J-STORIES ― 国際エネルギー機関(IEA)で事務局長を務めた田中伸男氏はJ-Storiesとのインタビューで、世界が脱酸素と環境保護をめざして再生可能エネルギー開発を進める中、日本が考えるべき重要な政策は水素エネルギーの開発である、などと述べた。同氏インタビューの後半部分は以下の通り。
● 日本のエネルギー対策、水素利用の推進が重要
Q:日本の現在の電源構成は、天然ガスが約40%、石炭30%、石油6%、原子力が4%で、水力や太陽光などの再生可能エネルギーは20%にとどまっています。この電源構成はどう変えるべきですか。
田中氏:今回のウクライナ侵攻を受け、IEAの閣僚会議でもエネルギー安全保障の必要性が非常に強く表明されました。ただし、同時に地球環境にも優しくなくてはならず、その両方を同時に実現するには、ひとつは自然エネルギーの活用をできるだけ増やすべきだという議論をしています。
石炭利用を減らしていく、それから天然ガスもやっぱり減らさざるを得ないのですが、その際に日本が考えるべき重要な政策は、水素を使うことなんです。
自然エネルギーを使って水を電気分解して作る水素は、二酸化炭素を出さない「緑の水素」といいます。天然ガスから作る場合は、発生する二酸化炭素を取り出して地中に埋め戻し、水素だけにする。これ「青い水素」といいます。
こうした緑と青の水素を使って、アンモニアを作る。このアンモニアを石炭に混ぜて燃やせば、二酸化炭素の発生量を削減できる。中部電力と東京電力の合弁会社、JERAは世界最大のLNG調達企業ですが、現在、石炭発電にアンモニアを20%混ぜて燃やす計画をやろうとしています。二酸化炭素の発生量がそれだけで2割減る。最終的に全部アンモニアに変えてしまう発電にすれば、二酸化炭素を出さない火力発電になりますよね。ガスによる発電もいずれ水素だけのタービンにすることで、100%クリーンな火力発電所ができる。
日本は真剣にそういう水素のバリューチェーンを作って、火力発電をクリーンな形にしていくという戦略をとるべきだと思います。ドイツは2030年ぐらいまでに石炭発電を止めると言っていたんですが、今回のウクライナの事態を見て、止められないという議論になった。日本がやっているようにアンモニアを一緒に混ぜるとか水素を混ぜて発電するということをやらなきゃいけないかなって言い始めたんです。
日本は50年前にLNGをアラスカから買うビジネスを始め、その調達先をブルネイやカタールなどへ広めていってLNG利用の世界を作りました。それと同じことを水素かクリーンなアンモニアでやることが、おそらく日本が取り組むべき非常に重要なエネルギー分野の貢献だと思っています。そうすれば日本は今後、エネルギー安全保障と同時に、地球環境にも優しいエネルギー体系を作るためのリーダーになりうるという気がします。
● 脱炭素に向け原子力をどう使うか、持続可能な利用への3条件
Q:脱炭素社会の実現に向けた選択肢である原子力利用は、一方で社会的なリスクも大きく、安易な推進論には世論の反発は避けられません。これについてはどう考えるべきでしょうか。
田中氏:日本の場合、現在の再生可能エネルギー比率は20%ですけどこれを5割以上にすることに本気で取り組まなくてはならない。その中で、原子力はある程度、持たざるをえないでしょう。天然エネルギーは非常に変動する電源ですから、安定的に持つことができ、かつきれいな電源として、原子力の役割は十分あると思います。
しかし、今のままの原子力利用ではなかなか難しい。原子力を使うならば、その持続可能なエネルギーとして使えるための条件というものがあると思うんです。
まず、原発は二酸化炭素を出さなければいい、ということではありません。原子力利用は事故が起こると非常に多くの放射性物質をばらまいてしまう結果になります。そのリスクを抑えることが条件のひとつで、事故がほとんど起こらない、起こっても小さなリスクで済む原子炉、小型炉モジュラー炉というものがあります。
また、使用済み燃料、つまり放射性廃棄物を処理できる能力、または方法を持つことも条件です。いま日本は、使用済み核燃料を(再処理せずに)捨てる場所を一生懸命探していますが、見つかっていません。再処理せずに直接地中に埋めると、放射能レベルが安定する(ウラン鉱石並みに低減する)までに10万年かかると言われています。再処理技術を使えば、この期間を300年に変えられるんです。
