J-STORIES ー 嗅覚の変化は日常的な体調不良だけでなく、アルツハイマー病などの難病を診断する重要な手掛かりになる。しかし、これまで嗅覚の研究は、人間の五感の中で最も遅れている分野で、嗅覚の測定は手作業に頼ることが多く、時間や精度の問題にも課題を抱えている。
こうした嗅覚の測定を、デジタル技術を導入することによって素早く正確に測定できる装置が日本の企業によって実用化され、医療用に利用する試みが始まっている。嗅覚のDX化は、食品業界の品質管理など、医療以外の分野からも要望が高く、多様な分野での活用が期待されている。
2023年3月にソニーが販売したのが「におい」の研究や測定を行うための装置「NOS-DX1000」だ。装置内のカートリッジには約40種類のにおい成分が入っており、同社が昨年開発した独自の制御技術により、様々なにおいをタブレット上の操作で自在に提示することができる。
現在の嗅覚測定では、濃度の異なるにおいの素(試薬)をつけた紙を順番に嗅いでいく方式が一般的で、およそ30分以上の時間がかかる。また、試薬のにおいの拡散を防ぐ為、専用の空調設備を備えた設備や施設を使う必要があった。
NOS-DX1000を使えば、紙を試薬に浸す必要はなく、専用タブレットで嗅素を選ぶだけで装置からにおいが発生する。測定時間は10分程度と大幅に短縮でき、その結果も即座にタブレットに表示される。香りの強さの調整ができるほか、装置内に残ったにおいをすぐに除去できるため、場所を選ばず測定できるという大きな利点がある上に、同じ条件での検査による精度の向上と安定化も期待できる。
同社の嗅覚推進部門を率い、装置の実用化を果たした藤田修二さんは、2015年に発表されたカートリッジ式のスティック型アロマディフューザーの開発にも関わった。「当時からニーズのあった嗅覚測定のDX化がようやく実現できた」と話す。
嗅覚測定用のカートリッジを使えば、合計40種類のにおいを提示できるようになるという。
もともと同社では医療・研究機関を対象とした検査・測定用として同装置を販売したが、発売直後から、品質管理や、商品開発を目指す食品メーカー、香りのサンプルテストを行う小売業者、嗅覚のトレーニングをしたいソムリエ、さらには空間演出などを手がける企業からも問い合わせが相次いだ。こうした反響を受けて、同社では、2023年12月に匂いの種類や提示方法を自由に選べる交換部品(カスタムカートリッジ)や測定した匂いを記録できるアプリを販売するなど、幅広い活用用途に合わせた関連商品の開発を進めている。
医療学術研究の分野では、アルツハイマー病や、レビー小体型認知症、パーキンソン病などの神経変性疾患の前駆症状の一つとして、嗅覚能力の低下が複数報告されており、同装置による嗅覚測定は、認知症の早期発見する上で、患者や医療従事者に負担の少ないスクリーニング手法の一つとして医療業界から期待をうけている。実際に、嗅覚低下の把握が神経変性疾患の早期診断につながる例が多く報告されている。
同装置の開発者である藤田さんはJ-Storiesの取材に対し、研究・医療分野において、子供から高齢者まで幅広い層に健康と安心を届けたいと語る。そして、その基盤の上に、ソニーの多彩なエンターテイメントのひとつとして「におい」による感動も提供したいと話している。
記事:澤田祐衣 編集:北松克朗
アップデート:一色崇典
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