップ写真:大阪大学
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