たしかに300年というのは長いですけど、10万年埋める場所よりは300年捨てる場所の方が多分見つけやすいと思うんです。そういう核のゴミをきれいにする技術を使う、またはそういう原子炉を使うことが必要です。
3番目の条件は「爆弾」にしないということです。今回のウクライナ侵攻を機に、やはり核兵器持ちたいと思う国が増えるはずです。そういうリスクがどうしても原子力にはつきまといます。
ですから、濃縮が要らない、兵器に使いやすいプルトニウムが作りにくいなど、核兵器になりにくい、なりにくい技術を使うべきなんです。
核兵器にならない、使用済燃料や放射性廃棄物が処理できる、それから事故のリスクがミニマムである、という3条件を満たすことを前提に原子力開発をしないと、原子力をどう使えばいいかという議論になかなか答えが出てこないんですね。
今の原子炉をそのまましばらく使えば、コスト的に安いので、私は再稼働がいいと思うんです。もちろん安全性を考えながらね。しかし、将来に向け原子力をどう使っていくのか、2050年に原子力の電源割合を何%にするかなどは、これらの3条件を満たす原子力利用を前提にしないと議論できないと思います。
ESGに関する「タクソノミー」(持続可能な経済活動への投資)について、欧州で大きな議論になっているのが、ドイツによる天然ガスの扱いとフランスにおける原子力利用です。
今年1月に欧州委員会から「原子力や天然ガスをタクソノミーの対象に含める」という方針が発表されました。原子力についての最大のポイントは、私が挙げた2番目の点です。使用済燃料、ゴミ処理がきちんとできている、という厳しい条件が課されています。
つまり、今まで通りのやり方でいいとは言われていないのです。フランスは使用済燃料の処理についても実証しようということで動いています。フィンランドは再処理しないで使用済み燃料のまま処分する場所を決めています。いずれにしてもそういう核のゴミを処理する計画がしっかりできていることが、ESG投資の前提になっております。
● 原子力利用に必要な「女性の感性」 国民の安心感を高める効果
Q:原子力利用について、田中さんはこれまでも男性中心に進めている現状を見直し、女性主導の意思決定が重要であるという発言をされてきました。これについて、さらにお話をいただけますか。
田中氏:私は新しいビジネスモデルを考えないと、原子力の未来はないと思っています。今まで通り安全で安くてきれいな電気ですよ、といくら言っても国民は騙されないし、納得してくれません。
原発を推進してきた側が「ごめんなさい。間違えました」とはっきり認め、けじめをつけるべきだという意見があります。ところが、そう思って男性に聞くと、今のままでいい、という人が多いんです。
これに対して、女性は変えなくちゃいけないという人が非常に多くいます。ある研究所で女性パネリストだけで原子力の未来を考える研究会を立ち上げているのですが、なぜそんなことを始めたかというと、彼女たちが受け入れられるような原子力モデルなら日本の国民もいいと言ってくれるのではないか、と考えたからです。
女性は安全とか安心などに対する感性は非常に高く、男性とはやはり違うんですね。私は、もし東日本大震災が起きた2011年の段階で東京電力の社長が女性だったら、多分あの原発事故は起こさなかったと思います。
あの事故が起こる半年前に、女性だけで運営しているある投資顧問会社が、東電株の推奨を止めたんです。その理由を聞いたところ、10年、20年さかのぼってデータを調べ、東京電力は同じ事故を何回も繰り返していることがわかったので危ないと思って推奨をやめた、とのことでした。
投資している人たちは、なぜ東電株を売らなくてはいけないのか、などと文句言ったそうですが、その半年後に判断が正しかったことが実証されたんです。
女性が持っている安心、安全への感性は非常に重要なので、それを考えると、女性たちに受け入れられるような原子力利用であれば、なんとか国民にも受け入れられてもらえるだろうし、新しいビジョンが作れるかなという思いがあります。
東京電力が本当に新潟の柏崎刈羽原発を再稼働したいなら、女性を社長にして本社を柏崎刈羽プラントの中に持っていくべきだ、と私は言っているんです。それによって地域の人たちの安心は高まりますよね。そのぐらいの事を東電がやってみせないと、なかなか国民、特に新潟県民は納得しないのではないですしょうか。
記事:大門小百合 編集:北松克朗
トップ写真:TEPCOより
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