JSTORIES ー 最近の米国のニュースは、突如として発表される政策変更、新たな施策、そして複数の行政機関における大規模な人員削減の話題で溢れています。本記事では、トランプ新政権のもとで、今後数カ月から数年の間に米国特許制度にどのような主要な改革、変更、削減が行われるのか、特許訴訟弁護士などとして知的財産問題に精通しているEric D. Kirsch(エリック・カーシュ)氏(リモン法律事務所・東京オフィスのパートナー弁護士)の論考を2回にわたって紹介します。
前半は、こちらをご参照ください。
2025年1月20日、トランプ政権は、すべての連邦政府職員に対しリモートワークを禁止し、登庁勤務を義務付ける大統領令を発令しました。さらに、特定の例外を除き、新規採用を禁止する別の大統領令も発令されました。

米国特許商標庁(U.S. Patent Office、以下、USPTO)において、リモートワーク禁止令の影響は職員の職種によって異なります。
USPTOには、特許審判部(Patent Trial and Appeal Board、以下、PTAB)という機関があり、ここでは特許に関するさまざまな審理が行われています。その中でも特に重要なのが、「インターパーテスレビュー(inter partes review)」と呼ばれる手続きです。インターパーテスレビューは、すでに認められた特許に対し、その有効性を疑問視する第三者が特許庁に異議を申し立てる制度です。たとえば、ある企業が特許権を主張して他社を訴えた場合、訴えられた企業はこの手続きを利用し、特許そのものが無効であると主張できます。この制度は、特許訴訟の場面でしばしば活用され、特許を持つ側とそれを争う側の間で大きな影響を及ぼしてきました。
しかし、インターパーテスレビュー等を担うPTABの行政特許審判官(図1・ケース3)は、団体交渉協約の適用を受けていないため、トランプ政権の大統領令により、リモート勤務ができなくなりました。そのため、行政特許審判官の数が大幅に減少する可能性があります。本記事の執筆時点では、トランプ政権のリモートワーク禁止令によって何名の行政特許審判官がUSPTOを離れたのか、また今後離れるのかは、明らかになっていません。以下の図2は、トランプ政権によるリモートワーク禁止と採用凍結の大統領令がUSPTOに与える影響の概要を示しています。

要約すると、現在USPTOで特許を出願している企業や個人は、審査の遅れがこれまで以上に深刻化し、監督審査官の減少によって特許の質が低下し、未処理案件が増加する可能性があります。
また、PTABにおいても、審判官の人員削減により控訴審の期間が長期化し、インターパーテスレビューの審査にもさらに時間がかかると考えられます。USPTOは人員不足を理由に、インターパーテスレビューの審理開始を制限する可能性もあります。
立法面では、現在いくつかの特許関連法案が米国議会で審議されています。これらの法案の中には、もし成立すれば、米国の特許制度に大きな影響を与えると見られるものもあります。以下に、それぞれの法案の概要を紹介します。
- PREVAIL法案:同じ特許の有効性を複数の異なる裁判所で何度も争うことを制限し、PTABでの審理において、申し立てを行うための資格要件を設けます。
- IDEA法案:より多様な人々の発明活動を促進することを目的に、発明者の性別、人種、退役軍人かどうかといった人口統計データを収集します。
- PERA法案:特許法第101条における「特許の対象となる発明」の範囲を明確にし、特に「抽象的なアイデア」や「自然現象」についての基準を整理します。
- RESTORE法案:特許権の侵害が認められた場合、原則として特許権者が差止命令を求める権利を持つとする仕組みを導入します。これは、米国最高裁が2006年の「eBay対MercExchange事件」で示した「差止命令は自動的に出されるべきではない」とする判断を覆し、特許権者の権利行使を強化する内容となっています。
私の考えでは、RESTORE法案が成立すれば、特許を実際に使っているかどうかに関わらず、特許権者が侵害者に対して差止命令を求めることが可能になるため、米国の特許制度に最も大きな影響を与える法案になると思われます。
RESTORE法案の成立には、大手テック企業のほとんど、あるいはすべてが強く反対すると考えられます。というのも、この法案によって、特許を実際には使わず訴訟で利益を得ようとする、いわゆる「パテント・トロール」が特許侵害訴訟で過度な交渉力を持つようになると懸念しているためです。
したがって、もし議会がRESTORE法案の成立に向けて本格的に動き出した場合、大手テック企業はその阻止に向けて積極的なロビー活動(政治的な働きかけ)を展開すると予想されます。
これらの法案が議会を通過し、実際に成立する可能性についての私の予測は、以下の図3にまとめています。

まとめると、第2次トランプ政権下において、米国の特許制度は大きな課題に直面すると見られます。
USPTOにとっては、経験豊富な人材の確保と、審査が滞っている特許出願の処理を進めることが、今後ますます難しくなるでしょう。
また、立法面では、PTABの改革や特許の対象範囲の見直しを目的としたPREVAIL法案やPERA法案を議会が成立させる必要がありますが、これらの法案に十分な支持が集まるかどうかは、まだ不透明な状況です。
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著者について
Eric D. Kirsch(エリック・カーシュ)

米ゼネラル・エレクトリック(GE)の宇宙関連部門で電子機器の設計やソフトウェア開発に従事した後、ピッツバーグ大学法科大学院に進学。卒業後はフィラデルフィア市の地方検事補を務め、その後、ニューヨークの知的財産専門の法律事務所で特許訴訟弁護士として活躍。2010年にニコンの知的財産部門・責任者(Chief IP Counsel)に就任し、10年にわたりその職務を務めた。現在は、リモン法律事務所・東京オフィスのパートナー弁護士として活動している。
お問い合わせは eric.kirsch@rimonlaw.com まで。
翻訳:藤川華子
編集:北松克朗
Top 写真:Envato 提供
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