ウクライナ危機、日本はエネルギー安保をどう強化すべきか

田中伸男・IEA元事務局長インタビュー(1)

5月 20, 2022
by sayuri daimon
ウクライナ危機、日本はエネルギー安保をどう強化すべきか
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J-STORIES ― ウクライナ危機により、エネルギー価格は高騰している。日本のエネルギー安全保障はどうあるべきか、日本が国際社会にこの分野で貢献できるとしたらどのようなことなのか、元国際エネルギー機関(IEA)の事務局長で、ICEF(Innovation for Cool Earth Forum)運営委員会議長である田中伸男氏に聞いた。
ウクライナ危機によりエネルギー価格が高騰する中、原発再開への議論が始まっていると話す田中伸男・元国際エネルギー機関(IEA)事務局長  同氏提供写真  同氏提供写真
ウクライナ危機によりエネルギー価格が高騰する中、原発再開への議論が始まっていると話す田中伸男・元国際エネルギー機関(IEA)事務局長  同氏提供写真  同氏提供写真
● ウクライナ情勢が世界のエネルギーに与える影響
Q:国際エネルギー機関(IEA)は90日間の備蓄をメンバー国に義務付けていますが、日本のエネルギーの備蓄は今どのような状況なのでしょうか。
田中氏:日本の石油備蓄は90日の義務量を超えて200日ぐらいあります。政府系の備蓄が140日で民間もそれなりに備蓄していますから200日を超える備蓄量を持っています。石油が途絶しても半年は持ちこたえられるぐらいの量です。
ただガスは、20日分ぐらいしかない。ガスはあまり備蓄できないという理由で、一部液化天然ガスをタンクに入れて備蓄してますが、あとはそれぞれの国からLNGタンカーで運ばれてきている途上にあるものを加えても20日程度しか持ってません。ガスが止まると、20日で日本の電力会社でガス会社が干上がってしまうという問題を抱えています。
Q:今回、色々な企業がロシアへの制裁として、ロシアから撤退しています。日本がサハリンのパイプラインから手を引けないという理由はそこにあるのでしょうか。
田中氏:日本のロシア依存は決して高くないです。石油は4%、ガスは8%、石炭は14%ぐらいありますが、ヨーロッパが石油の3割、ガスは4割以上、石炭も4割以上依存しているのと比べれば遥かに低いです。代替しようと思えばそう難しくなくできる。アメリカも同じです。アメリカもロシアからの輸入は4%ぐらいしかありませんし、ガスはほとんどゼロです。アメリカはガスの生産国でもあるので、ロシアからの輸入を止めても痛くも痒くもない。
日本の場合は、サハリン1からサハリン石油ガス開発株式会社(SODECO)が買っていますが、日本は続けると言っています。生産分与方式といって、日本は今までサハリン1、2について投資してきましたが、投資した金額を現物で返してもらっています。つまり、ガス、石油について日本が追加的にお金を払ってるわけではないのです。受け取りをやめてもロシアは他の誰かに売れますから、ロシアが喜ぶだけです。ロシアのオリガルヒが買うか、中国が買うことになる。
Q:今後ロシアのガスを止めた場合、ヨーロッパはどうなりますか?
田中氏:ドイツも、ヨーロッパ全体も相当厳しい冬の寒さと経済の悪化を耐えなくてはいけない。
ただし、これはロシアに対しても、すごいインパクトがある。石油やガスの輸入についてはヨーロッパの対ロ依存は3割ですが、ロシアから見るともっと高く、ガスに至っては、ヨーロッパにはロシアのガスの7割が輸出されています。
つまり、ヨーロッパが輸入をやめると、ロシアは一挙に7割のマーケットを失います。全部パイプラインで出ているものなので、他には持っていけない。ガスをLNGに急遽変えようとしてもそんな施設はありませんし、中国にパイプラインで持っていけるかというと、容量に限界があるので簡単には持っていけない。ヨーロッパが3割のガスを失うけれども、ロシアは7割の市場を失うという意味では非常に効く制裁なのです。
● 日本が始めたLNGビジネス
Q:ガスは、他国に売るのは難しいんですね。
田中氏:はい。ロシアもそれには気がついていて、以前から液化天然ガス(LNG)にして、輸出しようと努力しています。それがサハリンであり、もう一つはヤマルという北極海からガスを液化して砕氷船がタンカーで運び出すというプロジェクト。マイナス147度まで冷やして、タンカーに入れて運ぶのです。実は、このLNGビジネスは日本が始めました。アラスカのガスを、液化して日本に持ってくるということを東京ガス、東京電力が中心になって始めたのは50年前で、大成功した。液化して運ぶので、LNGは最初は高かったが、ガスは石油や石炭に比べると二酸化炭素の量や灰、ばい煙、煤塵を出す量も少なく、クリーンエネルギーです。そして、50年後、LNGは世界のコモディティになったわけです。
