AIスタートアップにとって、知的財産(IP)の保護は、特に米国市場に進出する際の成功にとって非常に重要だ。しかし、多くのスタートアップは十分なIP戦略の重要性を見落としており、それが成功に大きな影響を与える可能性がある。本エッセイでは、Rimon, P.C.のパートナーであり知的財産法の専門家であるエリック・D・カーシュ氏(リモン法律事務所パートナー弁護士)が、AIイノベーションを保護するための戦略、特に特許取得と営業秘密の保護に焦点を当て、IP戦略がないことのリスクやAIイノベーションを守る価値について、著者の豊富なIP訴訟および企業法務の経験を元に2回にわたって解説する。
(全2回の後編。第1回目・前半はこちらでご覧になれます。)

製品の外観を保護する「デザイン特許」
一部のAIスタートアップにとって、特許を取得して技術を守ることは効果的な方法の一つです。しかし、多くのAIスタートアップは、特許には目的に応じた複数の種類があることをあまり理解していないと思います。例えば、米国の特許法には「design patents(デザイン特許)」と「utility patents(実用特許)」があり、デザイン特許は製品の外観を保護し、デザインの独自性を守ります。デザイン特許と営業秘密の保護を組み合わせることで、公開する部分と秘密にする部分をうまく調整した保護が可能になります。図1には、米アップルの有名なデザイン特許の一部が示されています。

図1に示すように、アップルの有名なデザイン特許の一つである「US Design 604,305」は、iPhoneのグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI)の外観を保護しています。AIスタートアップは、デザイン特許を戦略的に活用して、自社製品のユーザーインターフェースのデザインやその他の装飾的な要素を守ることができる点に注目すべきです。
装置や技術の革新性を保護する「実用特許」
デザイン特許とは異なり、実用特許は装置や技術の新規性や革新性に関わる部分を保護します。しかし、米国では一般的にソフトウェアやAIは特許の対象外とされています。このルールには多くの例外があるため、AIスタートアップは自社の発明がその例外に該当するかどうかを理解しておく必要があります。
まず、米国で何が特許の対象になるのかを簡単に説明します。米国では特許の対象となる範囲は非常に広いですが、特許が認められない3つの分野が存在します。これら3つの分野とは、「自然法則」、「自然現象」、そして「抽象的なアイデア」であり、図2に示されています。

ソフトウェア、データ構造(データを整理・構造化するための方法)、AIは、抽象的なアイデアと見なされるため、一般的には米国で特許の対象とはなりません。しかし、諦める必要はありません。このルールには多くの例外があり、以下で詳しく説明します。
特許可否の判断基準、「Alice/Mayoテスト」
米国で特許を取得できるかどうかを判断するために、特許庁や裁判所は2つの主要な検討項目からなる枠組みを用いています。AI技術を含むさまざまな発明に適用されるこの枠組みは、米国最高裁判所が下した2つの有名な判例にちなんで「Alice/Mayoテスト」と呼ばれており、詳細は図3に示されています。

図3に示されているように、Alice/Mayoテストのステップ1では、特許(または特許出願)の請求項が自然法則、自然現象、または抽象的なアイデアに関するものかどうかを判断します。ほとんどのAI技術は、抽象的なアイデアに該当すると考えられるため、ステップ2に進むことになります。ステップ2では、請求項に追加の要素が含まれているかどうかを判断し、それによって特許を認めるべきかどうかを決定します。これらの追加要素がどのような性質や特徴を持っているかを理解することが、AIに関する発明が米国で特許を取得できるかどうかを見極めるための重要なポイントとなります。
通常、「追加要素」とは、現実の問題を特定し、その問題に対して新規で技術的な解決策を提供するものを指します。例えば、現実の問題としては、特定の大規模言語モデル(LLM)の動作が遅すぎる、学習に必要なデータが多すぎる、消費電力が大きい、訓練が難しい、誤った情報を頻繁に生成してしまう、などが挙げられます。
新規で技術的な解決策とは、特定の種類の合成データを開発する方法、省電力でより高速に動作するAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の配置方法、LLMの訓練をより簡単かつ正確に行う方法、あるいはLLMが誤った情報を生成するのを検出・防止する方法などが考えられます。

