JStories―世界規模で高齢化が進む中、総人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)は2020年の9.3%から大きく上昇、2060年には17.8%に達するといわれている。それとともに介護人材の不足も深刻化しており、日本では2040年に約57万人の介護職員が足りなくなるという予想もある。
介護現場でとりわけ懸念が高まっているのは、おむつ交換などの排泄に関わる業務の先行きだ。介護業務時間の約3割を占めるとされるトイレのサポートは、高齢者の生活の質を左右するだけでなく、家族との関係や個人の尊厳にも影響する重要な意味を持つ。
この業務負担を軽減するため、排尿のタイミングを見える化する独自のセンサー機器で市場を広げている会社がある。高齢者などをおむつ(Diper)から解放(Free)することを社名に掲げたDFree(東京都港区、中西敦士代表取締役)だ。

同社 が開発、販売している「DFree」はコードレスの小型センサー機器で、下腹部に装着し、尿の溜まり具合を示す膀胱の膨らみを4方向から出る超音波が10段階で測定する。そして、スマートフォンなどに排尿を準備すべきタイミングを知らせる。
これまで、排尿のタイミングを自分で把握できない高齢者などには、寝た姿勢のまま膀胱内のたまり具合をスキャナーで計る機器はあったが、医療機関用の高価な装置で一般的ではなかった。DFreeは装着したまま尿のたまり具合を知らせてくれるウエラブル機器としては国内初の開発となった。
「お知らせするタイミングは、人それぞれに異なる。トイレまでの距離などはもちろん、介助が必要な方かどうか、介助者が近くにいるかどうか、尿意を自分で認知できるかなど、個人によって環境や状況が違っているが、この機器の最大の強みは、そうした一人一人の状況を把握し、それに合わせたお知らせラインを設定できること」と中西代表は話す。

お知らせラインを設定するには、2週間ほど機器を装着しデータを収集することが必要。利用者の生活環境や心身の状態、収集した排尿データなどから、医療、介護現場経験のある看護師や社会福祉士などが専門的な知見を活かしてアドバイスしてくれる。10段階ある尿の溜まり具合から、その人に合った最適なお知らせのタイミングを選び、スムーズに排尿に誘導できるようにすることが大きなポイントとなる。

DFreeは2022年4月からは厚生労働省の特定福祉用具販売の給付対象品目に追加され、介護保険制度の適用になったため、利用するうえでの経済的負担も緩和された。
現在、国内では、特別養護老人ホームや老人保健施設、有料老人ホーム、医療機関など約300カ所で導入されている。「施設以外にも、在宅介護の方々や発達障害を含む障害のあるお子様のトイレトレーニングをサポートするツールとしても利用されている」という。
利用施設からは、「介護職員の声かけのタイミングが適正化され、誘導回数が月間で1110回、時間で換算すると150時間削減できた」という声も聞かれる。また、自分の母親がトイレの失敗で表情も暗くなり落ち込む日が増えていた、という個人の在宅介護利用者からは、「母がDFreeを使うようになってからは失敗がなくなり、以前のように外出や旅行を楽しめるようになった。何より、笑顔でコミュニケーションが取れるようになった」という喜びの声も寄せられているという。
中西さんは、「トイレの失敗から家族との会話がなくなり、会話がなくなることで認知機能にも影響を及ぼす」と指摘する。

開発のきっかけとなったのは2013年、中西氏自身の米留学中の失禁体験からだという。生理現象である尿意や便意は、場所や時間を選ばない。「トイレでの失敗をなくすことは、個人の尊厳を守り、生活の質の向上、社会資源の最適化にもつながる」という中西さんは、「装着せず計測できること、尿意だけでなく便意の予測もできることなど、取り組むべき課題はまだまだたくさんあるが、一日でも長く自分でトイレに行ってもらえるようサポートを続けていく」と同製品の普及に意欲的だ。

同社は2025年1月、睡眠解析技術をベースにした高齢者施設の見守りシステムを提供するエコナビスタ(東京都千代田区)と業務提携。睡眠と排泄のアセスメントが可能となり、利用者の安眠促進、転倒リスクの低減、介護職員の業務負担軽減にもつながっている。
さらには、パラマウントベッド(東京都江東区)が開発する介護・医療施設向け見守り支援システム「眠りCONNECT」とのシステム連携に向けた開発もスタート。今年度内の実装を目指している。
来年4月を目標に、国内の医療機器認証だけでなく、海外での展開も視野に入れ米のFDA認証の準備も進めている。「高齢化は避けられるものではなく、ヘルスケアは誰もが関わる問題。販売については人口の多いエリアをターゲットにしており、今後はアメリカ、中国での展開も進めていく」という。
記事:大平誉子
編集:北松克朗
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