これは大変な日本の貢献です。ドイツはそれをやらなかった。パイプラインで持ってくればそちらの方が安いからです。今ドイツが困っているのは、LNGで運んできた場合の受け入れ基地が一つもないことです。慌ててLNG基地作ろうと、今三つぐらい作る計画を明らかにしています。今後は日本が始めたLNGの奪い合いになります。もちろん地球環境問題があるので、二酸化炭素を出す天然ガスも2050年にかけて減らしていかざるを得ないんですが、石油や石炭よりは、天然ガスの方が長く使われるだろうと言われています。特に石炭発電を、天然ガスの発電に切り替えれば二酸化炭素の量が半分ぐらいになるので、その橋渡しをするエネルギー源として天然ガスは重要なのです。
● 原発再稼働の是非
Q:ウクライナ危機の影響で、エネルギー価格が上がっていますが、どのよう対策ができるのでしょうか?
田中氏:ヨーロッパが全力を挙げてガスを買おうとしてきますし、石油もロシア以外から買おうとしてきますから、短期的に値段上がってしまうのはやむを得ない。ただし、日本に入ってこなくなるということは起こらないと思います。高い値段を出せば日本のような国は買ってこれるが、高い値段で石油やガス買えない国があるわけで、こういった国の経済が回らなくなるという問題は起こり得ます。
実は、日本は原子力発電所を止めたために、天然ガスの輸入を2011年以降かなり増やしました。石炭は二酸化炭素を出してしまうし、石油は高いので、比較的安かったガスを買って発電に回して電気を作った。そのために2011年以降、ガスの値段を上げてしまった責任が日本にはあります。今、一部の原発は動いてますが、他の原発もできるだけ早く再稼働を可能にして、ガスを燃やさないで済ますようにするのが、実は日本が今すぐできる大きな貢献なのです。
そうすれば石油ガスへの需要が減り、ガスの値段を冷やすこともできますし、日本がすでに買ったガスをヨーロッパに回すこともできる。途上国に対しても回すことができるかもしれないという意味で日本は、原発の再稼働でもっと真剣に考えるべきだと思います。
ヨーロッパでも原発再開を考えている国も出てきています。
ベルギーは脱原発でかなり縮小していく計画を今回撤回しました。ドイツも2022年が原発を全部止める期限になっていて年末までに止める計画になっていますが、緑の党の中からも原発止めない方がいいのではという議論がある。フランス、イギリスは新しい原子力発電所を建てようと言い始めています。
一つ面白い話思い出しました。私はIEA事務局時代長時代の2009年頃、ドイツの産業界のリーダーたちと首相府に呼ばれて、ドイツのメルケル首相とエネルギー政策の議論したことがあります。その時、メルケルさんに対し、「どうして原子力をやらないのか」と聞いたら、彼女は何と言ったと思います?「田中さん、私は科学者ですよ。原子力の重要性はよく知ってるし、どうやったら良いかもわかってます。だけど今のドイツの状況を考えると、私に票を頂戴」と言ったのです。
Q:選挙や世論を考えると原発は推進できないということですね。
田中氏:その通りです。当時は大連立時代で、原子力が嫌いなSPDと組んでいたので、原子力を徐々に減らしていく政策をとっていましたが、この人はやはり科学者ではなくて賢い政治家だと思いました。彼女はその次の選挙で大勝し、SPDとの連立大連立を解消し、自由民主党と組んだのです。その時、2010年で、原子力やるという政策に戻しました。しかし、福島の原発事故が起こりまた戻した。国民に忖度して政策を変えたのが彼女の最大の間違いの一つで、そのせいでロシアへのガス依存を増やし、結果として6割になった。もしノードストリーム2ができていたらロシア依存は8割ぐらいまで行ったはずです。
非常に大きな地政学的な変化に対して、極めて脆弱なドイツという国を作ってしまった。これをレッスンにして今、ショルツの政権が変わろうとしているのだと考えると、ドイツも原子力については、もう一度考え直さざるを得ないと思います。
記事:大門小百合 編集:北松克朗 
トップ写真:RossHelen/ Envato
この記事に関するお問い合わせは、 jstories@pacificbridge.jp にお寄せください。

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