特許が認められなかったケース
2025年4月18日に連邦巡回区控訴裁判所(米国の特別裁判所で、知的財産権や関税に関する訴訟の控訴審や、米国特許商標庁の決定に対する訴えを管轄する)で下された「Recentive Analytics, Inc. v. Fox Corp.」の判決は、特許が認められないAI技術の一例として参考になります。
この裁判では、Recentive Analytics, Inc.(以下、Recentive社)が所有する「ライブイベントの最適なテレビ放送スケジュールを作成する技術」に関する4件の特許について、Fox Corp.(以下、Fox社)が侵害したとして訴えを起こしました。 それに対して、Fox社は、Recentive社の特許が「抽象的なアイデア」に該当し、特許法の要件を満たしていないため、特許として認められないと主張し訴訟を却下するよう求めました。
例として、Recentive社は、訴訟の対象となった特許の一つである「U.S. Patent No.11,386,367」について、以下の4つのステップを特許として認めてもらうことを主張しました。(1)放送予定のライブイベントに関するデータを収集すること、(2)収集したデータの関係性を認識するために汎用的な機械学習モデルを訓練すること、(3)その機械学習モデルを使用して、ライブイベントの最適なテレビ放送スケジュールを生成すること、(4)ライブイベントデータの変更を検出し、修正された最適なテレビ放送スケジュールを生成すること。これらのステップは、下記の図4に示されたブロック図で説明されています。

Recentive社は、自社のAI技術が機械学習モデルの訓練を動的に調整し、修正された最適なテレビ放送スケジュールを生成できるため、特許は有効であると主張しました。つまり、Recentive社は、自社の特許がAlice/Mayoテストのステップ2を通過すると考えており、「AI技術による動的に調整された訓練」が、AIを使ってテレビ放送スケジュールを作成するという「単なる抽象的なアイデア」を特許対象となる「発明」に変える新しい「追加要素」であると述べています。(図3、ステップ2を参照)
連邦巡回区控訴裁判所はこれに異議を唱え、「リアルタイムの変化に基づく動的な調整は、機械学習の本質に不可欠な要素である」と説明しました(Recentive Analytics判決文12頁参照、引用省略)。そのため、連邦巡回区控訴裁判所は「抽象的なアイデアは、単に使用する分野を限定しただけでは、具体的な発明にはならない」と判断しました(Recentive Analytics判決文14頁参照、引用省略)。Recentive事件の判決の概要は、以下の図5にまとめられています。


米国で特許が認められた例
次に、米国で特許適格性があるAI技術の好例をご紹介します。米IBMのAIシステムである、IBM WatsonはAI分野で多くの壁を打ち破りましたが、そのWatsonの開発から生まれた数々の発明のうちの一つが特許として認められたことは驚くべきことではありません。IBM Watsonの「U.S. Patent No.11,475,331」(以下「’331特許」)は、結果を歪め、精度を低下させる可能性のあるデータセット(データの集まり)のバイアス(偏り)に関するものです。
’331特許に記載された発明は、データセット内のバイアスを検出し、偏ったデータを特定して的確に除去することで、公平なデータセットを作成します。’331特許のバイアス検出および除去を示すブロック図を以下の図6に示します。

上記の図6に示されているように、バイアス検出ツール「310」は入力データセット「305」の中にあるバイアスを検出します。バイアスが特定されると、バイアス特定ツール「320」が偏ったデータを見つけ出します。最後に、バイアスを除去するためのシステムであるデバイジングエンジン「340」が入力データセット「305」から偏ったデータを取り除き、バイアスの除去されたデータセット「380」を作成します。’331特許で請求されている発明の簡略化した概要は、以下の図7に示されています。

図7に示されているように、’331特許はAlice/Mayoテストのステップ2(上記の図3参照)を簡単に通過しています。これは主に、現実の問題であるデータセットのバイアスに対して、新しく技術的な解決策を提供しているためです。
この例(および前述の反例)が、AIスタートアップの皆さんにとって、米国で特許取得が可能なAI技術についての参考になれば幸いです。しかしながら、企業の価値あるアイデアを特許出願という形で公開することが必ずしも最良の選択肢とは限りません。AIスタートアップの知的財産戦略を決める際には、営業秘密の保護やデザイン特許、実用特許についても慎重に検討してください。
最後に
AIスタートアップ、特に日本のAIスタートアップは、優れたアイデアと無限のエネルギー、そして強い楽観主義を持っていることが多いですが、同時に自社の知的財産をどう守るかについて十分に考えていないことも多いと思います。本記事が、一部のAIスタートアップにとって、自社のアイデアを守る方法を真剣に考えるきっかけとなり、その結果としてビジネスの成長につながることを心から願っています。イノベーションを守るために少しの時間と費用をかけることが、将来的には必ず企業にとって大きな利益となるでしょう。
***
著者について
Eric D. Kirsch(エリック・カーシュ)

リモン法律事務所のパートナー弁護士、日本永住。ニューヨークの知的財産専門の法律事務所で特許訴訟弁護士として活躍後、2010年に来日し、ニコンの知的財産部門・責任者(Chief IP Counsel)に就任、10年にわたりその職務を務めた。2023年より、リモン法律事務所に参加し、同法律事務所の東京オフィスを開設した。
お問い合わせは eric.kirsch@rimonlaw.com まで。
翻訳:藤川華子
編集:北松克朗
Top 写真:Envato 提供
この記事に関するお問い合わせは、jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。
***
本記事の英語版は、こちらからご覧になれます。